登山歴60年、温泉紀行ライターに特化して40年という、山と温泉の専門家が、おのれの足と肌と五感を総動員して書き上げた著作が、おもしろくないわけがない。
深田久弥『日本百名山』に敬意を表しつつ、品格・歴史・個性を備えた温泉付きの百名山を選定し、自ら登り入湯した記録を写真とともに紹介する。取りあげたすべての山にはルートや難易度、温泉には泉質や宿の情報も抜かりなく、写真も美しい。紀行文&旅行ガイド&写真集の三位一体、一冊で三つの味が楽しめる。
著者が百の名山と温泉を組み合わせて紹介しようと思い立ったのが、難病の悪性リンパ腫を克服し古希を迎えてからだというから驚いた。そして、脊柱管狭窄症や変形性膝関節症といった登山家には致命的な病も乗り越えて最後に残した北岳に登頂したと知った時には、思わずバカかと呟いた。
しかし、本人には悲壮感など欠片もなく、山を楽しみ温泉を楽しんでいる。同じ悪性リンパ腫を克服し車を住み処に山登りを続ける老齢男性との邂逅や若い温泉仲間たちとの交流を語り、時には専門家らしく湯づかいへの苦言も呈している。
この本には、人懐っこく飄々として、がまん強い飯出君の人柄と山と温泉への愛情が溢れており、読むだけで癒される。そして思うのだが、家族の献身的な支えがなければこの本は完成しなかったに違いない。その点でも売れて当然の本だと、昔一緒に知床半島を縦走した私はしみじみと思う。
近く、写真をすべてカラー化した電子版が出るというから、文字とともに拡大して楽しみたい。
(集英社インターナショナル2200円)