2018年12月12日

【月刊マスコミ評・出版】移民議論 開かれた社会の視点を=荒屋敷 宏

 古代ギリシャの哲人ソクラテスが現代日本に現れて、臨時国会で安倍晋三首相を相手に論戦するとしたら、どんな議論を展開するだろうか。こんな荒唐無稽な問いをたてたくなるほど、政府答弁は、ひどい。あちらこちらの現場に行き、「賢者」の「無知」をしつこくあぶり出すソクラテスの議論は、ジャーナリストの仕事に似ていると思う。
 例えば、「移民」の問題。安倍内閣は「いわゆる移民政策はとる考えはありません」としながら、労働力不足のとりつくろいとして、2019年4月からの外国人労働者の受け入れ拡大を図り、財界の要請のもとに外国人労働者の労働基準法や最低賃金を守らない「人権侵害」を放置している。排外主義を主導する安倍内閣が外国人労働者問題に直面しているのは、矛盾というほかない。

 『文芸春秋オピニオン 2019年の論点100』に収められた社会学者の下地ローレンス吉孝氏「本当は世界第4位! 『移民大国』日本の課題」によると、「1990年の入管法改正、1993年の技能実習制度開始により地域住民として暮らす外国人が増加」、「経済協力開発機構(OECD)の外国人移住者統計によれば、加盟国のうち日本はドイツ・米国・英国に次いで第4位」という。
 下地氏は、「問題なのは、受入れの議論において『日本人』(受入れ側)と『外国人』(受入れられる側)の単純な二分法の発想である」と指摘する。

 「世界」12月号が「移民社会への覚悟」を特集している。日本に来た「技能実習生」に対する人権侵害が国内外から「強制労働に近い状態」(アメリカ政府)、「奴隷・人身売買の状態」(国連)と強く批判されている。
 劇作家の平田オリザ氏は、政府の政策には「開かれた多様な社会を指向し、差別のない、誰でも基本的人権の保障された社会をつくっていくという視点が、そこには全く欠けてしまっている」と批判している。

 インタビューや論文よりも重要なのはルポだ。ノンフィクション作家の森健氏が「東京・新宿 日本一多国籍な教室の子供たち」(「文芸春秋」12月号)との力作を書いている。新大久保駅周辺で「町中を飛び交う言葉は中国語、韓国語、タイ語、英語とさまざまで判別不能な言語もある」という。
「判別不能な言語」をなくすことが「開かれた多様な社会」への道でもあるだろう。それでもなお、「いろんな言語の混じった会話」を「時代を開く新しい言葉」と聞き取った森氏のルポに共感した。 

荒屋敷 宏

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2018年11月25日号
posted by JCJ at 15:05 | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする