2023年02月28日
【寄稿】軍拡の大前提=「脅威」は本当に存在するのか いまメディアが真っ先に問うべきことは=梅田正己
日本の防衛費をGDP2%へ一挙倍増すべきだという安倍元首相の遺言≠ェいつの間にか既成事実化されて、いまや自民党内では増税を含む財源問題が中心議題となっている。
マスメディアの報道や論調も、防衛力の強化を前提としたものとなっている。たとえば安保政策を大転換した閣議決定翌日の12月17日の朝日新聞の社説はこう書き出されていた。
「日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増しているのは事実で、着実な防衛力の整備が必要なことは理解できる。」
この認識は今回の政府の「国家安全保障戦略」の大前提となる情勢認識と共通している。同「戦略」にもこう書かれていた。
「我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している。」
しかし、本当にそうなのだろうか。いまこの国は、安保政策を大転換し、防衛費を一挙に倍増し、防衛力を飛躍的に増強しなければならないような危機的状況に直面しているのだろうか。
事実に即して状況を観察・点検し、この国がはたして「戦後最大の軍事的危機」に直面しているのかどうか、政府の主張を検証してみる必要がある。
政府の「国家安全保障戦略」で具体的に示されている「脅威」とは、次の3つである。
1)中国の動向――「我が国と国際社会の深刻な懸念事項で、これまでにない最大の戦略的な挑戦」
2)北朝鮮の動向――「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」
3)ロシアの動向――「ウクライナ侵略によって国際秩序の根幹を揺るがし、中国との戦略的な連携と相まって、安全保障上の強い懸念」
こうした脅威・懸念にたいする対抗措置として、政府は敵基地攻撃能力をふくむ戦後最大の防衛戦略の大転換、軍備の大増強を実行するというのである。
しかし本当にこうした脅威が実在するのだろうか。
ロシアは本当に
「脅威」なのか
まずウクライナ侵攻によって、戦争の悲惨さを私たちに伝え、震撼させたプーチンのロシアから考えてみよう。ロシアが実際に日本にも侵攻してくるような脅威となる存在なのか――。
現代世界においては、どんな国であっても、何の理由もなしに他国に侵攻するということはあり得ない。
今回のウクライナ侵攻も、基本的にはプーチンの大スラブ主義(大ロシア主義)の野望が生み出したものであり、ロシア語を話す人々がロシアと国境を接するウクライナ東南部に住んでいることを口実として実行された。
またロシアによる過去の侵略行為も、フィンランドをはじめバルト3国、ポーランドなどすべて国境線を踏み破って行われた。
それに対し、日本は海によってロシアと隔てられている。またロシアが日本と敵対する理由も事情もない。
過去の冷戦時代には、宗谷海峡を渡ってソ連が攻めてくるという話が喧伝され、そのため自衛隊は持てる戦車の半数を北海道に配備したが、やがて冷戦が終わり、軍事的な見地からもそんな作戦行動はあり得ないことが暴露され、日米合作のフィクションだったとして抹消された。
いかにプーチンといえども、ロシアが日本に侵攻する理由も口実もないのである。「ロシアによる軍事侵攻の脅威」は現実にはまったく成りたたない。
北朝鮮は本当に
「脅威」なのか
次に北朝鮮による「脅威」についてはどうか。
その根拠とされるのは、北朝鮮による相次ぐミサイル発射である。とくに日本列島を飛び越す長射程のミサイルが、四半世紀前のテポドン以来、日本に対する脅威として喧伝されてきた。
たとえば今年10月4日朝、日本列島を越え、太平洋はるか沖の東方海上に落下したミサイルは、「Jアラート」によりテレビ放送を1時間近く中断させて国民を不安がらせた。
しかし、「火星17号」と推測されるそのミサイルは、人工衛星よりもなお高い宇宙空間を平均マッハ4の速さで飛び去ったのであり、「Jアラート」などとはおよそ次元を異にする飛行物体だった。
ではなぜ、北朝鮮はミサイル発射実験に固執するのか。理由は、米大陸に到達するICBM(大陸間弾道ミサイル)を完成させたいからである。
北朝鮮は、米国とはいまなお潜在的交戦状態にある。なぜなら70年前に金日成と米軍の司令官とが調印したのは休戦条約であって、平和条約ではないからである。潜在的交戦状態にあるからこそ、米国は韓国に広大な空軍と陸軍の基地を配置し、毎年、北朝鮮の目の前で、北側海岸への上陸作戦を含む韓国軍との合同演習を威嚇的に実施している。
北朝鮮は米国との敵対関係を解消し、国際的な経済制裁を解除させて、経済復興にとりくみたい。そのためには、何としても米国と直接交渉をする必要がある。
そこで06年の米中ロ韓日との6カ国会議の場でも必死に米国と交渉したし、トランプ前大統領とも3度にわたって会談した。しかし、いずれも寸前のところで米国は身をかわし、交渉は不発に終わっている。
かくなる上は、米国を、身をかわせなくなる状況にまで追い込むしか方法はない。すなわち、核弾頭を装備したICBMを振りかざすことによって、米国にたいし休戦条約にかわる平和条約の締結を迫るしかない。
これがいわば、北朝鮮に残された、彼らが考える最後の生き残り策なのである。したがって、ミサイル発射実験も核実験も、相手国はただ一つ、米国なのである。日本などは眼中にない。
北朝鮮が日本に対して求めているのは、35年間にわたる植民地支配に対する謙虚な反省と代償であり、かつて日本政府が韓国に対して行なったのと同種の経済協力なのである。
そしてそのことは、02年の「日朝平壌宣言」で金正日と小泉純一郎、当時の両国首脳が約束し合っている。日朝国交回復ができれば、それは実現に向かう。その日本に対して、北朝鮮がミサイルを撃ち込んでくることなどあろうわけがない。それは人が自家に火を放つようなものだからである。
それなのに、自公政権は北朝鮮の現状を「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」と決めつけ、大軍拡に向かって突進のスタートを切ろうとしている。「Jアラート」によって国民の危機感をあおったのと同様、これもフェイクである。(→続きを読む)
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