歴史は鉄路で作られる─といっても過言ではない。本書の内容は副題が的確に表している。
今年は満州事変から、ちょうど90年。1931年9月18日の夜、中国東北部・奉天(現在の瀋陽)近郊の柳条湖で、南満州鉄道の線路が爆破された。当初、中国兵による 不法な襲撃とされたが、実は日本の関東軍が仕組んだ謀略だった。
本書は、まさに鉄路が絡む大きな事件から、鉄道を介して展開される小さな出来事まで、まったく知られなかった近現代史の実相が、著者の豊富な鉄道知識を通して、浮かび上がってくる。
「第一章 移動する天皇」では、「神を載せる車両」「御召列車の政治的効果」に触れて、次のような記述がある。
「御召列車とすれ違う列車の便所は使用禁止になったばかりでなく、名古屋や京都などの停車駅は構内の便所などが幕でおおわれた。聖なる天皇の視界に便所が入ってしまうこと自体が、おそれ多いと見なされたのだ」
以下、「郊外の発見」「文学者の時刻表」「事件は沿線で起こる」「記憶の車窓から」と章題をつけ、荷風が見た井の頭線の田園風景、ダイヤ改正と「点と線」の4分間トリック、丸山眞男が聞いてメモした車中の政治談義、 最後はポーランドを訪れた際のワルシャワのトラムと食堂車での体験が綴られている。
私事で恐縮だが、筆者も5年前、ポーランドを旅して体験した記憶が、著者の記述で甦る。クラクフからワルシャワヘ行く特急列車ペンドリーノに乗り、連結されたビュッフェで、ビール「ジヴィエツ」を瓶から飲み、サラダとケバブを挟んだ丸いパンにかぶりついた。その味が忘れられない。
本書は朝日新聞の土曜別刷り「be」に連載のコラムを新書化。各テーマ3ページ・写真付きで、どこから読んでも面白い。(朝日新書850円)