放送の仕事の一つに「スタジオ美術」がある。舞台・演劇などの世界と同様、なくてはならない「大道具・小道具」の仕事である。番組収録に先立ってスタジオにセットを建て込み、収録が終わればそれを解体する。セットや小道具類は工場や倉庫からトレーラーなどでスタジオに運び込む。
テレビ番組で言えば、「本番」の始まりから終わりまで、華やかな舞台の裏方を支える、地味ながら重要な現場仕事だ。ドラマやバラエティのみならず、ワイドショーやニュース番組でも凝ったスタジオセットがすでに通例になっているし、最近ではインターネットの配信番組でも美術の仕事が欠かせない。
そんなスタジオ美術の作業は、肉体労働の大工仕事だから、というばかりでなく、いま過酷な状況に置かれている。ある意味で末端の「下請け仕事」だから、すべてのしわ寄せが覆いかぶさってくるのだ。
限られた制作予算なのに、番組のディレクターやデザイナーからは手の込んだセットを要求される。美術会社の「営業」と呼ばれる担当者は、予算とデザインを何とかすり合わせるために奔走する。その交渉に時間を取られると、納品までの製作時間が削られる。番組収録の日程に間に合わせるために終電後までの作業になっても、帰りのタクシー代が出ないケースもあるという。
最近は、局側からの発注そのものがギリギリで突貫工事でないと収録に間に合わない「急発注・短納期」の問題が深刻化していて、現場で長時間労働が改善されない要因となっている。本来、急ぎの仕事であれば割増料金を上乗せして支払われてしかるべきだが、現実は作業途中で変更や手直しの要請が局側から出されても、追加の支払いなどがないケースが通例だということだ。
また、現場で働く女性が急激に増加しているのに、女性用更衣室がないか、あっても狭くて使いにくいという問題もある。一度使った美術セットを再利用することを考えても、そのための保管倉庫が整備されていないこともあり、スペース確保が課題となっている。いずれも放送局の責任で対応すべき問題だろう。
映画・演劇関係の労組の集まりである「映演共闘」「舞台美術労協」と民放労連は、共同で在京キイ局や民放連事務局に下請け単価の改善や勤務間インターバルの確保などを毎年要請している。放送局側は受け止めてはくれるものの、改善はなかなか進まない。誰のおかげで番組が出せるのか、今一度考えてほしい。
岩崎 貞明
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年11月25日号