2020年04月03日

反権力はいけない? 記者は国民の代表じゃない? 「反ジャーナリズム本」出版相次ぐ これでは社会的責任の放棄=編集部

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 メディアが政府を批判する力を失い、国民の声を伝えなくなったら、何が起きるのか? いまメディアのあり方が問われている中で、正面からジャーナリズムのあり方を批判する本が相次いで出版されている。
 代表的なのは、2月1日出版の「『新聞記者』という欺瞞―『国民の代表』発言の意味を改めて問う」(安積明子著、ワニブックス)、1月20日出版の「『反権力』は正義ですか―ラジオニュースの現場から」(飯田浩司著、新潮新書)。
 2冊に共通するのは、これまでのジャーナリズムが「当然」と考え、それが社会的責任だと考えられてきた「反権力」と「国民の代表」に異論を提示していることだ。
望月記者攻撃
  特に、安積本では、官邸の記者会見で話題になった望月衣塑子記者(写真)と東京新聞の主張に疑問を投げかけ、攻撃していることが目立つ。
 「果たして新聞記者は『国民の代表』なのか」「新聞記者は何をもって『国民の代表』といえるのだろうか。国民からどんな付託を得たのだろうか」「新聞記者を国民の代表とするのなら、新聞社は容易に配置転換できなくなる」「このように考えると『記者は国民の代表だ』とする東京新聞が、いかに自分たちだけが特権的立場でいるという前提に立ち、珍妙な論理を展開しているかがよくわかる」
 「本質を見落として、ひたすら政権を批判するだけのマスコミこそが、日本の終焉の原因とは言えまいか」「さらに怖いのは『反権力』という点だけでもって同調する人々だ。彼らは彼らが主張する『権力の被害者』であることにとどまらず、国民の知る権利を阻害する『加害者』化していく危険性を孕んでいる」
自己陶酔の物語
 飯田本は、安積本とは少し違って、「反権力」という形で提起されている問題へのいくつかの疑問を書いている。
 この本の帯では「『マスコミの使命は権力と闘うことだ』という言葉は本来、民主主義を守るために必要な倫理観によって調査報道を行うジャーナリズムの精神を体現したものと私は理解しています。
 ところが、それがいつのまにか『権力と闘う自分たちの物語』にすり替わっているように見えてなりません」と書き、「私は、この「権力と戦う」という言葉が本来の精神を失ってそれ自体が目的化し、マスコミ報道から“是々非々”という姿勢を奪い、自らを闘士に据えた陶酔の物語に引きずり込んでいるようにも見えてしまうのです」と述べている。
 望月記者に関しては、著書、「新聞記者」が原案の映画「新聞記者」(藤井道人監督)が「第43回日本アカデミー賞」の最優秀作品賞を受賞、併せて、女性記者役のシム・ウンギョン(25)が最優秀主演女優賞、エリート官僚役の松坂桃李(31)が最優秀主演男優賞を獲得。また、関連して、森達也監督が「i新聞記者ドキュメント」を発表、昨年の第32回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門で作品賞を受賞したりしている。
編集部
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年3月25日号

posted by JCJ at 10:10 | 出版 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする