2021年09月10日

【東京オリパラ】五輪ボランティアに参加 後ろめたさと楽しさと=小石勝朗

五輪ボランティア.jpg 東京五輪のボランティアは楽しかった。だからこそ、後ろめたい気持ちで参加するのではなく、忌憚なく堪能できるタイミングで開催してほしかったと改めて思う。
 ボランティアに応募したのは、一生に一度のイベントに興味があり、未知の世界の内側をのぞいて多くの人と交流したいと考えたからだ。コロナ禍での開催に不安は募ったが、逆に「こういう状況だからこそ運営の様子を間近で見ておくべきだ」との結論に至った。
 私の役割は「移動サポート」。要するに運転手で、外国を中心とする関係団体の役員クラスが無料で乗れる大会車両を運転した。会期の前後を含めて13日間活動した。
 午前6時から午後11時すぎの間に1日7時間か9時間。築地市場跡の車庫を拠点に、競技会場や選手村、ホテルなどへ車を走らせた。すべてスポンサーのトヨタ車で、ハイブリッドの乗用車やミニバン、それに水素で走る「ミライ」もあった。
 運行はトヨタが開発した「T−TOSS」と呼ばれるシステムが管理した。配車や待機の場所、休憩や帰庫などが、貸与されたスマートフォンとカーナビゲーションの画面で指示される。乗客のIDカードに運転手のスマホをタッチすれば、行き先とルートが車のナビに表示された。
 大会関係者の来日が大幅に減ったせいか、乗り場や車庫での待機時間が長くなった。車庫から出ないまま活動開始から4時間が経ち、休憩になったりもした。
 回送も頻繁にあった。競技会場に多めに車両を手配するため車が余るのだ。休憩時間になると遠くにいても築地の車庫まで戻らなければいけないルールも影響した。私も埼玉県・霞ケ関カンツリー倶楽部(往復約150`)や横浜スタジアム、幕張メッセとの間を誰も乗せずに行き来した。
 システムが指示する配車先はコロコロ変わる。有明で待機中に横浜へ向かうよう指示が出た時には、首都高速に乗った途端に有明の競技場へ行き先が変わり、羽田空港でUターンした。
 待機する運転手は車内にとどまり、季節柄、エンジンと冷房をかけっ放しにする。環境に優しくないことは確かだった。回送は交通量を減らす要請にも逆行し、燃料や有料道路の費用がムダになった。大会車両は約2700台とされ、小さな積み重ねが開催経費を膨らませている気がした。
 安全対策には疑問が残った。ボランティア運転手の条件は普通免許だけで、実技講習は5〜6月に1時間足らず。私は大型2種免許を持つが、一般人がタクシーのような運行をするのは危険だ。実際、8月にはボランティアが首都高速で当て逃げ事件を起こした。
 語学力のなさにコロナ禍が重なり、車内での会話は少なかったが、降車時に感謝の言葉をかけてもらったり、バッジや菓子を渡されたりと小さな交流はあった。普段乗れない車で滅多に訪れない場所へ行けるし、世界的イベントを支えている小さな誇りと高揚感があった。
 運転ボランティアは競技会場に入れず、選手やマスコミ関係者を乗せる機会もない。報道に登場するのは「組織委批判」がテーマの時だけだった。開催に複雑な感情を抱きつつ縁の下で支える普通の人たちの姿を、大会の一断面としてきちんと伝えてほしかった。
  小石勝朗(ライター)
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2021年8月25日号 
posted by JCJ at 01:00 | 東京五輪・パラリンピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする