2020年05月04日

【月刊マスコミ評・新聞】 コロナ禍の差別や偏見に警鐘を=徳山喜雄

 感染拡大が続く、見えない新型コロナウイルスの脅威は、社会に溶け込んだ差別や偏見をあぶりだすことにもなった。
 例えば、近畿などの感染者増加地域を往来する長距離トラック運転手2世帯の子ども計3人に対し、愛媛県内の市立小学校の校長が登校しないように求めていた。
 3人の体調に問題はなかったが、いずれも4月8日の 入学式と始業式を欠席した。市教委は対応の誤りを認め、陳謝した。毎日が10日朝刊で伝えた。
 読売11日朝刊は医療従事者への差別に着目。筑波大の高橋晶准教授に話を聞き、「感染リスクの最前線に身を挺して立ち、緊張を強いられている。中傷や差別は最もつらいことで、悲しみや落胆を生み、抑うつ状態まで招きかねない。
 国民の支援にあたる人たちをねぎらい、支えなければ、長期にわたるウイルスへの対応を乗り切るのは難しい」と警鐘を鳴らした。
 子どもを対象に備蓄マスクを配ることにしたさいたま市は、同市大宮区にある埼玉朝鮮初中級学校の幼稚部(園児41人)を配布対象から外した。幼稚部の関係者らが市に抗議すると、担当者が「(マスクが)転売されるかもしれない」との趣旨の発言をしたという。
 抗議が相次ぎ、最終的には朝鮮学校にも配布されたが、ジャーナリストの安田浩一氏は「マスク騒動≠ヘ終わっていない」と訴える。「〈マスクが欲しければ国に帰れ〉〈浅ましい。厚かましい〉〈日本人と同じ権利と保護があると思っているのか〉/いま、怒声交じりの電話や罵詈雑言を連ねたメールが同園を襲っている」と東京3月27日夕刊に投稿した。
 命にもかかわるコロナ渦のなか、同じ地域に住む幼稚園児を国籍や人種で差別する発想は、役人の四角四面の政策運営といったものではなく、社会に沈殿した差別や偏見が浮かび上がったように映る。
 見えない脅威からの不安を感じると、誰もが過度に落ち込んだり、他人を攻撃したりすることがある。この間、アルベール・カミュの『ペスト』が新聞報道でよく引用された。登場人物の「かかっていない連中まで心は感染している」との言葉は、言い得て妙だ。
 ただ、全体的に記事量は多くない。コロナ禍による差別や偏見を、対策とともに繰り返し報じてほしい。  
徳山喜雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2020年4月25日号


posted by JCJ at 12:45 | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする