2021年09月28日

【焦点】裁判官宛て公正な判決求める要請はがき提出に取り組む 五輪選手村訴訟の原告団=橋詰雅博

                        
DSC.jpg

 
  東京・中央区晴海の五輪選手村住民訴訟は、都有地を周辺地価の10分の1以下の約130億円で大手デベロッパー11社に売却したのは違法だとして都民33人が都に対し、損害賠償約1500億円を小池百合子都知事らに請求するよう求めた裁判だ。4年間の審理を経て8月31日に東京地裁で結審した。ただ判決日は未定。
 現在、原告団は裁判官宛に公正な判決を求める要請はがき(写真)を提出する活動に取り組んでいる。実はこの要請はがき作戦≠ヘ2回目だ。1回目は昨年10月以降に始めた「認証申出」に関するもの。小池都知事らを証人尋問して欲しいという内容だった。これが功を奏したのか、今年4月の裁判では、1日に原告の桝本行雄・不動産鑑定士が、8日には被告側の証人として約130億円の価格調査報告書を作成した日本不動産研究所の水戸部繁樹・不動産鑑定士がそれぞれ証言した。2回目の要請はがきが裁判官の心を揺り動かすことを期待したい。

学校用地に1u59万 
マンション開発10万


 ところで原告団が9月8日に開催した第4回総会で、中央区議会議員の小栗智恵さん(共産党)が選手村使用後のマンション群である通称「晴海フラッグ」のど真ん中の小中学校用地の区による購入価格について報告した。この都有地の路線価は1uあたり約100万円。中央区は都から公共施設の整備のための用地として「公共減額(路線価の5〜6割)」で買う予定だ。その敷地面積は16796uで、99億5千万円の予算を計上している。1uあたり59万2千円。都が大手大手デベロッパーに売却した選手村用地は1uあたり10万円だからいかに超格安かを示している。総会参加者は一様にその理不尽さに怒っていた。
 裁判はどちらが勝っても控訴審に持ち込まれる。
橋詰雅博
posted by JCJ at 01:00 | 焦点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月27日

今年の「表現の不自由展」は何を伝えたのか 展示会の決行こそが表現の自由の訴えに=幸田泉

                           
2021.jpg
  「表現の不自由展かんさい」のタイトルで開催された大阪会場

東京は断念し
名古屋は中断


 2019年の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」で大きな注目を集めた「表現の不自由展」が、今年また全国各地で物議を醸した。6〜7月、東京展、名古屋展、大阪展と3カ所の巡回展が企画されたが、いずれも開催前から抗議行動に遭い、6月25日からの東京展は会場の民間ギャラリーが耐えられず開催を断念。7月6日〜11日の予定だった名古屋展は7月8日に中断。7月16日〜18日の3日間の日程を貫徹できたのは大阪展だけだった。
「表現の不自由展」は2015年に東京で開催されたのが最初で、各地の展覧会等で公開中止や展示拒否にあった作品を集め、憲法21条の「表現の自由」を問うものだ。作品の中に従軍慰安婦を表す少女像や、昭和天皇の写真が燃える動画作品などがあり、開催計画が公表されると、必ず右翼活動家に加えいわゆるネトウヨが抗議、攻撃を展開する。それらを跳ねのけ展示会を決行することそのものが「表現の自由」を訴える事態になっている。
看過できないのは、誰よりも憲法順守を強く求められる立場の政治家たちが、この展示会を止めさせようとすることだ。

法廷闘争は勝利
大阪展は開催


 今年の名古屋展は「市民ギャラリー栄」(名古屋市中区)が会場だった。3日目の7月8日朝、会場に爆竹のようなものが送られて来て、封を開けると破裂音がしたという。この日の午後3時、河村たかし・名古屋市長が7月11日までギャラリーを臨時休館すると発表。「市民の命を守るのが市長の絶対的な義務」と強調した。市長として市民の憲法上の権利を守れない責任を感じるどころか、守ろうと努力した様子すらない。
 大阪展は、府立労働センター「エル・おおさか」(大阪市中央区)が6月25日に施設の利用承認を取り消し、主催者側は6月30日、大阪地裁に「取り消し処分」の執行停止を申し立てた。大阪地裁は7月9日に「警察の警備等によっても混乱を防止することができない特別な事情はない」と執行停止を認める決定を出した。「エル・おおさか」側が抗告して大阪高裁、最高裁に上がり、開幕当日の7月16日に最高裁が特別抗告を棄却するという劇的展開になった。
開催中は何台もの右翼街宣車が大音量で会場周辺を走行し、歩道では日の丸を掲げて展示会に抗議活動する右翼活動家らがいた。これに対し、大阪府警は警察官を動員して交通整理や周辺警備にあたり、ボランティアスタッフらが列をなす入場者の対応や手荷物検査を実施。官民協力の警備態勢を敷き、閉幕まで大きなトラブルはなかった。

吉村府知事が
妨害発言連発


 その一方で、吉村洋文・大阪府知事は「利用承認の取り消しに賛成」「非常に危険なことが起こる可能性もある」「明らかに差し迫った危険がある」「即時抗告すべき」などと、開幕まで展示会を中止に追い込む発言を続けた。「エル・おおさか」には7月13日〜16日、「開催するなら実力阻止に向かう」という脅迫文や、水を入れた袋をサリンと偽装する郵便物が届いたが、ボランティアスタッフを務めた弁護士は「吉村知事の発言が煽ったのも同然だ」と指摘する。

「権利」否定の
ウケ狙い政治


 河村市長や吉村知事が「表現の不自由展」に否定的態度を示すのは、第二次安倍政権以降、存在感を増したネトウヨとその界隈を漂う世論へのアピールだ。河村市長は東京五輪選手の金メダルをかじって顰蹙を買ったが、マスコミが愉快気に取り上げるネタを提供するつもりで見事にツボを外した行動だった。吉村知事は昨年7月、「うがい薬で新型コロナウイルスに打ち勝てる」といかがわしい記者会見を開き、医療業界から猛批判をくらった。これも世間をあっと驚かせようとして失敗した例だ。河村市長も吉村知事も、大衆の注目を集めるためなら平気で一線を超える。今年の「表現の不自由展」を巡る騒動では、ウケ狙いばかり考える軽薄な政治は、憲法上の権利にも価値を見出さないことがはっきりした。
 幸田泉(フリージャーナリスト)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号
posted by JCJ at 01:00 | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月26日

【今週の風考計】9.26─世界気候アクションに連帯しCO2削減60%へ

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんら世界の若者が、各国首脳が国連総会に集まるのに合わせ、24日、世界1500の都市で「世界気候アクション」に取り組んだ。
 グレタさんが2018年8月に始めた、気候危機への対応を迫る「学校ストライキ」は、その後、地球温暖化を防ぐ<未来のための金曜日>(Fridays For Future=FFF)行動に広がり、2019年9月には185カ国760万人が参加する「史上最大の世界一斉デモ」へと発展した。
日本でも、若者による気候正義ムーブメント「FFFジャパン」が、2019年2月に発足している。同年9月に行われた「グローバル気候マーチ」は、他団体と合わせ全国約5千人が参加する運動となった。
 その後「FFFジャパン」は全国30地域以上にネットワークを広げ、日本政府や企業に積極的な提言を行っている。今年の9月24日は、オンラインで「世界気候アクション」に取り組み、CO2削減に向けた対策の強化を訴えた。

深刻なのは、直近の国連報告書が「このままだと2030年までにCO2排出量は、減るどころか2010年比で16%増える」と指摘し、大幅な削減対策に取り組む緊急性を強調している。
日本政府はどうか、ようやく「2050年カーボンゼロ」を言い出したが、その内容たるや、2030年度までの削減目標は2010年度比で42%、欧米の先進諸国が削減目標50%〜60%を掲げているのに、あまりにも低すぎる。
 加えて石炭火力の新増設に執着し、国内で9件の新設を進め、インドネシア、バングラディシュ、ベトナムに石炭火力の輸出を推進しているのだから呆れる。

中国の習近平国家主席は、21日の国連総会で、今後は海外で新たな石炭火力発電事業は行わないと表明した。続けて「中国は発展途上国のグリーンエネルギー開発に向けて支援を強化する」と述べている。
さらに英国のジョンソン首相は、22日、国連総会で演説し、中国に国内での石炭火力発電を段階的に廃止するよう訴えた。
 英国は10月末に始まるCOP26の開催国だけに、CO2排出削減に向け、2030年までにガソリン車の新車販売を禁止し、電気自動車化や再生可能エネルギーの促進など10項目に120億ポンド(約1兆8千億円)を投じる計画だ。

だが日本は、総裁選で権力争いに明け暮れ、コロナ対策や気候危機に備えるエネルギー対策など、どこかに吹っ飛んでしまった。2030年には危機的な状況に陥るのは目に見えている。
そこへ日本共産党が9月1日、「気候危機を打開する2030戦略」を発表、2030年度までにCO2を50%から最大60%(2010年度比)削減する「野心的目標と取り組み」を明らかにした。
 具体的には省エネでエネルギー消費を40%削減し、再生可能エネルギーで電力の50%をまかなえば、2030年度までの削減目標は達成できるとしている。しかもこの取り組みによって年間254万人の新規雇用が増え、GDP(国内総生産)を累積205兆円増やす展望が描けるという。
 こうした提言を政府や野党も含め、胸襟を開いて真剣に討議すべき秋だろう。(2021/9/26)
posted by JCJ at 06:00 | 【今週の風考計】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月25日

【映画の鏡】国策作品から戦争の真実を追う『いまは むかし―父・ジャワ・幻のフィルム』=鈴木賀津彦

 映画人たちは戦争をどのように体験したのか。そしてメディアが戦争にどういう役割を果たしたのか。日本軍が占領したインドネシア・ジャワで、大東亜共栄圏をPRするなどの国策映画を創った日本映画社ジャカルタ支社の伊勢長之助(1912〜73)の生き方を、ドキュメンタリー映像作家である長男の伊勢真一が30年程前から取材し、戦争の真実と向き合い、父の想いを解き明かしていく。
  長之助は「文化戦線」の一員としてインドネシアに派遣され、「隣組」「東亜のよい子供」「防衛義勇軍」などのニュース映画を精力的に製作した。敗戦後にフィルムはオランダに接収され、約130本の作品が良好な状態で保管されていることが分かり、真一はオランダ視聴覚研究所を訪ねる旅に。保管フィルムの説明を学芸員がする場面では、歴史資料の保存の重要性を理解でき、アーカイブに対する日本の認識の低さを痛感させられる。
  戦後の長之助は、全国各地の映画館で上映された約20分の「ニュース特報‼極東軍事裁判」を製作、ラストシーンには憲法9条の朗読を入れ、平和への思いを込めている。その後、多数の記録映画を手掛け、「編集の神様」と呼ばれた長之助だが、真一は「語られなかった声に、耳を澄ませてみたい」と、昨年からのコロナ禍の中で「昔の物語を今へと掘り起こして」編集作業を進めた。「家族の物語」であり、30年がかりの作品だという。
  9月4日〜24日、新宿K’s cinemaで公開。連日ゲストを招いたトークの他、11日〜17日は長之助の代表作と関連作品を特集上映する。「世紀の判決」「森と人の対話」「カラコルム」「新しい製鉄所」など。
鈴木賀津彦
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号
posted by JCJ at 01:00 | 映画の鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月24日

【おすすめ本】横井久美子『横井久美子 歌手グランドフィナーレ 歌にありがとう』─人々を励まし歌い続けた生涯を偲ぶ=隅井孝雄(JCJ代表委員)

私が横井さんを知ったのは1969年、労組の平和・反戦集会で彼女に歌ってもらったことがきっかけで、ほぼ半世紀の交友が始まった。
 本書では歌を通して知りあった、活力ある人々との交友の中で成長を遂げた、歌手・横井久美子の足跡が、完ぺきに再現されている。
 歌手としての活動の合間、折々に綴った歌にかける思い、活動の記録、先輩、友人、知人、家族などとのふれあいについて、これまで書いてきた様々な文章を、横井さんが闘病の日々の中で、一冊にまとめた労作だ。

 歌手活動は日本国内のみならず、1973年アメリカと闘うベトナムの兵士らと、ハノイで「戦 車は動けない」を歌ったのをはじめ、アジア、ヨーロッパ、南米など世界を駆け巡っている。
 また音楽の教えを受けたアイルランドには何度も訪れ、晩年にはネパールの山村に通い、子供たちの音楽ホールを建設するなど、その足跡は世界各地にわたっている。
 1978年の「ノーモアスモンの歌」にみられるように、人々を励まし続け、人生の賛歌を歌い続けてきた横井さんは、2019年8月アイルランドの旅から帰国後、腎臓がんと診断され、闘病生活に入った。そして再起の願いも込めて、本書の出版を企画、夫の友寄英隆さんに支えられ執筆、編集したものの、ガンは容赦なく、今年1月14日彼女の命を奪った。
 本書の最後に自身のブログに書いた1年3カ月に及ぶ闘病記録も収録されている。帰らぬ人となった横井さんの人生に、哀惜を込め拍手を送りたい。(一葉社2200円 )
sya.jpg
posted by JCJ at 01:00 | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月23日

【慰安婦問題】名乗り出て30年 記者たちが証言 開戦50年企画の取材記事 23年後に突然バッシング=須貝道雄

30年前の金学順さんを報じた新聞記事A.jpg


 旧日本軍によって従軍慰安婦にされた韓国人女性、金学順(キム・ハクスン)さんが、自分は元慰安婦だったと記者会見で明らかにしてから30年。8月7日、東京のプレスセンターホールで、植村訴訟最終報告会を兼ね「金学順さんが名乗り出た時――記者たちの証言」のシンポが開かれた。金さんのカミングアウトがいかに世を変えたか、その言葉の重みを再確認する場となった。
 金さんがソウルで初めて記者会見に臨んだのは1991年8月14日。韓国のメディア向けだった。この会見が国際的な反響を呼んだ。
 日本人記者も会見の前後に様々に取材した。証言テープを聞いて金さんの存在をいち早く報じたのが当時、朝日新聞大阪社会部記者だった植村隆さん(現「週刊金曜日」発行人)だ。その事情を当時の朝日新聞ソウル支局長、小田川興さんは語った。
韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の共同代表、尹貞玉(ユン・ジョンオク)さんから元従軍慰安婦の女性が「ついに名乗り出た」と連絡を受けた。「だれに取材させるか思案した。日韓の政治が動いている時で支局は多忙だった。その時、大阪にいる植村記者から電話が入った。話をすると、彼は『明日行きます』と。そこから物語が始まった」
植村さんは91年8月10日に金さんの証言テープを聞き、翌11日付の朝日新聞大阪版・社会面トップに「思い出すと今も涙」の見出しで記事を書いた。それが23年後に「ねつ造」だと不当なバッシングを受けることになる。

 植村記事の直後に、北海道新聞ソウル支局長だった喜多義憲さんが金さんへの単独インタビューに成功し、8月15日付社会面に「日本政府は責任を」の記事と金さんの写真を載せた。
 シンポで喜多さんは「(太平洋戦争の)開戦50年企画で慰安婦問題をやろうと7月ごろから取材していた。メディアと会うと決心する女性がもし現れたら、まず私に連絡してと(挺対協の)尹さんにダメもとでお願いしていた。そうしたら8月13日に尹さんから話が来て、本当かと驚いた。14日午後2時から金さんへのインタビューが実現した」
 金さん(1924年生まれ)の父親は抗日運動にかかわり、日本軍に銃殺されたという。その反骨精神は娘にも引き継がれ、従軍慰安婦の問題を世に訴える「役割を担ったのではないか」と喜多さんは受け止めている。
 植村バッシング問題のドキュメンタリー「標的」を制作した元RKB毎日放送の西嶋真司さんもソウル支局長時代の91年末、金さんを取材した。「13分のインタビュー映像がある。だがTBSが持っていて使えない。今はメディアが慰安婦問題をタブー視している」と現状を語った。
 毎日新聞記者の明珍美紀さんは韓国メディア向けに開かれた8月14日の金さんの会見に出席していた。「後ろの方にいた。異様な熱気だった。ふり絞るような声と涙。迫力に圧倒されたのを覚えている」。明珍さんはその後、金さんと会い、9月28日付毎日新聞に「消えぬ朝鮮人慰安婦の傷」の見出しで「記者の目」を書いた。
 シンポには元NHKディレクターの池田恵理子さんも出席し、慰安婦問題を歴史から消そうとする動きが1997年から始まった模様を明らかにした。
須貝道雄
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号
posted by JCJ at 01:00 | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月22日

【隅井孝雄のメディアウオッチ】踏ん張るアフガン女性記者

              
2109 アフガニスタンで取材する女性記者2019年10月カブール.jpg
       取材する女性記者=2019年10月カブール       

 9月2日から4日にかけアフガニスタンの首都カブールで活動家やジャーナリストが女性の働く権利を求めるデモ行進を行った。タリバンの戦闘員が催涙ガスを使い、参加者の一部が小銃の弾倉で殴られ、血を流したことなどが民放「トロ・ニュース」で報じられた。
 タリバンが首都カブールに進攻した8月15日以前、報道機関に働く女性は1700人以上に達していた(アフガン女性ジャーナリスト協会EPAW、2020年調査)。民間ラジオ、テレビ局で9月2日までに勤務を継続する女性は76人に減少したが、一部の女性記者らは、現場に止まっているとみられる。民放トロ・ニュースには女性記者の出演が続いている。しかしタリバンン広報官とのインタビュー(8/17)や反タリバン派の動きを伝えた女性アンカー、ベヘシュタ・アルガンドさんは危険性が増したとして数日後出国した。(8/30CNN)。
首都陥落以降も活動する女性記者(新聞も含む)は100人以下に減少したと「国境なき記者団」(9/1)は伝えている。
 国営放送(RTA)の女性キャスターが出社を拒否されたと動画をツイッターで投稿した。「出勤しようとしたら、男性は中に入れたが、私は止められた。“タリバンに体制が変わったのであなたは仕事が続けられない。放送局には近寄るな”」といわれたと証言する。国営放送では政権崩壊までは140人の女性記者がいたが、今は一人も働いていない。中部カズニ州のラジオ局ではタリバンが訪れ「女性の声を流してはいけない」と警告した(朝日Think Gender9/2)
 そして国営テレビからはコーランの朗読や宗教番組が流れるようになった。民放テレビは、タリバンを挑発することになる、として一部の音楽番組やポップなバラエティー番組を減らしつつある。
 9月8日に発足した新政権が「勧善懲悪省」を復活したとの報道もあった(TBSサンデーモーニング9/12)。この省は前回のタリバン政権で女性迫害や、言論抑圧を進めたことで知られている。
 こうした状況下でも敢然と職場に踏みとどまる女性ジャーナリストに国際的支援の手を差しのべる必要がある。
 隅井孝雄(ジャーナリスト)

posted by JCJ at 01:00 | 隅井孝雄のメディアウオッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月20日

【スポーツ】JOC、五輪検証を行うのが責務=大野晃

 危惧された新型コロナウイルス感染症の感染爆発と、強行開催で国民の批判を浴びた菅政権崩壊の中で、東京五輪パラリンピックが幕を閉じた。
  国民の競技参加の機会はさらに遠のき、コロナ禍対策の最重要な時期に政治空白をもたらした。五輪代表の無理やりの挑戦のおかげで、多くの国民がスポーツの場を奪われた事態を、異常開催を推進した日本オリンピック委員会(JOC)はどう考えるのか。
 国民スポーツの再建には、代表の意見を集約することなく開催に突き進んだJOCの総括が不可欠だ。 代表たちが「メダル獲得で感謝」で通用するのはテレビなど称賛したマスメディアに対してだけに過ぎない。
 代表の自覚は国民への責任でもある。スポーツ権を行使できるのは選ばれた者だけなのか。力を育んだ学校部活動などは停止に追い込まれ、地域スポーツの制限は強まった。
 無観客の競技会が当たり前になり、五輪代表を目指す環境条件は厳しさを増した。コロナ禍の影響ばかりでなく、五輪成果に一面化されたスポーツ行政により、一般国民の競技スポーツ参加は困難さに直面している。
 国民体育大会や全国健康福祉祭も中止され、さまざまな競技会が規制された。競技団体が結集するJOCは広く大きな国民スポーツに支えられて存在する。
 しかし国民スポーツの拡大、発展を重視してきたと言えるのか。JOCは広く国民に開かれた組織に変わる必要がある。まずは会議を公開するなど自立を目指した原点に帰って、東京五輪の全面的な検証に取り組まねばなるまい。
 政府に意見が言えないうえ、参画する国際オリンピック委員会(IOC)にすら、ものを言わないJOCでは、五輪代表を送り出す資格はない。バッハ会長を揶揄するなど、盛んにIOC批判を繰り返したマスメディアだが、足元のJOCのあり方に沈黙していたのでは、五輪報道の使命放棄と言うしかない。
 大野晃(スポーツジャーナリスト)
posted by JCJ at 01:00 | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月19日

【今週の風考計】9.19─総裁選:百鬼夜行の醜い権力闘争が招くもの

★もう、うんざり。テレビをつければ各チャンネルとも、朝から夜まで、自民党総裁選4候補の「生出演」やら「生直撃」などのワイドショーや報道ばかり。この10日間で流された総裁選がらみの番組は20を超える。
 競馬レースの勝ち馬予想さながら、各派閥の水面下の動きを追いかけ、票割れを狙って刺客を送ったとか、決選投票では野合が組まれるとか、自民党幹部4Aは密約を交わしたとか、あれこれ報じている。

★自民党議員は議員で、派閥の領袖に気を使い、顔色を覗いながら勝ち馬に乗ることばかり考え、右往左往している。しかも安倍前首相は、当選3回以下組の「安倍チルドレン」議員に、派閥を越えて圧力をかけ、<安倍院政>を目論む始末だ。
★国民は「安倍・菅政治を引き継がない」政権を望んでいる(58%)のに、4候補とも安倍キングメーカーを忖度して「継承」に傾き、そろって改憲を言い、原発再稼働を容認する。
 コロナ禍のなか、変異株が広がり病床は逼迫したまま、在宅でのコロナ感染死亡者が8月には全国で250人を超えるのに対策は取らず、国民そっちのけで権力闘争に明け暮れる。もう世も末だ。

★今日9月19日は、今から6年前、安倍政権が憲法9条の解釈を変更し、集団的自衛権の行使を認める安保法制を強行成立させた日。「平和への思いを忘れない日」である。
 憲法の立憲主義や平和主義が踏みにじられ、後方支援や武器使用の拡大により、自衛隊が海外で武力行使する危険性は増す。
★安倍政権が進めてきた、これらの政策が、今どうなっているのか。分析も総括も抜きに継承されたらたまったものではない。
 もっと深刻なのは「森友・加計」問題や「桜を見る会」で露わになった政治の私物化、公文書改ざんでは自殺者まで生み出した行政の基本を破壊する暴挙、これらの政治家としての個人責任が問われる深刻な問題にソッポを向いて、「無責任の体系」を継承するのは許されない。

★安倍政権を継承した菅政権、あっけなく1年で閉じた。この間、自分の言葉で国民に語りかけたことがあっただろうか。
 コロナ禍であればあるほど、国民の生活や仕事に寄り添って、実際の状況をつかみ、気持ちを寄せる心のこもったメッセージが不可欠だったのに、聞いた覚えはない。
 代わりに聞くのは飲酒禁止、外出抑制、自粛要請など、責任はすべて現場に押しつけるばかりの指令だった。
★しかも野党の招集要求にもかかわらず、国会は開かず、6月9日の党首討論以降、3カ月半も国会審議の場から逃げている。総裁選不出馬の記者会見も2分で打ち切り。

★「ガースーです。好物はパンケーキ」で始まった菅首相、最後っ屁のように、23日から「卒業旅行」よろしく、「Quad」(クアッド)会議に参加するため米国へ外遊する。
 怖いのは、その内容である。日米豪印4カ国の首脳が集まり、海洋安全保障を巡って対中国包囲網を討議する。外交・防衛には経験のない首相が、どんなお荷物を背負わされるのか不安がよぎる。「次の政権に継承する」というが、「置き土産」にされるのではかなわない。(2021/9/19)
posted by JCJ at 06:00 | 【今週の風考計】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月18日

【メディア時評】「9・11から20年」報道にみる大いなる欠落=梅田正己(歴史研究者)

 9・11の惨劇から20周年を迎え、テレビではツインタワーが崩れ落ち、灰白色の噴煙が空をおおう光景が繰り返し放映された。
 日本人24名を含め、約3千人が犠牲となった。遺族の悲しみは20年たつとも消えることはない。その悲哀もメディアで伝えられた。
 また「テロとの戦い」を呼号して米国の戦争史上最長の戦争に突入し、2兆ドルの戦費を投じ、2400人の米兵の命を失いながら、米国が事実上敗退せざるを得なかった事情についてもいろいろと論じられた。しかし、当然論じられるべくして論じられなかった重要な問題が一つある、と私は思う。それは何か?
あのような史上空前の大量破壊・殺戮行為が、どうして引き起こされたのか、という問題である。およそ人間社会で惹起する事態には、必ず理由がある。どんな事象にも、原因があり、プロセスがあって結果が生じるのである。
 ところが9・11については、その「結果」についてはさまざまに報じられ、論じられたが、あのような恐るべき事態がいかなる「原因」によって引き起こされたのか、については殆んど論じられなかったのではないか。
あれほどの事件である。当然、重大な原因と長期にわたるプロセスがあったはずだ。
 
 発端は「湾岸戦争」

 原因の発端は、1990年8月2日、イラクのサダム・フセインが突如、小国クウェートに侵攻して併合を宣言したことから始まった「湾岸危機」にあると私は考える。
 この報を受け直ちに行動を開始したのが、父ブッシュ米大統領だった。空母をアラビア海に向かわせるとともに、チェイニー国防長官をサウジアラビアに派遣、同国にイラク攻撃のための軍事基地の設置を要請(3日がかりの交渉で説き伏せる)、あわせて国連安保理でのイラク制裁の決議を呼びかける。
 米国の強力な工作によって、安保理は8月には限定的だった武力行使容認を、11月には限定なしで決議する。この間、ペルシャ湾岸には米、英軍をはじめ各国の軍が集結する。多国籍軍と呼んだ。
 明けて91年1月、「湾岸危機」は「湾岸戦争」へと転換する。以後6週間、ハイテク兵器とともに連日、数百の戦闘爆撃機がイラク上空へ飛び、空爆を続けた。
 こうして抵抗力を奪われたイラクに、2月、地上部隊が陸続と侵攻、フセインはわずか3日で降伏、以後、最大の産油地帯であるアラブの地に米軍部隊が基地を設けて駐留、世界の産業の血液≠ナある石油が米国の覇権下に置かれることになる。(→続きを読む)
(→続きを読む)
posted by JCJ at 01:00 | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月17日

【スポーツ】子供らの競技離れ加速か=大野晃

 新型コロナウイルス感染症の感染急拡大の中で強行開催された東京五輪パラリンピックは、感染爆発を招いて閉幕した。
 命の危険が増大し、秋のスポーツシーズンは、閉鎖の瀬戸際にある。
 無観客の巨大国際競技会は、改めて特殊環境でなければ、トップ競技者の競技継続がむずかしいことを教えた。家族の全面協力や企業スポンサー支援、国の特別補助を受けることが条件であり、気軽に挑戦はできない。
 テレビ映像などで接するしかなかったことで、一層、競技スポーツを特殊で、見るだけのものと強く印象づけた。
 夏休み明けの学校新学期は、再開されても、分散登校やオンライン授業などで、友だちとの交流が大幅に制限され、楽しい部活動は停止されそうだ。
  競技に親しむ契機となる学校部活動の制限は、さらに、子供たちの競技スポーツ離れを加速させる恐れがある。コロナ禍で、夏の全国高校野球は大会中に2校、全国高校総体では24競技に74校の出場辞退が相次いだ。

  トップを目指す競技者の不安も大きい。1964年東京五輪は、競技を楽しむ草の根スポーツ発展の契機となって、70年代に、全国の地域や職場で、誰もが手軽に参加できる競技スポーツグループが拡大した。
 半世紀すぎて、2度目の東京五輪は、国民の広く大きなスポーツ参加のバネにはなりそうもない。三重国体や全国健康福祉祭も中止された。 コロナ禍の影響ばかりではない。
 東京五輪パラリンピック開催は、国民スポーツの拡大を目指してはいなかった。だから、新国立競技場などの新設、整備された大型競技場の大会後の利用策は、明確になっていない。
 国のスポーツ行政は、多くの国民のスポーツを軽視し、地方自治体も、観光客誘致のイベントばかりに熱心だ。 東京五輪パラリンピックは、国民のスポーツライフに何ももたらさず、重い税金負担だけを残した。
 国民のスポーツ権を重視するスポーツ行政に転換することこそ、日本スポーツの再出発には不可欠である。
 大野晃(スポーツジャーナリスト)
posted by JCJ at 01:00 | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月16日

【おすすめ本】古賀茂明『官邸の暴走』―経産官僚に牛耳られた「官邸主導」の経済プロジェクト=南彰(朝日新聞)

 菅政権の内実に迫るドキュメンタリー映画「パンケーキを毒見する」とタイアップし、「政治主導」の名の下に進められた安倍・菅政権の異常な官邸主導政治の内実を明らかにする一冊だ。
 著者は、安倍晋三氏を「能力の低いペテン師兼パフォーマー」、菅義偉氏を「頑固で攻撃的、かつ『改革する自分』に酔う裏方番頭」と評している。しかし「官邸主導」 の政治を実際に動かしているのは「官邸官僚」だと指摘する。

 その中心は、安倍首相の政務秘書官として君臨した今井尚哉氏ら経済産業省出身の官僚だ。高度成長時代に「日本株式会社」の参謀本部といわれた旧通商産業省。その仕事がないにもかかわらず「日の丸プロジェクト」で失敗を重ねてきた。
 しかし、「意味はないが大したカネをかけずに立派に見せる政策を作るプロばかり」がそろっているという「経産省的な性格」が「国民への人気取りの政策、話題に上る政策を常に必要とした」安倍政権とまさに合致して、「暴走」を重ねていった状況を描く。

 そうした結果が、労働者の平均賃金は下がり、「成長戦略」も不発で産業競争力が劣化した日本の姿だ。世界に取り残される状況を指摘できない、視野の狭い日本メディアの共犯性も厳しく指摘している。
 後半には、「7年8カ 月の安倍政権で日本経済は復活した」という言説を覆す「斜陽日本」を示すデータが次々と示される。
 筆者が再建を期待するのは河野太郎氏。その是非には議論があるが、日本社会の危機を共有し、乗り越えるための処方箋になっている。(角川新書1000円)
koga.jpg
posted by JCJ at 01:00 | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月15日

【時事マンガ】訪米って冗談だろ!=画・八方美人

                           
20210912●訪米って冗談だろ!サイズ小108KB.png
posted by JCJ at 01:00 | 時事マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月14日

【オンライン講演】福島を撮影10年 繰り返される棄民政策 山本宗輔さん語る=伊東良平

yama.jpg

 フォトジャーナリストの山本宗補さんが7月のJCJオンライン講演会で、原発事故後の福島の10年を自身が撮影した写真とともに語った。山本さんは「3・11」の翌日から福島に入り現在にいたるまで現地を撮影して放射線汚染の実態を伝え続けている。

  山本さんが最初に語ったのは2011年の事故発生当時の東京電力勝俣会長が爆発した原子炉の管理を自衛隊に任せようとしていたという無責任発言のことだ。この信じがたい出来事が東電の体質を物語っている。
初動取材は11年3月から立ち入り禁止の警戒区域に入り大手メディアに欠けている情報をネットで拡散した。原発から北西方向は線量計が振り切れるところもあった。
 事故から10年、避難指示区域の7町村では現在でも住民は一部しか戻らず、約7万人いた住民が現在は1万人弱にすぎない。大熊町では大半が今でも帰還困難区域だ。
 
町残しのため
 帰ろうという住民が1割にも達しないのに大川原地区だけが特定復興再生拠点として除染され、30億円をかけて町役場の新庁舎が建設された。山本さんは見かけの復興つまり「町残し」のためだと言う。常磐線は20年3月に全線開通したが、大野駅前の駐車場はイノシシが闊歩していた。この地区に住む木幡さん夫妻は2ヘクタールあった水田での農業と学習塾で生業を立てていたが、どちらも奪われた。敷地にある銀杏の木の下ではまだ861ベクレルもある銀杏の外皮を大好物のイノシシが食べている。

不幸の10年
  「原子力明るい未来のエネルギー」の看板のあった双葉町では標語の入選者が負の遺産も残すべきと看板の撤去に抗議した。現在はすべての看板が撤去されている。復興予算53億円で原子力災害伝承館という箱モノを建てたが、墓地の墓石は倒れたままだ。浪江町も若干住民が戻ったが1割にも満たない。多くが帰還困難区域の津島地区では日中からサルの群れが往来する。
一時帰宅に同行すると家はサルやカモシカなどの動物に荒らされたままで、家主は復興10年ではなく不幸10年と話す。
この津島地区は満蒙開拓団から帰ってきた人たちが戦後多く移住した場所である。約380戸が開拓入植した。ここに住んでいた「希望の牧場ふくしま」の吉澤正巳さんも両親が満蒙開拓団に参加の後にツテを頼って浪江町に移って牧場を始めたが、事故後は毎日牛の死体を片付ける作業に追われて絶望を感じたという。吉澤さんはいま原発反対集会に参加して訴えを続けている。富岡町も1割程度しか住民が戻っていない。

300年必要
 ここにある東京電力廃炉資料館ではモニターで「何世代もつないでいかないとデブリは取り出せない」と説明している。廃炉について、今まで言われてきた30〜40年は非現実的と日本原子力学会廃炉委員会が提言を出した。それによると部分撤去でも300年必要という。大手メディアではほとんど報じていない。大手メディアは被災者の声をもっと拾っていれば、コロナ禍の中で五輪が強行されることはなかったのではないかと山本さんは言う。政府が国民の命と健康に宣戦布告しているとしか思えないとも。

牛がミイラ化
 満蒙開拓も原発も国策ですべて多くの国民を翻弄し棄民してきた。今回は復興五輪の名のもとにまたも国民を欺いている。この講演会で山本さんが撮影した写真が多く示されたが、中で一番インパクトのあったのは餓死した牛のミイラのものであった。沢山の乳牛が牛舎で息絶えてミイラ化していた。国が福島を遺棄した象徴の証のひとつである。
 伊東良平
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号(要約版)
posted by JCJ at 01:00 | オンライン講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月13日

【被爆から76年・長崎】被爆者の思い受け止めず 注目されたのは遅刻だけ=西郷 格

 8月9日の長崎市平和祈念式典で、田上富久市長は、日本政府に核兵器禁止条約への署名・批准を求める平和宣言を読み上げた。平和宣言で条約への参加を訴えたのは、2017年に条約が国連で採択されてから5年連続だ。さらに、今年は条約が発効し来年3月に締約国会議が開かれることになったため、「オブザーバーとして参加し、条約を育てるための道を探ってください」と、一歩でも前進して欲しいと呼びかけた。
 しかし、式典に出席した菅首相は、挨拶で、核廃絶を抽象的に述べるだけで、核兵器禁止条約には一言も触れなかった。
 式典後、被爆者団体は菅首相に会い、条約への参加を直接訴えた。これに対して、菅首相は、「現実的に核軍縮を前進させる道筋を追求していくことが、より適切だ」と、条約に参加しない立場を繰り返しただけだった。
 また、被爆者団体は、広島で黒い雨を浴びた人たちが勝訴したことを受けて、長崎でも同様に被爆者と認めて欲しいと訴えている被爆体験者も救済するよう訴えた。しかし、この問題でも、菅首相は、「長崎では、訴訟が継続中ですので、まずは、その行方を注視していきたい」と述べただけだった。
 被爆者団体の代表の1人、川野浩一さんは、「もう少し前向きな回答があると考えていた。頭から要望をシャットアウトしていて、被爆地の思いを受け止めようという誠
意がない」と怒った。
 核廃絶も被爆者援護もゼロ回答の結果、注目されたのは菅首相が式典に1分遅刻したことだけになってしまった。
  西郷 格
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号
posted by JCJ at 01:00 | 九州・沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月12日

【今週の風考計】9.12─90年前の「9・18」:満州事変、軍が暴走するとき

今から90年前、1931年9月18日の夜10時24分、中国東北部・奉天(現在の瀋陽)近郊の柳条湖で、満鉄の線路が爆破された。
 当初、中国兵による不法な襲撃とされたが、実は日本の関東軍が仕組んだ自作自演の謀略だった。大本教の出口王仁三郎は、満州事変の勃発した「一九三一」年を、「戦(一九三=いくさ)の始まり(一)」と、読み取ったという。
この満州事変を機に、関東軍は中国侵略を拡大し、かいらい国家「満州国」の建国、日中全面戦争、そしてアジア・太平洋戦争へと続く15年戦争になだれこんでいく。

いま机のわきに、船戸与一『満州国演義』(全9巻・新潮社、2007年刊行以降2015年完結)と朝日新聞「新聞と戦争」取材班『新聞と戦争』(2008年刊、朝日新聞出版)が積んである。コロナ禍での“巣ごもり”を利用し、時間をかけて再読している。
 船戸与一のシリーズは、満州軍閥の張作霖爆殺に始まり、第二次世界大戦終結までを、「満州国の興亡」を軸に描く長大な歴史ドラマだ。
満州事変を描くのが、第2巻『事変の夜』。架空の敷島四兄弟を登場させて、学術的な歴史書では捉えられない事件のダイナミズムが、関東軍特務や同盟通信記者の動きも加えて、浮き彫りにされている。
 軍部の謀略・陰謀・策略・欲望・権謀術数の凄さに圧倒される。と同時に新聞が軍部に迎合していく実態も描かれている。

満州事変勃発の翌日、新聞は軍部の謀略と虚偽の発表をそのまま報道し、満蒙からの詳報に全力を挙げた。これまで軍縮を主唱していた朝日新聞も、満州事変を機に社論を転換し、戦争動員の世論形成に加担していく。
 『新聞と戦争』は、朝日新聞が自らの「暗部」を、元記者や関係者への聞き取りなど、総力取材で自己点検、2008年にJCJ大賞を受賞した。なかでも「第8章 社論の転換」「第9章 満州開拓」が、詳細に記述している。
「満州」の日本軍に慰問袋2万個を送るキャンペーン、「勇ましい皇軍の活躍」を宣伝する記者派遣、「肉弾3勇士の歌」懸賞募集などなど、戦争協力へ他の同業社と競いながら邁進していく。
 とりわけ新聞・通信社132社が、1932年12月19日、軍部に迎合し「満州国の独立を支持する共同宣言」まで出した責任は、きわめて重い。

思い出すのは「満州事変から30年」の前年、60年安保改定に反対する国民運動が最大限に高揚しているさなか、東京の主要新聞社7社が出した共同宣言である。
 「暴力を排し議会主義を守れ」と題して、全学連などのデモを批判する内容だった。これにより岸内閣を指弾・追究するメディアの筆法が弱まる転機となったため、「新聞は安保で再び死んだ」と指摘された。
そして「満州事変から60年」、1991年には読売新聞の渡辺恒雄主筆が社長に就き、同紙上で憲法9条を骨抜きにする改憲キャンペーンがスタートする。
 さらに「満州事変から80年」の2011年以降、7年半にわたる安倍政権下で、戦前回帰の軍国主義化が加速し、集団的自衛権の行使容認、報道規制を目指してのメディアへの介入、従軍慰安婦問題をめぐる「朝日新聞バッシング」と続く。
 2020年10月、菅政権では安保法制に反対する日本学術会議会員6名の任命拒否へと行き着く。満州事変の火種は、今でも消えてはいないのだ。(2021/9/12)
posted by JCJ at 06:00 | 【今週の風考計】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月11日

【被爆から76年・広島】核禁条約に首相触れず 姿勢象徴する読み飛ばし=難波健治

  核兵器禁止条約が発効して初めて迎えた「原爆の日」の6日、広島市の平和記念式典に出席した菅義偉首相は、式典あいさつで核禁条約には一言も触れず、その後開かれた記者会見で「条約には署名しない」と明言した。また、市民ら国際社会が強く求める第1回締約国会議へのオブザーバー参加さえ消極的な姿勢を示し続けた。
 広島平和記念公園で行われた式典は今年もコロナ対策で一般席は設けず、被爆者や遺族、国内外の政府・政党代表や大使ら約750人が参列した。
 その式典で菅首相は、事前に用意した原稿の一部を読み飛ばした。その部分には、「核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします」という自らの決意と、「わが国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり」という政府の立場の根幹部分があった。
 平和記念式典は、原爆の犠牲にあった多くの人々を弔い、世界から核兵器をなくすことを誓う特別の場である。読み飛ばした結果、意味が通らない形になったが、首相はそのまま読み続けた。まさに、菅政治を象徴する場面となった。
 首相はあいさつの冒頭でも、「広島市」を「ヒロマシ」、「原爆」を「ゲンパツ」などと読み違えて言い直した。
 また広島市と被爆者団体はこの日、原爆投下時刻の8時15分に東京五輪の選手村などで黙とうの呼びかけをするよう国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長や組織委員会に求めていたが、IOCは応じなかった。
難波健治(広島支部)
  JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号

posted by JCJ at 00:00 | 中国・四国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月10日

【東京オリパラ】五輪ボランティアに参加 後ろめたさと楽しさと=小石勝朗

五輪ボランティア.jpg 東京五輪のボランティアは楽しかった。だからこそ、後ろめたい気持ちで参加するのではなく、忌憚なく堪能できるタイミングで開催してほしかったと改めて思う。
 ボランティアに応募したのは、一生に一度のイベントに興味があり、未知の世界の内側をのぞいて多くの人と交流したいと考えたからだ。コロナ禍での開催に不安は募ったが、逆に「こういう状況だからこそ運営の様子を間近で見ておくべきだ」との結論に至った。
 私の役割は「移動サポート」。要するに運転手で、外国を中心とする関係団体の役員クラスが無料で乗れる大会車両を運転した。会期の前後を含めて13日間活動した。
 午前6時から午後11時すぎの間に1日7時間か9時間。築地市場跡の車庫を拠点に、競技会場や選手村、ホテルなどへ車を走らせた。すべてスポンサーのトヨタ車で、ハイブリッドの乗用車やミニバン、それに水素で走る「ミライ」もあった。
 運行はトヨタが開発した「T−TOSS」と呼ばれるシステムが管理した。配車や待機の場所、休憩や帰庫などが、貸与されたスマートフォンとカーナビゲーションの画面で指示される。乗客のIDカードに運転手のスマホをタッチすれば、行き先とルートが車のナビに表示された。
 大会関係者の来日が大幅に減ったせいか、乗り場や車庫での待機時間が長くなった。車庫から出ないまま活動開始から4時間が経ち、休憩になったりもした。
 回送も頻繁にあった。競技会場に多めに車両を手配するため車が余るのだ。休憩時間になると遠くにいても築地の車庫まで戻らなければいけないルールも影響した。私も埼玉県・霞ケ関カンツリー倶楽部(往復約150`)や横浜スタジアム、幕張メッセとの間を誰も乗せずに行き来した。
 システムが指示する配車先はコロコロ変わる。有明で待機中に横浜へ向かうよう指示が出た時には、首都高速に乗った途端に有明の競技場へ行き先が変わり、羽田空港でUターンした。
 待機する運転手は車内にとどまり、季節柄、エンジンと冷房をかけっ放しにする。環境に優しくないことは確かだった。回送は交通量を減らす要請にも逆行し、燃料や有料道路の費用がムダになった。大会車両は約2700台とされ、小さな積み重ねが開催経費を膨らませている気がした。
 安全対策には疑問が残った。ボランティア運転手の条件は普通免許だけで、実技講習は5〜6月に1時間足らず。私は大型2種免許を持つが、一般人がタクシーのような運行をするのは危険だ。実際、8月にはボランティアが首都高速で当て逃げ事件を起こした。
 語学力のなさにコロナ禍が重なり、車内での会話は少なかったが、降車時に感謝の言葉をかけてもらったり、バッジや菓子を渡されたりと小さな交流はあった。普段乗れない車で滅多に訪れない場所へ行けるし、世界的イベントを支えている小さな誇りと高揚感があった。
 運転ボランティアは競技会場に入れず、選手やマスコミ関係者を乗せる機会もない。報道に登場するのは「組織委批判」がテーマの時だけだった。開催に複雑な感情を抱きつつ縁の下で支える普通の人たちの姿を、大会の一断面としてきちんと伝えてほしかった。
  小石勝朗(ライター)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号 
posted by JCJ at 01:00 | 東京五輪・パラリンピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月09日

【おすすめ本】雨宮処凛『コロナ禍、貧困の記録 2020年、この国の底が抜けた 』─凄まじい実態・非道な対応への告発=鈴木 耕(編集者)

コロナ感染が止まらない。だが「東京五輪」の開催強行。まるでコロナという大火へ、ガソリンを注ぎ込むような菅政権のやり口。人命を賭ける蛮行の陰で、いったい何が進行していたか。
 サブタイトルにあるように、本書は昨年来の安倍〜菅政権が求める「自助」が引き起こした貧困の凄まじいばかりの記録である。

 2020年の「春・夏・秋・冬」と4章にわたってコロナ禍で追い詰められていく人々を追い、彼らに寄り添いながら、必死に活動する著者の悲しみが横溢している。
 その様相は、まるで戦時中だ。所持金13円の男性、コロナ不況がもたらすホームレスの増加。冬に向かうにしたがい、過酷さは増す。寒風の中で身を縮める切なさ。バス停で殴り殺された女性の事件。そして、従来にはなかった女性の貧困が目立つようになる。
 コロナの蔓延は、飲食業や風俗店の女性従業員たちを直撃する。中でも子どもを抱えた女性たちは、行き場を失い食をも絶たれる。だが役所の対応は冷酷だ。援けを求める人たちに缶詰めを渡して追い返す。

 生活保護申請に対して「親族への照会」という無慈悲さで扉を閉ざす。街頭に追われた人から、生きる支えのペットさえも取り上げようとする。
 著者たちは、必死に抗う。少しずつではあるが拒否の扉をこじ開ける。その意味で、これは政権の貧困者切り捨てに立ち向かった著者たちの闘いの記録でもある。
 なお本書はウェブ上の週刊誌「マガジン9」の 連載を編集したものである。(かもがわ出版16 00円)
E3808CE3本.jpg
posted by JCJ at 01:00 | おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする