本書は精神病院に「強制入院」させられた当事者からの手紙を契機に、3年に及ぶ取材を続け、精神医療の「暗部」を暴 く衝撃的なルポである。
そこは「身体拘束」「薬漬け」「虐待横行」など、驚くべき人権無視の収容所だった。日本の精神病床は34万床、28万人が入院(2017年時点)、世界でも断トツ。先進国では在宅や地域での治療が主流であり、強制入院などは例外である。
ところが日本では「長期強制入院」のうえ、主治医の指示で、親・兄弟・子供との面会も禁止、電話やSNSも駄目。唯一できるのは手紙のみ。
しかも「医療保護入院」を決定するのは、家族一人の同意と精神科医の診断だけ。本人の意思は無視。こんな規定があること自体に衝撃を受ける。
だから信じられない実例が数多く出る。DV夫の策略で長期入院させられた看護師、拒食症を理由に77日も身体拘束された14歳の少女、認知症の診断で強制入院させられた会社の中堅幹部。その他、40年も入院している例すらある。
重ねて強調するが精神神経症と診断されるや、強制移送・入院、身体拘束、薬漬けにする日本の現状は、世界標準から隔絶している。昨年、日弁連は精神医療について、人権問題として「強制入院制度の早期廃止」を求める決議を採択した。
今から52年前、精神科病院に潜入取材した朝日新聞記者・大熊一夫さんが「ルポ・精神病棟」を新聞連載し、その後、単行本となり文庫化されているが、本書は、それ以来の画期的な書である。
併せて先進的な取り組みをしているイタリア・トリエステの精神医療の現場を撮ったドキュメンタリー映画「精神病院のない社会」(監督・大熊一夫)も見てほしい。(東洋経済新報社1600円)