2020年11月02日

【隅井孝雄のメディアウオッチ】 菅首相 NHK受信料義務化を画策か 総務省「有識者会議」諮問 当惑広がる

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 総務省は10月16日に開かれた「有識者会議」で、NHKの受信料の支払い義務を放送法で明確することの是非について検討を求めた。「有識者会議」とは総務省が設置する懇談会で、これまでもNHKのありかたについての検討を重ねてきた。しかし受信料は「届け出制」として続いてきており、今回突然提起された「義務化」の検討については、メディア関係者の間で困惑が広がっている。
 当事者すら戸惑い
 受信料の義務化の是非についてはこれまで長年にわたって議論されてきたが、2017年の最高裁大法廷の判断により、議論はすでに解決したと見られていた。そこにその趣旨とは全く異なる、義務化の検討を総務省が有識者会議に付託したことは、当事者であるNHKすら戸惑わせている。
 NHKの正籬(まさがき)聡・放送総局長(兼副会長)は、「NHKから要望したものではない。受信料は、視聴者の納得や理解のもとで支払われるべきだと考える」(10/21)と述べ、義務化に慎重姿勢を示した。正籬放送総局長は同じ記者会見で「視聴者との契約というやり取りの中で、NHKが自らの役割や受信制度の意味を丁寧に説明し、関係を構築するプロセスが重要だ」と語っている(毎日新聞10/21夕刊)。まともな主張だ。
 NHKすら初耳の諮問義務化推進は、菅政権独自の判断によってなされたものと言えよう。
 菅首相は総務相だった2006年、受信料義務化を受信料2割り引き下げとセットで提案したことがあるが、実現しなかった。今回その持論の実現を図ったものとみられる。「ケータイの次はNHKをやれ」と菅首相が側近に極秘命令したというニュースも流れている(週刊文春10/29)。
未契約者把握を
 NHKは不払い家庭訪問のための営業経費が昨年度759億円にも達した。経費削減を総務省や「有識者会議」から再三迫られている。そこで未契約家庭がテレビ設置しているか、事実未設置なのかを知る必要があると、「有識者会議」に求めている。
 その方法としてNHKが提案しているの、ガス会社や電力会社などの公益事業者に紹介できることを求めている。NHKが恐れているのは、将来的なテレビ世帯の減少、イコール受信料収入減だ。そのために、未設置者にも届け出を義務づける必要があるとNHKが考えていることがうかがえる。しかし設置者、未設置者の両面を把握する届け出は、受信料の支払い義務に等しい。
届け出制維持
 最高裁が3年前にどのような判断を示したのが、改めて見直してみよう。
 「(受信料を定めた)放送法64条は憲法の保障する国民の知る権利を、実質的に充足するべく採用され、その目的にかない合憲である」。
 「NHKが特定の個人、団体または国家機関から財政面での支配や影響が及ばないようにするため、広く公平に負担を求めたものだ」。
 「NHKからの一方的な申し込みなみによって受信料支払いの義務が生じるものではなく、双方の意志表示が必要である」。
 「(双方に争いが生じたときは)NHKが未契約者を相手に訴訟を起こし、勝訴が確定した時点で契約が成立する」(2016年12月6日、最高裁大法 廷、寺田逸郎長官)。
 この判決により、テレビ受像機を設置した場合の届け出が必要となりNHKの受診料未払者の減少がみられた。支払い率は76.6%(2015年度)から81.8%(2020年度)に向上した。しかし受信料の支払い義務は放送法に盛り込まれることはなかった。
 イギリス、フランス、ドイツなど世界各国の多くで公共放送の受信料支払いは国税と同様に義務化されているが、日本のように届け出制で支払い率が8割を超えているのは驚異だと諸外国から見られている。制度として定着していることから、最高裁も現行制度の維持を求めたといえよう。
 NHKの受信料収入は2018年に7122億円、7115億円となっているが、2020年度以降は6000億円台にとどめるとしている。
受信料制度の発端
 NHKの受信料はNHKの前身東京放送局の発足当初1925年(大正14年)に生まれた。当時の技術革新の最先端であったラジオの開設に、時の政府(逓信省)が民間企業に渡すことを嫌い、事実上の国営とした。そして財源として聴取者からラジオ一台当たり月1円の許可証を課したのが始まりである。最初の聴取者は東京放送局管内で3,500人と記録されている。報道と娯楽を一元化したラジオは、市民に歓迎され、東京、名古屋、大阪3局をつないで「日本放送協会」となった後、ラジオ聴取者の数は年々30万台、40万台、50万台うなぎのぼり、遂に1931年(昭和6年)には100万台を突破するに至った。しかしこの頃から、日本軍の満州進出が始まり、ラジオ報道は内閣情報局の統制下に組み込まれた。
 「受信料の徴収」が現在の形で制度化されたのは、戦後1950に制定された「放送法」によってであった。
受信料拒否1
 受信料が大きな社会問題として意識されたきっかけは、1973年に発刊された本多勝一氏(朝日新聞記者)による著書「受信料拒否の論理」(未来社刊)であった。当時NHKは新鋭機器をそろえた放送センターを渋谷に新築し日比谷の放送会館より移転し、田中角栄政権下の高度成長の波にのって破竹の勢いであった。しかし本多氏は「NHKが真実を伝える努力を怠り、権力に迎合している」と批判し、受信料拒否を訴えた。
 NHKの報道姿勢を痛烈に批判したが、それとともに当時のNHKテレビが毎日の放送終了時に日の丸の映像と君が代を流していたことも、不当な歴史感に基づくものだと批判した。本多氏は2007年にも「受信料拒否して40年」という著書を出している。
受信料拒否2
 2004年、NHKの番組制作に関連して巨額の不正流用があり、視聴者の間に不信感が広まった。批判は1か月で11万3000件を越える受信料拒否となった。当時のNHK会長であった海老沢勝二会長は従前からの強引な経営姿勢と相まって、集中的な批判の的となり、2005年1月辞職した。会長の任期中辞職はこの時まで類を見ない事態であった。
受信料拒否3
 会長辞職後も受信料不払いの勢いはしばらく止まらず、NHKの経営姿勢、番組批判が続く中、2005年1月、新たに朝日新聞が、NHK幹部が政府の圧力の下、番組を改ざんした事実を明らかにした。現役プロデューサーの実名告発で、中川経済産業相と安倍官房副長官が介入、「問われる戦時性暴力」(2001年1月放送)が再編集で切り刻まれ、続編が放送されなかったという事件だ。
 NHKの幹部らは介入を認めず、従軍慰安婦の問題も絡み、長期にわたってNHKと朝日新聞は対立を深めた。視聴者の間ではNHKの体質に問題があるとして、受信料不払いが長く続く一因となった。
市民の集団訴訟
 最高裁の受信料合憲判断以降、NHKは受信料不払い者を提訴することが続いている。
ところが、奈良地裁では「NHKは放送法を守る義務がある」と県民126人が訴え出た集団訴訟の裁判が行われている。裁判は2016年以来4年にわたって続いてきたが、今年6月に最終弁論が行われ、11月12日に判決がでる。
 申し立てた市民の代理人である、白井啓太郎弁護士は「放送法第4条1項の政治的公平などの最低基準を満たさないNHKのニュース報道は、受信契約者の知る権利を侵害するものだ」と意見陳述した。奈良地裁の判断が注目される。
隅井孝雄(ジャーナリスト)


posted by JCJ at 01:00 | 隅井孝雄のメディアウオッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする