2023年01月10日

【おすすめ本】増田 剛『ヒトラーに傾倒した男 A級戦犯・大島浩の告白』―国を誤った道に導く失敗を犯す 贖罪の気持ちは希薄だった=南雲 智 (東京都立大学名誉教授)

 第二次世界大戦戦中、駐ドイツ大使を二度にわたって務め、日独伊三国同盟の立案者であり、締結の立役者だった大島浩は、日本の敗戦後、「平和に対する罪」を犯したA級戦犯として逮捕された。
極東国際軍事裁判で終身刑の判決を受け、巣鴨拘置所で服役していたとき、彼は「獄中デ獨逸ノ領袖坐罪スト聴ク」と題する漢詩を書いた。彼の盟友だったナチス・ドイツの外相リッベントロップが国際軍事裁判で裁かれ、処刑されたことを知らされた際に「冤枉」「殉難」という文字を使い、無実の罪で犠牲となったと嘆き悲しんでいたのである。

大島はこの詩にみずからの当時の境涯を重ね、彼の心象風景を投影させていたに違いない。1955年12月仮釈放されて以降、終生、隠棲生活を送り、公の場に出ることはなく、講演や執筆依頼も断り続けた。しかし彼の脳裏を去来し続けたのは、独裁者ヒトラーとの親交であり、ドイツ大使として活躍していたみずからのいちばん華やかな時代だったはずである。なぜなら本書が刊行されるきっかけになった12時間に及ぶ駐ドイツ大使時代の日々を語った音声を残しているからである。 

 この音声記録はけっして公開するなと記録者に厳命しながら、大島はなぜ証言音声記録を残したのか。それは<大島浩>という人間の存在証明を残すことにほかならなかった。国を誤った方向に導くという失敗を犯した人間とみずからを認めながら、しかし、応接間にヒトラーと対面している写真を飾り、終生、ヒトラーに傾倒していた大島にはナチスドイツは輝き続け、失敗感は抱いても贖罪意識は希薄だったのである。
(論創社2000円)

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