よくまとまった現代アメリカ社会論である。国民分断が叫ばれるアメリカだが、これはアメリカだけの問題ではない。読んでいくと「日本も同じことじゃないか」という気もしてくる。ある極端な意見、一見もっともらしい言説だが少し検討してみれば全くのフェイクだと分かる煽動が一定の層に浸透し、それが次第に科学そのものを歪んだ形に変えていく。「ワクチンは人体にカプセルを埋め込むもの」などに代表される陰謀論。
だが受け入れ易いものだけを信じ込む人々もいる。著者はそれを「非科学主義信仰」と呼ぶ。その傾向が政治に及ぶとき、国家の分断が発生する。トランプ登場がその象徴だった。SNS上で陰謀論を拡散させたのが「Qアノン」などだ。草の根の不満の集積が政治に影響し、トランプという異形の煽動家を大統領に押し上げた。
著者はNHKロサンゼルス支局長などを歴任、アメリカのさまざまな現場を取材し、克明な報告を本書に綴った。興味深いのが「第二章 政治を突き動かす非科学主義」「第三章 なぜ非科学主義に走るのか」だ。政治家がいかにQアノンなどの陰謀論を利用したか。そのツールとしてのSNS。国民の分断は先進国内に第三世界を現出させる。いわゆる「上級国民」に対する反発が不満層の銃規制反対に結びつき、人種差別という暴力を伴い、「トーク・ラジオ」のスピーカーが差別を助長する。それを拒否すべき教会が差別に加担した例も示される。
アメリカという大国の病巣が摘出されるのだが、果たしてこれがアメリカだけの問題か。我々の国も同じことではないかと、著者は問いかけてくる。