2022年12月19日
【焦点】「拉致問題本 充実を」文科省「図書館の自由」に介入 図書館協会など撤回求める=橋詰雅博
文部科学省が都道府県の教育委員会などに出した事務連絡に反発が広がっている。問題の文書は「北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る御協力等について」と題し、「若い世代に対する拉致問題への更なる理解促進のため図書館、学校図書館において、拉致問題に関する図書等の充実」(=写真=)を求めた。12月10日から16日の北朝鮮人権侵害問題啓発週間に向けて内閣官房拉致問題対策本部から依頼を受けた文科省が8月末に通知した。これに対して「権力の介入」と批判した図書館業界などは依頼の撤回を要求した。
自由宣言を採択
図書館業界が反発するのは理由がある。戦前・戦中の図書館は政府が掲げる「思想善導」(国家が反体制思想を排除する政策)に沿い国民の知る自由(知る権利)を妨げる役割を果たし、戦争に協力した。こうした反省の上に立ち公立図書館や小中高の学校図書館などが加盟する日本図書館協会は、1954年(昭和29年)に「図書館の自由に関する宣言」を採択した。この宣言では、図書館は権力の介入または社会的圧力に左右されることなく、自らの責任にもとづき、収集した資料と整備された施設の提供を行うとしている。併せて「利用者の秘密保持」や「検閲の反対」もうたわれた。
今回の文科省の文書は図書館の自由宣言をないがしろにする危険性がある。このため図書館や教育現場から批判が相次いでいるのだ。いち早く9月8日、全日本教職員組合は「内容やテーマを指定した図書の充実や展示を求めるのは、子ども、国民の思想を縛るきわめて危険なことである」として事務連絡の撤回を文科省に申し入れた。日本図書館協会も「国民の知る自由を保障するうえで、とても危険なこと。文科省の文書は是認することはできません」と10月11日に意見表明した。
不当な支配にも
日本図書館協会の岡部幸祐常務理事は「図書館として拉致問題の理解促進に協力するのは重要です。そうであっても拉致をテーマした図書の充実をという文科省の通知連絡は、図書館の自由宣言の理念から逸脱する行為だと考えられます。今一度、宣言を守ってほしいというメッセージが必要と考えて意見表明しました」と話す。
また改めて自由宣言を読み直してほしいと加盟の図書館に同協会が文書を出した理由を岡部常務理事はこう説明する。
「文科省の事務連絡を指示文書のように受け取ることを懸念したからです。というのは、司書は非常勤が多く、学校を掛け持ちしている司書もいます。少ないですが司書不在の学校図書館もあります。こうした事情から図書館での主体的な取り組みが難しくなる恐れが生じると考えて、関係者に宣言の読み直しをお願いしました」
図書館員や個人ボランティアなどからなる図書館問題研究会の中沢孝之委員長は「多くの図書館は、拉致問題の早期解決を願っており、収集した拉致関係の図書を展示しています。それなのに国はこんな文書を提示する。図書館の自由宣言の侵害であり、権力介入の危機感を覚えます。教育基本法第16条『不当な支配』に該当する恐れもあります。事務連絡の撤回と今後こうした要請を行わないことを文科省に求めました」と語る。
「強制の意図はない」と国は釈明するが、図書館の自由宣言を軽視しているのでは……。
橋詰雅博
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2022年11月25日号