15年前の初夏、千葉県の房総半島沖で一隻の漁船が深海に消えた。乗組員4人が死亡し13人が行方不明のままだ。
当時、国が出した事故調査の結論は「波が原因」。だが関係者の間には釈然としない思いがくすぶり続けていた。
2019年秋、一人のジャーナリストが偶然耳にしたこの事故に疑問を抱き、取材を始める。
海難審判庁など役所の幹部、遺族、海に放り出されながらも生き残った乗組員――。インタビューに応じても、必ずしも取材に前向きとは限らない。生き残った乗組員らの口は重い。だが地道で実直なジャーナリストの姿勢が彼らの心を解きほぐし、一つ一つ重要な証言を取り出していく。
沈没前、乗組員らは強い衝撃を感じている。ドスーン、バキッ。そんな奇怪な音も聞いている。
「あれは波の音なんかじゃない」
さまざまな証言が浮かび上がらせるのは、当時の不可思議な状況だ。
事故直後、周辺の海は黒く染まっていた。積載していた燃料油が船底の破損で漏れ出したのか。だとすると、船は何かにぶつかったのか。だが付近は深海で、海底まで5キロはある。何らかの「動くもの」が衝突したのではないか――。
著者はやがて「潜水艦の男」から証言を得る。
海難事故の真相を追いかける謎解きと、緻密な構成、巧みな筆致にぐいぐいと引き込まれる。
だが本書の魅力はそこにとどまらない。取材先に何度も足を運び、手紙を書き、公的文書を得るために情報公開請求を試みていく、そのひたむきな姿に心奪われるのだ。
ジャーナリズムを志す、あるいは実践するすべての人に必読の書ではないだろうか。(講談社1800円)
2023年03月30日
2023年03月29日
【オンライン講演】米の侵攻が日本の安保政策を大転換に! タリバン政権の現状 高世仁さん報告=鈴木賀津彦
昨年11月にアフガニスタンでタリバン政権下の現状を取材してきたジャーナリストの高世仁さん=写真=を講師に1月21日、JCJオンライン講演会「タリバン政権の現状と故中村哲氏のレガシー〜アフガン取材報告」を開いた。録画視聴を含めて約100人が参加した。
11月14日から13日間取材。タリバン政権の幹部や様々な人にインタビューし、深刻な失業・生活困難、食糧不足で飢餓の危機にある現地を歩いた。高世さんは、「この危機はタリバン政権の権力復帰で起きたのではない」と強調。「現地では長く干ばつ被害による農村破壊が続いており、そこに国際社会からの制裁が追い打ちをかけた」と説明。また、「深刻な麻薬・薬物の蔓延は20年前のタリバン政権崩壊後、ケシ栽培が急増した結果だった」と語った。
地域に思い根付く<
3年前に凶弾に倒れた医師の中村哲さん(享年73歳)の遺志が、現地の人々に受け継がれて、新たな灌漑プロジェクトが始動している様子も取材した。「中村先生は『政権は変わるが民衆は変わらない。政権を見るな。民衆とともにあれ』と教えてくれた。それを守って進みます」と語ったディダール技師は中村さんの愛弟子。中村さんの思いは地域に根付き、現地のタリバンも中村さんのプロジェクトを高く評価し、協力姿勢を打ち出していた。
ジェンダーに落差
ジェンダーをめぐるタリバンの対女性政策は田舎では違和感を持たれていない。昨年12月の女子の大学教育禁止措置など、女性の教育・就労などの権利制限は広がるが、首都カブールでは女性たちが学びに取り組む。個人宅に少人数を集めた教室や、「研修組織」の認定で半公然の「地下学校」を取材できた。
「学校」を黙認し、娘を通わせるタリバン幹部もおり、政権が一枚岩ではないことも分かった。
復権したタリバン
タリバンの基盤は人口の9割を占める農村部、大多数の国民がタリバン復権を受け入れたとみるべきだろうとも高世さんは分析する。
「アフガニスタン侵攻はアメリカと世界の秩序の転機を招いた。巨額を注いだ日本にとり、『遠い国の関係のない話』ではない」と話し、「20年におよぶアフガン戦争とイラクで国力を消耗した米国は同盟国、特に日本に負担を求めた。それが今回の日本の安全保障政策の大転換をもたらした」とも指摘した。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2023年03月28日
【フォトアングル】岸田政権の大軍拡や改憲の阻止を訴える若者たち=1月8日、東京・新宿東南口、酒井憲太郎撮影
「戦争準備で私たちの未来を奪うな!」の横幕を中心に、総がかりユースアクションに80名が参加した。「許すな!9条改憲」「軍事費よりもコロナ対策を」「敵基地攻撃能力の保有は憲法違反」「ミサイルで平和を守れない」「カルト教団旧統一教会に解散命令を!!」など多様なプラードを掲げ、岸田政権の大軍拡や改憲を許さないとリレースピーチで訴え。主催は戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会青年PT
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2023年03月27日
【おすすめ本】岸本聡子『地域主権という希望─欧州から杉並へ、恐れぬ地方自治体の挑戦』─世界に広がるミニシュパリズム 岸本・杉並区政の大いなる挑戦=村田安弘(もと講談社・杉並区在住)
「杉並は希望だ」と全 国から注目されている。昨年6月、市民と野党の共闘が実り現職の区長を破り、岸本聡子氏が当選した。東京都・杉並区では初めてのリベラル系・女性区長の誕生である。
新区長、岸本聡子氏はどういう人なのか。岸本氏はベルギーに在住し、NGOの調査研究スタッフとして仕事をし、今、 世界で同時多発的に起きている地域自治主義(ミニシュパリズム)を日本語で発信してきた。その体験を生かして日本に戻り地域に貢献することを考えていたという。
本書は、ドイツ、スペインからアルゼンチンまで世界で起きている住民運動を紹介している。ベルリンの住宅革命は必読。この動きは「杉並区で始まった変革」につながっていると、岸本氏は語っている。
新自由主義は世界中で国や自治体が持っていた公共的な役割を縮小、民営化していった。それを住民が連帯して取り戻していこうという動きが広がっているのだ。
同じ状況だった杉並区も、わずか半年だが大きな変化をしている。区民説明会が開かれるようになり、区長も出席し、区 民の参加も増え、出席者が生き生きと発言している。区のすべての施設は57万人区民の共有財産であるとして、住民無視の道路計画、施設の再編の見直し、学校給食の値下げ、補聴器、 家賃の助成など、矢継ぎ早に区政の転換が進む。
「日本一透明性の高い自治体を目指す!」とい う。岸本区政の理解と支持は急速に拡がる。本書は「杉並再生」の旗印で あり、自治体から日本を変える壮大な展望に満ちている。(大月書店16 00円)
新区長、岸本聡子氏はどういう人なのか。岸本氏はベルギーに在住し、NGOの調査研究スタッフとして仕事をし、今、 世界で同時多発的に起きている地域自治主義(ミニシュパリズム)を日本語で発信してきた。その体験を生かして日本に戻り地域に貢献することを考えていたという。
本書は、ドイツ、スペインからアルゼンチンまで世界で起きている住民運動を紹介している。ベルリンの住宅革命は必読。この動きは「杉並区で始まった変革」につながっていると、岸本氏は語っている。
新自由主義は世界中で国や自治体が持っていた公共的な役割を縮小、民営化していった。それを住民が連帯して取り戻していこうという動きが広がっているのだ。
同じ状況だった杉並区も、わずか半年だが大きな変化をしている。区民説明会が開かれるようになり、区長も出席し、区 民の参加も増え、出席者が生き生きと発言している。区のすべての施設は57万人区民の共有財産であるとして、住民無視の道路計画、施設の再編の見直し、学校給食の値下げ、補聴器、 家賃の助成など、矢継ぎ早に区政の転換が進む。
「日本一透明性の高い自治体を目指す!」とい う。岸本区政の理解と支持は急速に拡がる。本書は「杉並再生」の旗印で あり、自治体から日本を変える壮大な展望に満ちている。(大月書店16 00円)
2023年03月26日
【今週の風考計】3.26─WBC侍ジャパンが優勝した先の課題に目を据えて
侍ジャパンの14年ぶりの優勝
■WBC参加20カ国の頂点に立った侍ジャパン、おめでとう! この2週間、野球中継に釘付けとなった。とりわけ米国との決勝戦、侍ジャパンが1点リードした9回裏、リリーフで登板した大谷翔平投手の劇的な投球は、今でも目に残る。
■大谷投手は、米国の最強スラッガーでエンゼルスの同僚でもあるマイク・トラウト外野手に、フルカウントから投げたスイーパーが大きく横に曲がり、思わずトラウトはバットを出し三振、ゲームセットとなった。歓喜にあふれる選手たちの映像に、我ながら感極まった。
WBCが抱える課題
■新聞各紙も号外「侍J 世界一奪還」を発行、27日には『WBC2023 メモリアルフォトブック』(初版3万部 世界文化社)が発売される。優勝セールも予定される。その経済効果は600億円に及ぶという。
■WBCによると4プールに分けた1次予選の観客数は前回大会から倍増、大会史上最多の101万人、準々決勝からのトーナメント7試合だけでも観客数は30万人を超える。
だが<WBCは世界的人気イベントになれるのか?>と、いち早く問題提起する東京新聞3面総合欄「核心」(3/23付)の米フロリダ州マイアミ・浅井俊典さんの記事は注目していい。
■その要旨をまとめてみると、「WBCを主催する米国大リーグ機構(MLB)の米国優先の運営には課題も残った。…米国が全試合を自国で戦った半面、準決勝で米国に敗れたキューバは台湾、日本、米国と3会場の移動を強いられた。…
また米国大リーガー選手はケガに備えた保険加入が必要とされ、メジャー通算197勝を誇る米国のカーショー投手らは保険加入が認められず不参加。いかにWBCを米国リーグの利益に結び付けるかに重きが置かれているとの声を紹介」している。
韓国メディアも「WBCで使う公式球は米国ローリングス社製とし、試合の開始時間の不公平や決勝戦の日程変更など、金儲けを優先し米国の意向に沿った運営の問題点を指摘」している。
なぜ野球の人気が落ちるか
■米国大リーグ機構(MLB)が、WBCの運営に躍起となるのは、そもそも野球に対する人気がガタ落ちで、野球好きは米国内でも11%、30歳以下ではわずか7%だ。自国ファンをつなぎ留めるには、WBCの開催が欠かせなかった。
■なぜ人気がないのか。まず野球をやりたくとも、グローブ、バット、プロテクターなど、道具を用意するのに思いもよらぬ金がかかる。戦後のひもじい生活を送った筆者には、子供時代にはグローブすら高くて買えなかった。野球はお大尽の子がやるもの、貧しい子は道具が要らず、ボール1つあればプレーできるサッカーだった。
■今でも野球の道具は高いし、ホームベースの裏側にネットを張った専用グランドが必要だし、ボールだってバカにならないほど使う。聞くところによると、1試合平均10ダース(120球)、多い時は180球も使われるという。
プロ野球では一度土に触れて交換した球は二度と試合では使わず、練習球になるという。1球2,648円(税込み)もする。さらに試合時間も4時間を超える場合がある。これほどの経費と時間を要するスポーツはない。
FIFAのサッカーW杯運営
■これでは野球の人気が衰えるのも無理はない。日本における野球の競技人口は730万人、サッカーの競技人口は750万人と並ぶが、世界で見ればサッカーは2億6千万人、野球は3500万人。サッカーの競技人口・人気は圧倒的だ。
■サッカーの最高峰ワールドカップ(W杯)は、FIFA(国際サッカー連盟)が主宰する。そこには国際連合の加盟国193よりも多い世界各国211のサッカー競技連盟が加わる。世界各地のサッカー選手が、各レベルの予選を勝ち抜き、母国の誇りを胸にW杯の頂点を目指して、しのぎを削る。その魅力は計り知れない。
■昨年のサッカーW杯では、スペインとの予選で三笘薫選手がゴールラインギリギリのボールを拾った「三笘の1ミリ」で逆転勝利。今回のWBCでも源田壮亮内野手が、メキシコ戦で盗塁を防ぐ「源田の1ミリ」が話題となった。だがWBC は米国大リーグ機構(MLB)の1組織が主催するイベント。サッカーW杯に適うわけがない。
サッカー並みの人気へ
■世界レベルのWBCにしていくには、アフリカ、中東、東南アジア諸国に野球コーチや講師を派遣し、チームを作って参加できるようにする努力が欠かせない。米国のMLBが、それを担う覚悟があるかどうか。
実際は「試合が長過ぎる」といった声に対応し、スピーディーな展開を目指す、投球間に時間制限を設ける「ピッチクロック」「極端な守備シフトの禁止」「ベースサイズの拡大」などのルール改定で終わるのが関の山かもしれない。
■侍ジャパンの優勝を機に子供たちの野球への関心が高まっている。日本野球機構もリトルリーグへの支援を始め、東南アジアの子どもたちに野球道具をリメイクして送るなど、コーチの派遣も含め具体化すべきではないか。
それにしてもメディアの“はしゃぎ過ぎ”、こうも「侍ジャパン礼賛」の洪水報道が続いては、少し怖くなる。(2023/3/26)
■WBC参加20カ国の頂点に立った侍ジャパン、おめでとう! この2週間、野球中継に釘付けとなった。とりわけ米国との決勝戦、侍ジャパンが1点リードした9回裏、リリーフで登板した大谷翔平投手の劇的な投球は、今でも目に残る。
■大谷投手は、米国の最強スラッガーでエンゼルスの同僚でもあるマイク・トラウト外野手に、フルカウントから投げたスイーパーが大きく横に曲がり、思わずトラウトはバットを出し三振、ゲームセットとなった。歓喜にあふれる選手たちの映像に、我ながら感極まった。
WBCが抱える課題
■新聞各紙も号外「侍J 世界一奪還」を発行、27日には『WBC2023 メモリアルフォトブック』(初版3万部 世界文化社)が発売される。優勝セールも予定される。その経済効果は600億円に及ぶという。
■WBCによると4プールに分けた1次予選の観客数は前回大会から倍増、大会史上最多の101万人、準々決勝からのトーナメント7試合だけでも観客数は30万人を超える。
だが<WBCは世界的人気イベントになれるのか?>と、いち早く問題提起する東京新聞3面総合欄「核心」(3/23付)の米フロリダ州マイアミ・浅井俊典さんの記事は注目していい。
■その要旨をまとめてみると、「WBCを主催する米国大リーグ機構(MLB)の米国優先の運営には課題も残った。…米国が全試合を自国で戦った半面、準決勝で米国に敗れたキューバは台湾、日本、米国と3会場の移動を強いられた。…
また米国大リーガー選手はケガに備えた保険加入が必要とされ、メジャー通算197勝を誇る米国のカーショー投手らは保険加入が認められず不参加。いかにWBCを米国リーグの利益に結び付けるかに重きが置かれているとの声を紹介」している。
韓国メディアも「WBCで使う公式球は米国ローリングス社製とし、試合の開始時間の不公平や決勝戦の日程変更など、金儲けを優先し米国の意向に沿った運営の問題点を指摘」している。
なぜ野球の人気が落ちるか
■米国大リーグ機構(MLB)が、WBCの運営に躍起となるのは、そもそも野球に対する人気がガタ落ちで、野球好きは米国内でも11%、30歳以下ではわずか7%だ。自国ファンをつなぎ留めるには、WBCの開催が欠かせなかった。
■なぜ人気がないのか。まず野球をやりたくとも、グローブ、バット、プロテクターなど、道具を用意するのに思いもよらぬ金がかかる。戦後のひもじい生活を送った筆者には、子供時代にはグローブすら高くて買えなかった。野球はお大尽の子がやるもの、貧しい子は道具が要らず、ボール1つあればプレーできるサッカーだった。
■今でも野球の道具は高いし、ホームベースの裏側にネットを張った専用グランドが必要だし、ボールだってバカにならないほど使う。聞くところによると、1試合平均10ダース(120球)、多い時は180球も使われるという。
プロ野球では一度土に触れて交換した球は二度と試合では使わず、練習球になるという。1球2,648円(税込み)もする。さらに試合時間も4時間を超える場合がある。これほどの経費と時間を要するスポーツはない。
FIFAのサッカーW杯運営
■これでは野球の人気が衰えるのも無理はない。日本における野球の競技人口は730万人、サッカーの競技人口は750万人と並ぶが、世界で見ればサッカーは2億6千万人、野球は3500万人。サッカーの競技人口・人気は圧倒的だ。
■サッカーの最高峰ワールドカップ(W杯)は、FIFA(国際サッカー連盟)が主宰する。そこには国際連合の加盟国193よりも多い世界各国211のサッカー競技連盟が加わる。世界各地のサッカー選手が、各レベルの予選を勝ち抜き、母国の誇りを胸にW杯の頂点を目指して、しのぎを削る。その魅力は計り知れない。
■昨年のサッカーW杯では、スペインとの予選で三笘薫選手がゴールラインギリギリのボールを拾った「三笘の1ミリ」で逆転勝利。今回のWBCでも源田壮亮内野手が、メキシコ戦で盗塁を防ぐ「源田の1ミリ」が話題となった。だがWBC は米国大リーグ機構(MLB)の1組織が主催するイベント。サッカーW杯に適うわけがない。
サッカー並みの人気へ
■世界レベルのWBCにしていくには、アフリカ、中東、東南アジア諸国に野球コーチや講師を派遣し、チームを作って参加できるようにする努力が欠かせない。米国のMLBが、それを担う覚悟があるかどうか。
実際は「試合が長過ぎる」といった声に対応し、スピーディーな展開を目指す、投球間に時間制限を設ける「ピッチクロック」「極端な守備シフトの禁止」「ベースサイズの拡大」などのルール改定で終わるのが関の山かもしれない。
■侍ジャパンの優勝を機に子供たちの野球への関心が高まっている。日本野球機構もリトルリーグへの支援を始め、東南アジアの子どもたちに野球道具をリメイクして送るなど、コーチの派遣も含め具体化すべきではないか。
それにしてもメディアの“はしゃぎ過ぎ”、こうも「侍ジャパン礼賛」の洪水報道が続いては、少し怖くなる。(2023/3/26)
2023年03月25日
【石橋記者へのヘイト裁判】記事内容で全面勝利 慰謝料認定は「不当」 差別禁止法への努力声明=佐藤隆三(神奈川支部)
ヘイト問題を熱心に報じてきた神奈川新聞の石橋学記者(川崎支社編集委員・2016年JCJ賞受賞)が2019年2月、記事や言動で名誉を毀損されたとして損害賠償を求める裁判を起こされた。2020年2月には追加提訴され、そのふたつの裁判の判決が1月31日午前、横浜地裁川崎支部から出された。判決は原告の主張を一部認めたうえで、「被告は原告に15万円支払え」という不当なものだった。訴えていたのは、川崎市の差別根絶条例に異議を唱えて、2019年4月の川崎市議選に立候補した佐久間吾一氏(落選)。コロナ禍をはさみ、提訴から4年目の判決となった。
裁判の争点は4点でうち3点は神奈川新聞の記事。@2019年2月に、原告の「いわゆるコリア系の方が日本鋼管の土地を占領している」等の発言を「悪意に満ちたデマによる敵視と誹謗中傷」と報じた記事、A2018年12月に、「レイシストを在日集住地区(佐藤注:池上町)に案内し、街を徘徊しながら『コリア系が不法占拠で住み続けている』と誹謗中傷し」と報じた記事、B2019年12月に、「全会一致に至った文教常任委員会の審議が報告されると議場では禁じられているはずの拍手が起き、寝たふりなのか本当に居眠りをしているのか、差別主義者の支援を受け今春の市議選に立候補した佐久間吾一氏の居場所はもはやなかった」との記事。判決はこれらの記事にいずれも違法性はなく名誉棄損は成立しないとして原告の主張を退けた。記事については石橋記者の全面勝利となった。
残りの1点は、市議選後に佐久間氏が街頭宣伝で行った、ヘイトスピーチ解消法で2016年5月の公園使用が不許可になったとの発言に、石橋記者が、当時は解消法施行前で不許可の根拠は公園条令と発言の間違いを指摘し、「勉強不足」「デタラメ」と発言したもの。判決は、その言動が原告の名誉を毀損したとして慰謝料の支払いを命じるものとなった。ちなみに、解消法の公布・施行は公園使用不許可翌月の2016年6月3日。
報告集会で弁護団は「記事がすべて正当とされたことは評価したい」「(不法占拠と誹謗中傷されてきた)池上町の名誉は守られた」とする一方、慰謝料15万円の認定については「社会常識からありえない判決」と厳しく批判し、「判決の解釈は高裁で争いたい」と述べた。石橋記者(=写真中央=)
は「レイシストを厳しく批判する正当性は認められた。私は判決で委縮しない。これからも記事を書いていく」「差別を禁止する法律がないことが裁判所のゆらぎ≠ニなっている。川崎市の条例を広げ、差別禁止法につなげていく努力をしたい」と決意を表明した。裁判と報告集会には多くの支援者がかけつけた。争いの場は東京高裁に移る。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
裁判の争点は4点でうち3点は神奈川新聞の記事。@2019年2月に、原告の「いわゆるコリア系の方が日本鋼管の土地を占領している」等の発言を「悪意に満ちたデマによる敵視と誹謗中傷」と報じた記事、A2018年12月に、「レイシストを在日集住地区(佐藤注:池上町)に案内し、街を徘徊しながら『コリア系が不法占拠で住み続けている』と誹謗中傷し」と報じた記事、B2019年12月に、「全会一致に至った文教常任委員会の審議が報告されると議場では禁じられているはずの拍手が起き、寝たふりなのか本当に居眠りをしているのか、差別主義者の支援を受け今春の市議選に立候補した佐久間吾一氏の居場所はもはやなかった」との記事。判決はこれらの記事にいずれも違法性はなく名誉棄損は成立しないとして原告の主張を退けた。記事については石橋記者の全面勝利となった。
残りの1点は、市議選後に佐久間氏が街頭宣伝で行った、ヘイトスピーチ解消法で2016年5月の公園使用が不許可になったとの発言に、石橋記者が、当時は解消法施行前で不許可の根拠は公園条令と発言の間違いを指摘し、「勉強不足」「デタラメ」と発言したもの。判決は、その言動が原告の名誉を毀損したとして慰謝料の支払いを命じるものとなった。ちなみに、解消法の公布・施行は公園使用不許可翌月の2016年6月3日。
報告集会で弁護団は「記事がすべて正当とされたことは評価したい」「(不法占拠と誹謗中傷されてきた)池上町の名誉は守られた」とする一方、慰謝料15万円の認定については「社会常識からありえない判決」と厳しく批判し、「判決の解釈は高裁で争いたい」と述べた。石橋記者(=写真中央=)
は「レイシストを厳しく批判する正当性は認められた。私は判決で委縮しない。これからも記事を書いていく」「差別を禁止する法律がないことが裁判所のゆらぎ≠ニなっている。川崎市の条例を広げ、差別禁止法につなげていく努力をしたい」と決意を表明した。裁判と報告集会には多くの支援者がかけつけた。争いの場は東京高裁に移る。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2023年03月24日
【映画の鏡】多様な視点から対話『不思議なクニの憲法』"新しい戦前"の今こそ原点に=鈴木賀津彦
寂聴さんにインタビューする松井監督
昨年末の「徹子の部屋」に出演したタモリが、2023年がどんな年かを問われ、「新しい戦前になるんじゃないですかね」と発言して話題になった。岸田内閣が安全保障政策の大転換を進める今だからこそ、改めてこのドキュメンタリー 映画を観て、多様な視点から憲法対話を広げる必要を感じている。
様々な角度からのインタビュー取材を重ね2016年に公開した。松井久子監督は「映画を広めていくうちに『9条の文言と現実の矛盾』という、私自身が避けて通れない問題につきあたっていた」と、2018年に「私たちが抱えている矛盾について、本質的な議論が広がることを願って、9条にまつわる様々な意見を並列的に提示した」とリニューアル版を発表。
この追加取材で韓国のソウル大学・日本研究所の南基生教授のインタビューが盛り込まれた。「平和憲法と日米安保の奇妙な同居が、戦後の日本人の心を不安定にしてきたのではないか?」と話す南教授は、「安倍改憲が、東アジアの平和に積極的に取り組む方向でなく、アメリカの基地国家としての機能を深化させる方向での過程を踏めば、その試みは必ず失敗するだろう」と強調した。なるほど今、米国の基地国家へと突き進んでいるではないか。この2018年版を翌年にDVDで販売した際には、特典映像として立憲的改憲論の2人の主張も加え、さらに議論を深める工夫をしている。
松井監督自身の考え方が「現実との矛盾」に揺れ動く様子も映像から伝わって、憲法の原点を一緒に確認したくなる。対話を促進するために活用したい。DVDは税込み2500円。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
昨年末の「徹子の部屋」に出演したタモリが、2023年がどんな年かを問われ、「新しい戦前になるんじゃないですかね」と発言して話題になった。岸田内閣が安全保障政策の大転換を進める今だからこそ、改めてこのドキュメンタリー 映画を観て、多様な視点から憲法対話を広げる必要を感じている。
様々な角度からのインタビュー取材を重ね2016年に公開した。松井久子監督は「映画を広めていくうちに『9条の文言と現実の矛盾』という、私自身が避けて通れない問題につきあたっていた」と、2018年に「私たちが抱えている矛盾について、本質的な議論が広がることを願って、9条にまつわる様々な意見を並列的に提示した」とリニューアル版を発表。
この追加取材で韓国のソウル大学・日本研究所の南基生教授のインタビューが盛り込まれた。「平和憲法と日米安保の奇妙な同居が、戦後の日本人の心を不安定にしてきたのではないか?」と話す南教授は、「安倍改憲が、東アジアの平和に積極的に取り組む方向でなく、アメリカの基地国家としての機能を深化させる方向での過程を踏めば、その試みは必ず失敗するだろう」と強調した。なるほど今、米国の基地国家へと突き進んでいるではないか。この2018年版を翌年にDVDで販売した際には、特典映像として立憲的改憲論の2人の主張も加え、さらに議論を深める工夫をしている。
松井監督自身の考え方が「現実との矛盾」に揺れ動く様子も映像から伝わって、憲法の原点を一緒に確認したくなる。対話を促進するために活用したい。DVDは税込み2500円。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2023年03月23日
【オピニオン】日韓学生フォーラム 米軍、韓国で勝手放題 危機感受けとめ平和報道を=古川英一
「日米で煽っている『台湾有事』には沖縄を犠牲にするという発想があるのではないか」琉球新報の新垣毅報道本部長の危機感に満ちた講演で、沖縄での「ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラム」が始まった。
このフォーラムは日韓のジャーナリスト志望の学生たちが平和や歴史問題について共に学ぼうと、
6年前に記者などの有志が企画してスタート、JCJの会員も実行委員に加わっている。7回目の今回は1月末から4泊5日の日程で、日韓から30人あまりが参加した。韓国からは学生だけでなく「韓国記者協会」のキム・ドンフン会長も訪れた。
期間中、沖縄の「今」と「過去」の現場として、普天間飛行場のある宜野湾市や辺野古、糸満市での遺骨収集や、沖縄戦で民間人が集団自決した読谷村のチビチリガマなどを見学し、地元で活動を続けている人や沖縄の2紙の記者などから話を聞いた。
キム会長は、2004年に米軍のヘリが墜落した沖縄国際大学で、米軍は事故直後から現場への日本側の立ち入りを一切認めなかったことなどを聞くと、「沖縄のように韓国でも米軍の事故や、元米軍基地の土壌汚染があっても、米軍の責任が問われることはなかった」と強い口調で学生たちに語った。
県民の反対を尻目に埋め立ての進む辺野古では、抗議の座り込みが続いている。そのリーダーともいえる山城博治さんが日韓の学生たちのために駆けつけてくれた。山城さんは敵基地攻撃能力を日本が持つことに対して「政府は米国と一緒に沖縄で戦争をしようとしている。勝てると思うのなら東京からミサイルを撃てばいい」と怒りを込めて語り、「記者の卵のみなさんは、この地域の平和を願う報道をしてほしい」と訴えた。
またチビチリガマを案内してくれた知花昌一さんが戦争遺跡はきれいにするのではなく、そのまま残していくべきとしたうえで「若者は絶望してはいけない。絶望したら戦争になる。闘う人がいたら絶望にならない」と学生たちを励ました。
沖縄の人たちの日本の軍拡政策へのヒリヒリするような危機感を、学生たちはしっかりと受けとめ、これからジャーナリストとしての一歩を踏み出す。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2023年03月22日
2023年03月21日
【おすすめ本】西山 太吉 佐高 信『西山太吉 最後の告白』―沖縄密約スクープ事件の真相 対談の名手が解きほぐす=鈴木耕(編集者)
佐高信は対談の名手である。軽妙な語り口で相手の気持ちを解きほぐし、いつの間にか本質に迫っていく。しかし本書はいつもの佐高節ではない。のっけから正攻法の質問を繰り出す。あの「沖縄密約スクープ」の西山太吉ががっしりと受け止め真剣な言葉が飛び交う中身の濃い対談となった。
西山は1956年、毎日新聞入社、やがて政治記者となり自民党「宏池会」を担当、宏池会の懐の深さに惚れ込む。今の岸田首相が所属する派閥である。派閥の力学と闘争の凄まじさを西山は淡々と語る。池田勇人元首相や、とくに大平正芳元首相としきりに酒席を共にして胸襟を開き、さまざまなスクープをものにしていく過程は、いわゆる旧い政治記者そのものだが、そこに平和への希求という裏付けが仄見えるので、納得させられてしまう。
この辺りはまさに、戦後政治史、それも自民党派閥史だ。しかしスクープ記者としての西山が最後の光を放ったのは、「沖縄密約」問題スクープであった。本書の「第六章・沖縄密約、その構図を多面的に分析する」で政治に翻弄されるジャーナリストの厳しい闘いに触れる。1972年の沖縄返還に伴う裏金400万ドルを日本側が負担するという密約を暴き、佐藤栄作内閣を震撼させる。だがそれは一転、西山が女性事務官と情を通じ#髢ァ文書を持ち出させたというスキャンダルに転じる。政治と司法が組んだ図式にメディアはまんまと乗せられていく。佐高は「国家のウソを暴いた記者は残念ながら西山だけである」と嘆くのだ。
まさに「西山太吉の最後の告白」とのタイトルに相応しい新書である。
西山は1956年、毎日新聞入社、やがて政治記者となり自民党「宏池会」を担当、宏池会の懐の深さに惚れ込む。今の岸田首相が所属する派閥である。派閥の力学と闘争の凄まじさを西山は淡々と語る。池田勇人元首相や、とくに大平正芳元首相としきりに酒席を共にして胸襟を開き、さまざまなスクープをものにしていく過程は、いわゆる旧い政治記者そのものだが、そこに平和への希求という裏付けが仄見えるので、納得させられてしまう。
この辺りはまさに、戦後政治史、それも自民党派閥史だ。しかしスクープ記者としての西山が最後の光を放ったのは、「沖縄密約」問題スクープであった。本書の「第六章・沖縄密約、その構図を多面的に分析する」で政治に翻弄されるジャーナリストの厳しい闘いに触れる。1972年の沖縄返還に伴う裏金400万ドルを日本側が負担するという密約を暴き、佐藤栄作内閣を震撼させる。だがそれは一転、西山が女性事務官と情を通じ#髢ァ文書を持ち出させたというスキャンダルに転じる。政治と司法が組んだ図式にメディアはまんまと乗せられていく。佐高は「国家のウソを暴いた記者は残念ながら西山だけである」と嘆くのだ。
まさに「西山太吉の最後の告白」とのタイトルに相応しい新書である。
2023年03月20日
【リレー時評】カジノ問題と大阪府市政の今後=清水 正文(JCJ代表委員)
「大阪にカジノはいらない」という府民・市民の声がますます大きくなってきた。それには次々と出てくるカジノに関わる疑惑が明らかになってきたという事実があるからである。大阪維新の会が大阪湾の埋め立て地の夢洲に「大阪カジノリゾート(IR)」を誘致することを決めてから5年がたち、当初松井市長は大阪市としては一切お金は出さないと言ってきたが、約790億円もの市民の税金を使わなければならないことが明らかになった。
最近、このカジノ用地を違法・不当な不動産鑑定評価に基づいて、異常に安い賃料でIR業者に賃貸しようとしていることが明らかになってきた。これに対して大阪市民有志が、賃貸契約締結の差し止めを求めて、大阪市監査委員に住民監査請求書を提出した。
監査請求書によると、市の依頼で2019年に鑑定業者4社が発行した評価書のうち、3社が1平方メートル当たり12万円、月額賃料428円で一致していたという。21年に3社が発行した評価書のうち2社が1平方メートル当たり12万円、月額賃料428円と一致。市はこれらの鑑定に基づいて賃料を決めたというが、評価額が完全に一致することなど業界の常識からいってあり得ないもので、依頼者の市が指示・誘導した可能性が指摘されている。
政府に「大阪のカジノの誘致を認めるな」という署名も府下いっせいに取り組まれ、20万を超える署名が寄せられているが、今後も第3次の署名運動に取り組むという。
大阪では維新府政になってから13年になるが、コロナによる死者数は全国最多となり、現在8千人を超えている。背景には、検査の抜本的拡大に後ろ向きであり、人口比で全国最少数の保健所を増設せず、コロナ禍の20年21年度に急性期病棟を含む病床を500床以上削減してきた維新府政の姿勢がある。
教育でも、子どもの不登校やいじめが増えるなか、35人学級の府独自の拡大には背を向け続け、高校入試の調査書に結果を反映させる府独自のチャレンジテスト、小学5・6年生対象のテストで子どもと学校を競争に駆り立てている。
4月には統一地方選挙が行われるが、その前半戦では大阪府知事・大阪市長選がたたかわれる。大阪維新の会は府知事に現職の吉村洋文氏を、市長には府議の横山英幸氏を擁立することを決めているが、これに対して府知事には共産党元参院議員の辰巳孝太郎氏と法学者の谷口真由美氏の2人が無所属で名乗りを挙げ、三つ巴の選挙戦になりそうである。谷口氏を推す団体「アップデートおおさか」は市長選には自民党の北野妙子大阪市議に立候補を要請しているという。辰巳氏は「カジノストップ」「暮らしと福祉、教育、医療を守り発展させる」「維新政治転換を」と訴えているが、谷口氏が「カジノ」「コロナ対策」「暮らしと経済の立て直し」「教育」などでどんな政策・政治姿勢で臨むのかが注視されている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
最近、このカジノ用地を違法・不当な不動産鑑定評価に基づいて、異常に安い賃料でIR業者に賃貸しようとしていることが明らかになってきた。これに対して大阪市民有志が、賃貸契約締結の差し止めを求めて、大阪市監査委員に住民監査請求書を提出した。
監査請求書によると、市の依頼で2019年に鑑定業者4社が発行した評価書のうち、3社が1平方メートル当たり12万円、月額賃料428円で一致していたという。21年に3社が発行した評価書のうち2社が1平方メートル当たり12万円、月額賃料428円と一致。市はこれらの鑑定に基づいて賃料を決めたというが、評価額が完全に一致することなど業界の常識からいってあり得ないもので、依頼者の市が指示・誘導した可能性が指摘されている。
政府に「大阪のカジノの誘致を認めるな」という署名も府下いっせいに取り組まれ、20万を超える署名が寄せられているが、今後も第3次の署名運動に取り組むという。
大阪では維新府政になってから13年になるが、コロナによる死者数は全国最多となり、現在8千人を超えている。背景には、検査の抜本的拡大に後ろ向きであり、人口比で全国最少数の保健所を増設せず、コロナ禍の20年21年度に急性期病棟を含む病床を500床以上削減してきた維新府政の姿勢がある。
教育でも、子どもの不登校やいじめが増えるなか、35人学級の府独自の拡大には背を向け続け、高校入試の調査書に結果を反映させる府独自のチャレンジテスト、小学5・6年生対象のテストで子どもと学校を競争に駆り立てている。
4月には統一地方選挙が行われるが、その前半戦では大阪府知事・大阪市長選がたたかわれる。大阪維新の会は府知事に現職の吉村洋文氏を、市長には府議の横山英幸氏を擁立することを決めているが、これに対して府知事には共産党元参院議員の辰巳孝太郎氏と法学者の谷口真由美氏の2人が無所属で名乗りを挙げ、三つ巴の選挙戦になりそうである。谷口氏を推す団体「アップデートおおさか」は市長選には自民党の北野妙子大阪市議に立候補を要請しているという。辰巳氏は「カジノストップ」「暮らしと福祉、教育、医療を守り発展させる」「維新政治転換を」と訴えているが、谷口氏が「カジノ」「コロナ対策」「暮らしと経済の立て直し」「教育」などでどんな政策・政治姿勢で臨むのかが注視されている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2023年03月19日
【今週の風考計】3.19─奄美の田中一村と加計呂麻の島尾敏雄を訪ねて
田中一村の絵画に憧れ…
◆奄美が育てた芸術家、田中一村と島尾敏雄。二人に抱いている筆者の想いは、年を経ても熾き火のように燃えていた。コロナも沈静化しつつある先週、思い切って奄美大島と加計呂麻島へ行ってきた。画家・田中一村は作家・島尾敏雄より9歳年長だが、共に69歳の生涯を終えるとは不思議な縁だ。
◆奄美空港に降り立ち、奄美パーク内にある「田中一村記念美術館」へ直行する。高倉づくりの3つの展示室を回る。栃木〜東京時代の<神童・米邨>から、千葉時代の<新しい日本画を求める>模索を経て、奄美時代の<南の琳派≠ヨ>と観ていくと、その画風の変化に驚かされる。
◆だが、なんといっても奄美時代の田中一村がいい。50歳を過ぎて独り奄美大島へ移住。大島紬の工場で染色工として働きつつ、奄美に生息する亜熱帯の鳥や植生を描き、日本画の新境地を開いた。
その絵にはソテツやアダンなどが大胆に配され、野鳥アカショウビンが木にとまり、まさに奄美の自然がデフォルメした形で、南国の明るさの内にある翳りを微妙に伝えてくれる。「日本のゴーギャン」といわれるのも頷ける。
1977年9月11日、和光町の畑にある借家で夕飯の準備をしている最中に倒れ、孤独のうちに69歳の生涯を終えた。
「なつかしゃ家」の旨いもの
◆鑑賞を終えて田中一村の画集を求めたが売り切れ。落胆を抑えながら名瀬港近くにある宿泊ホテルに向かう。夕食で気分一新しようと、名瀬の繁華街・屋仁川通りの奥にある奄美料理の店「なつかしゃ家」に入る。
◆平たい竹ざるにピーナッツ豆腐、豚みそ、天然モズクの寒天寄せ、島らっきょうの胡麻和え、伊勢えびのみそソース焼き、塩豚と冬瓜の煮物などが、それぞれ器に盛られ所せましと並んでいる。
酒は黒糖焼酎の「JOUGOじょうご」をロックで飲む。さらにジャガイモの天ぷら、魚のから揚げ、車エビのほやほや(お吸い物)、ハンダマご飯が出てくる。もう腹いっぱいだ。
楠田書店との不思議な出会い
◆翌日は金作原原生林をガイドの案内で歩く。高さ10mにもなるヒカゲヘゴは大きな裏白の葉を広げ、その中心部からはゼンマイのような新芽が伸びている。
そのほかパパイヤ、クワズイモが立ち並ぶ。足もとにはピンクの花を連ねるランの一種アマミエビネが可愛い。亜熱帯植物の宝庫だ。田中一村が絵に描いた理由もよくわかる。
◆午後は海水と淡水が入り交じる沿岸に自生するマングローブの森でカヌーを漕ぎ、不思議なマングローブの呼吸根のメカニズムに驚く。
早めにホテルに帰り、名瀬の町を歩く。道沿いに書店があるのを見つける。入って書棚を見ていくと、奄美関係の本がずらりと並んでいる。奄美の歴史ばかりでなく、なんと田中一村や島尾敏雄の本があるではないか。
◆買えなかった画集の別冊太陽『田中一村』(平凡社)、さらに大矢鞆音『評伝 田中一村』(生活の友社)もある。大枚をはたいて買う。ついでに店主から勧められた、麓 純雄『奄美の歴史入門』(南方新社)も購入。
この書店の名は、楠田書店(名瀬市入舟町6-1)という。店主の哲久さんと話をしていると、なんと島尾敏雄の息子・伸三さんとは懇意で、11月12日の命日に行われる「島尾忌」には会っておられるという。これも奇遇、何か縁があるのに、我ながら驚くばかり。
島尾敏雄に頭を垂れるとき
◆さて島尾敏雄の加計呂麻島へは、国道58号線を南下して、古仁屋港から海上タクシーで15分、生間桟橋に着く。そこから運転手&ガイドの車で案脚場の戦跡跡へ行き、また諸鈍のデイゴ並木を歩いた後、エメラルドグリーンの海が広がるスリ浜を経て、島尾敏雄の原点となる呑之浦の海軍特攻廷「震洋」格納壕跡へとたどり着く。
◆代表作『魚雷艇学生』や『出発は遂に訪れず』に描かれているように、島尾敏雄は九州大学を卒業後、海軍予備学生に志願し第18震洋特攻隊隊長として、180名ほどの部隊を率いて奄美群島加計呂麻島の呑之浦基地に赴任。1945年8月13日に特攻出撃命令を受けたが、待機中に敗戦を迎えた。
◆呑之浦の壕にある「震洋」はレプリカだが、実物は長さ5mのベニヤ板を貼り合わせた船体に250キロの爆薬を積んで、ガソリンエンジンで敵艦に体当たり攻撃をする「自殺ボート」であった。
少し道を戻ると、島尾敏雄の文学碑が建つ公園があり、その奥には「島尾敏雄・ミホ・マヤ この地に眠る」の墓碑が鎮まる。敏雄は1986年11月12日死去。享年69。手を合わせ頭を垂れ祈りをささげる。
奄美に忍び寄る軍拡の音
◆敵艦への「特攻」という、理不尽な試練に立たされた状況と心情を、どうやって汲み取ろうか思案しつつ、瀬相桟橋からまた海上タクシーに乗って、大島海峡を渡り古仁屋港に戻る。
その途中の海上で、これまた奇遇、ドでかい海上自衛隊の練習艦「しまかぜ3521」(4650トン)と出会う。甲板には練習生が立ち並ぶ。急ぎカメラのシャッターを押す。
◆「奄美新聞」の記事によると、護衛艦「あさぎり」(3500トン)と共に奄美駐屯地での研修を目的に古仁屋港に入港したという。その後2隻とも同港沖に停泊するあいだ、練習艦「しまかぜ」の一部が市民に一般公開されたという。
奄美では、中国をにらみ自衛隊駐屯地の増強が進む。奄美駐屯地では警備部隊やミサイル部隊、電子戦に対応する部隊に610人が配置されている。さらに弾薬庫5棟の工事も続き、古仁屋港は補給・輸送の拠点化に向け約6億円をかける調査が始まる。
◆いま防衛省は中国を念頭に、「敵基地攻撃能力の保有」を進めるうえで、南西諸島が「防衛の空白地域」だとし、奄美大島から与那国島をつなぐミサイル防衛網の整備に躍起となっている。この16日には、石垣島に陸上自衛隊の駐屯地を設け、570人の隊員・車両200台を配置、さらに長射程ミサイル部隊も置く。
◆島尾敏雄が提起した平和・文化を育てる「ヤポネシア」構想は、無残にも踏みにじられている。また田中一村が描いた南西諸島の自然や植生は戦争基地の拡張で消失していくばかりだ。(2023/3/19)
◆奄美が育てた芸術家、田中一村と島尾敏雄。二人に抱いている筆者の想いは、年を経ても熾き火のように燃えていた。コロナも沈静化しつつある先週、思い切って奄美大島と加計呂麻島へ行ってきた。画家・田中一村は作家・島尾敏雄より9歳年長だが、共に69歳の生涯を終えるとは不思議な縁だ。
◆奄美空港に降り立ち、奄美パーク内にある「田中一村記念美術館」へ直行する。高倉づくりの3つの展示室を回る。栃木〜東京時代の<神童・米邨>から、千葉時代の<新しい日本画を求める>模索を経て、奄美時代の<南の琳派≠ヨ>と観ていくと、その画風の変化に驚かされる。
◆だが、なんといっても奄美時代の田中一村がいい。50歳を過ぎて独り奄美大島へ移住。大島紬の工場で染色工として働きつつ、奄美に生息する亜熱帯の鳥や植生を描き、日本画の新境地を開いた。
その絵にはソテツやアダンなどが大胆に配され、野鳥アカショウビンが木にとまり、まさに奄美の自然がデフォルメした形で、南国の明るさの内にある翳りを微妙に伝えてくれる。「日本のゴーギャン」といわれるのも頷ける。
1977年9月11日、和光町の畑にある借家で夕飯の準備をしている最中に倒れ、孤独のうちに69歳の生涯を終えた。
「なつかしゃ家」の旨いもの
◆鑑賞を終えて田中一村の画集を求めたが売り切れ。落胆を抑えながら名瀬港近くにある宿泊ホテルに向かう。夕食で気分一新しようと、名瀬の繁華街・屋仁川通りの奥にある奄美料理の店「なつかしゃ家」に入る。
◆平たい竹ざるにピーナッツ豆腐、豚みそ、天然モズクの寒天寄せ、島らっきょうの胡麻和え、伊勢えびのみそソース焼き、塩豚と冬瓜の煮物などが、それぞれ器に盛られ所せましと並んでいる。
酒は黒糖焼酎の「JOUGOじょうご」をロックで飲む。さらにジャガイモの天ぷら、魚のから揚げ、車エビのほやほや(お吸い物)、ハンダマご飯が出てくる。もう腹いっぱいだ。
楠田書店との不思議な出会い
◆翌日は金作原原生林をガイドの案内で歩く。高さ10mにもなるヒカゲヘゴは大きな裏白の葉を広げ、その中心部からはゼンマイのような新芽が伸びている。
そのほかパパイヤ、クワズイモが立ち並ぶ。足もとにはピンクの花を連ねるランの一種アマミエビネが可愛い。亜熱帯植物の宝庫だ。田中一村が絵に描いた理由もよくわかる。
◆午後は海水と淡水が入り交じる沿岸に自生するマングローブの森でカヌーを漕ぎ、不思議なマングローブの呼吸根のメカニズムに驚く。
早めにホテルに帰り、名瀬の町を歩く。道沿いに書店があるのを見つける。入って書棚を見ていくと、奄美関係の本がずらりと並んでいる。奄美の歴史ばかりでなく、なんと田中一村や島尾敏雄の本があるではないか。
◆買えなかった画集の別冊太陽『田中一村』(平凡社)、さらに大矢鞆音『評伝 田中一村』(生活の友社)もある。大枚をはたいて買う。ついでに店主から勧められた、麓 純雄『奄美の歴史入門』(南方新社)も購入。
この書店の名は、楠田書店(名瀬市入舟町6-1)という。店主の哲久さんと話をしていると、なんと島尾敏雄の息子・伸三さんとは懇意で、11月12日の命日に行われる「島尾忌」には会っておられるという。これも奇遇、何か縁があるのに、我ながら驚くばかり。
島尾敏雄に頭を垂れるとき
◆さて島尾敏雄の加計呂麻島へは、国道58号線を南下して、古仁屋港から海上タクシーで15分、生間桟橋に着く。そこから運転手&ガイドの車で案脚場の戦跡跡へ行き、また諸鈍のデイゴ並木を歩いた後、エメラルドグリーンの海が広がるスリ浜を経て、島尾敏雄の原点となる呑之浦の海軍特攻廷「震洋」格納壕跡へとたどり着く。
◆代表作『魚雷艇学生』や『出発は遂に訪れず』に描かれているように、島尾敏雄は九州大学を卒業後、海軍予備学生に志願し第18震洋特攻隊隊長として、180名ほどの部隊を率いて奄美群島加計呂麻島の呑之浦基地に赴任。1945年8月13日に特攻出撃命令を受けたが、待機中に敗戦を迎えた。
◆呑之浦の壕にある「震洋」はレプリカだが、実物は長さ5mのベニヤ板を貼り合わせた船体に250キロの爆薬を積んで、ガソリンエンジンで敵艦に体当たり攻撃をする「自殺ボート」であった。
少し道を戻ると、島尾敏雄の文学碑が建つ公園があり、その奥には「島尾敏雄・ミホ・マヤ この地に眠る」の墓碑が鎮まる。敏雄は1986年11月12日死去。享年69。手を合わせ頭を垂れ祈りをささげる。
奄美に忍び寄る軍拡の音
◆敵艦への「特攻」という、理不尽な試練に立たされた状況と心情を、どうやって汲み取ろうか思案しつつ、瀬相桟橋からまた海上タクシーに乗って、大島海峡を渡り古仁屋港に戻る。
その途中の海上で、これまた奇遇、ドでかい海上自衛隊の練習艦「しまかぜ3521」(4650トン)と出会う。甲板には練習生が立ち並ぶ。急ぎカメラのシャッターを押す。
◆「奄美新聞」の記事によると、護衛艦「あさぎり」(3500トン)と共に奄美駐屯地での研修を目的に古仁屋港に入港したという。その後2隻とも同港沖に停泊するあいだ、練習艦「しまかぜ」の一部が市民に一般公開されたという。
奄美では、中国をにらみ自衛隊駐屯地の増強が進む。奄美駐屯地では警備部隊やミサイル部隊、電子戦に対応する部隊に610人が配置されている。さらに弾薬庫5棟の工事も続き、古仁屋港は補給・輸送の拠点化に向け約6億円をかける調査が始まる。
◆いま防衛省は中国を念頭に、「敵基地攻撃能力の保有」を進めるうえで、南西諸島が「防衛の空白地域」だとし、奄美大島から与那国島をつなぐミサイル防衛網の整備に躍起となっている。この16日には、石垣島に陸上自衛隊の駐屯地を設け、570人の隊員・車両200台を配置、さらに長射程ミサイル部隊も置く。
◆島尾敏雄が提起した平和・文化を育てる「ヤポネシア」構想は、無残にも踏みにじられている。また田中一村が描いた南西諸島の自然や植生は戦争基地の拡張で消失していくばかりだ。(2023/3/19)
2023年03月18日
【寄稿】元防衛官僚・柳澤協二さん 安保3文書の危うい論理 日本がとるべき外交の道は
昨年末に「国家安全保障戦略」など3つの文書(以下、「3文書」という。)が閣議決定された。その核心は、「反撃能力」と防衛費の倍増である。敵基地は、相手国本土にある。それを攻撃すれば、安全になるどころか、相手国の再反撃を招き、ミサイルの撃ち合いという本格的戦争に拡大する。なぜ、こうした発想が生まれてくるのか。
「戦争不安」への
処方箋は2通り
今、「戦争があるかも知れない」という不安の時代である。戦争不安への処方箋は二通りある。一つは、戦争に備えることであり、もう一つは、戦争の要因となる対立を管理して、戦争を回避することである。戦争には動機がある。それは、軍備ではなく、対話によって管理されなければならない。
今の日本では、戦争の不安に駆られて戦争に備える「軍拡と攻撃」が論じられ、そのリスクやコストが論じられていない。攻撃には反撃というリスクがある。軍拡には、国力を疲弊させるコストがかかる。「政策の大転換」という強力な処方をとるなら、そのリスクとコストの説明が必要だ。また、アメリカ一辺倒という「生活習慣」を改善したほうがいいというセカンド・オピニオンもあるはずだ。どちらが日本に適した処方であるのか、それを国民が選択できるようにしなければならない。リスクとコストは、国民が背負うことになるのだから。
「国際秩序守る」
日本政府の幻想
3文書が守るべき目標とするものは、「自由で開かれた安定的な国際秩序」である。それが、日本の平和と繁栄を支えてきた。今、中国の台頭によって「挑戦」を受けている。そこで、この挑戦を退け国際秩序を守る必要がある、ということだ。その背景には、「米国が主導する自由で開かれた世界」という「普遍的な価値観」の実現こそ正義であるとのイデオロギーがある。価値観主導型の安全保障目標では、「そのために戦いも辞さない」ことになっても、「戦争だけは回避する」という発想は生まれない。
そもそも日本は、それほど立派な国であるのか。経済大国といっても、GDPの比率は5%を下回る。一人当たりの富や先進技術は、トップ10にも入っていない。正確に言えば日本は、「大国から滑り落ちた国」である。それは、中国がもたらした結果ではなく、経済構造を変革できなかった日本自身の問題である。
「外交が第一」と言うが、「有志国を増やす」外交は、「中国は悪い奴だ」と世界に触れ回る外交に他ならないので、敵を作る外交でもある。3文書が願望を込めて述べるような「世界から尊敬される国」の発信となることはない。
対中国ミサイル
戦争準備の願望
3文書は、中国において進化を遂げているミサイル・宇宙・サイバーといった戦い方に対応できないという危機感に彩られている。ウクライナ戦争の教訓として、ロシアに対抗する力を持っていなかったことを挙げ、中国も同じことをする可能性があるとして、日本も、自ら守るに足りる力が必要であると言う。その焦点となるのが、ミサイルの撃ち合いにつながる「反撃能力」である。
そして、「国の総力を結集する」ために、民間との技術・施設利用面での全面的協力が盛り込まれ、また、相手のサーバーへの侵入・破壊を前提とする「積極的サイバー防衛」や、SNSを監視する体制づくりなど、これまで経験したことがない手段が模索されている。
一方、これで抑止が万全になるかといえば、そうではなく、「我が国に脅威が及んだ場合」には、これを排除し(つまり、戦争して)国益に有利な形で終結させる」といった表現で、抑止が破綻してミサイルが飛んでくる事態も想定されている。
抑止の本質は、戦い抜いて勝利する(敵の目的達成を阻止する)ことに他ならない。問題は、国民にその覚悟があるか、ということだ。戦争は相互作用である。「戦争に備える」ために必要なことは、「敵をやっつける」よりも「被害に耐える」ことであるのに、国民への説明も訴えもない。
そのうえで、3文書は、「反撃能力」を5年間で構築するため、防衛費の大幅増額が必要であると結論付ける。だが、中国は、湾岸戦争や96年の台湾海峡危機の教訓を踏まえて四半世紀にわたる変革をしてきた。これに5年で追いつこうとするのは無理だ。また、持続的な防衛のために必要であると3文書がうたう「財政の余力」もない。
こうして、3文書は、実現可能な手段を欠いた「願望の羅列」に終わっている。これでは、国の安全は保障されない。戦争に備えるという過大な願望をやめ、戦争を回避する現実的な対話と外交が必要とされるゆえんである。
戦争を防ぐため
考えるべきこと
そもそも、戦争の不安がどこから来るのか。それは、米中という大国間対立が戦争の要因に浮上しているためである。戦後世界は、対立する大国間の相互抑止による安定の時代(冷戦)から、「一強」となった米国が対テロ戦争に乗り出しても混乱が拡大する世界を経て、今日、台頭する中国との間で安定的関係が築けない覇権競争の時代を迎えている。
そこでは、「米国とともにあれば安全」という戦後の成功体験は通用しない。守るべきは「米国主導の価値」ではなく、「戦争してはいけない」という「普遍的政治道徳」ではないのか。展望すべき未来は、米国一強による平和でも、新たな二極による冷戦的安定でもなく、価値観の対立を乗り越えた多極化世界のガバナンスではないのか。
同時に、未来像の追求だけではなく、日本は、目先の戦争を防がなければならない。
最も心配される台湾有事について一言だけ触れておく。台湾有事とは中台の戦争である。米国が参戦すれば米中の戦争となる。米国は日本を拠点に戦う。そこで日本が米国に協力すれば日中の戦争、すなわち日本有事となる。その時日本が問われるのは、米国とともに参戦してミサイルの撃ち合いを覚悟するか、米国への協力を拒否して日米同盟の破綻を覚悟するかという選択である。その選択は、誰もしたくないはずだ。それゆえ、日本は、台湾有事を回避することを最優先課題にした外交の知恵を見出さなければならないのである。
台湾問題の核心は、「台湾の独立」である。そこに中国の武力行使の動機がある。台湾の独立を否定する合意があれば、武力行使の動機はなくなる。「抑止deterrence」の不確実性を補う「安心供与reassurance」という手法であり、価値観よりも戦争しない利益に訴える外交である。こうした手法を含め、日本には、とるべき外交の道がまだ残されている。
□
柳澤協二さん(やなぎさわ・きょうじ)NPO法人国際地政学研究所理事長、新外交イニシアティブ理事、防衛庁OB:現役時代は防衛庁官房長、防衛研究所所長などを歴任。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2023年03月17日
【JCJオンライン講演会】22年度JCJ賞受賞記念 ネアンデルタール人は核の夢を見るか 〜核のゴミ≠ニ科学と民主主義 講師:HBC・北海道放送 報道部デスク 山ア裕侍さん 26日(日)午後1時から3時
原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物、いわゆる核のごみ。北海道寿都町と神恵内村では、全国初の核のごみに関する文献調査が行われている。人口2700人余の寿都町では、調査を巡って、町民は賛成・反対で二分された。取材班は、この町の動きを2年以上にわたって継続取材、そこから浮かび上がってきたのは「核のごみ」という日本全体の問題を小さな町に押し付けるこの国の構造だった。
北海道放送は2020年度にも「ヤジと民主主義」でJCJ 賞を受賞、山アさんは、この時も番組の制作に携わっている。北海道で起きている問題から日本の民主主義の在り方を問い続けている山崎さんに、番組作りの狙いや、タイムリーな問題になっている放送法の公平性についての政治介入の問題についても語っていただく。
■参加費:500円
当オンライン講演会に参加希望の方はPeatix(https://jcjonline0326.peatix.com/)で参加費をお支払いください。
(JCJ会員は参加費無料。jcj_online@jcj.gr.jp に別途メールで申し込んでください)
主催:日本ジャーナリスト会議(JCJ)03-6272-9781(月水金の13時から18時まで)https://jcj.gr.jp/
2023年03月16日
【焦点】「上昇が目的、何するかがない」小池都知事評―『安倍晋三 回顧録』でダメ出し=橋詰雅博
住民の反対を完全無視して東京・神宮外苑再開発事業を認可した小池百合子都知事。この仕打ちに約60人の住民は東京地裁に認可取り消しを求める行政訴訟を起こし対抗した。小池知事という政治家を知るうえで参考になるのは近刊『安倍晋三 回顧録』だ。安倍元首相は小池知事をこんな風に見ていた。
<彼女を支えている原動力は、上昇志向だと思う。誰だって上昇志向を持つことは大切だが、上昇して何をするのかが、彼女の場合、見えてこない。上昇すること自体が目的になってしまっている。上昇する過程では、小池さんは関係者を徹底的に追い落としてきましたね>(同書264ページ)
安倍元首相を政治家として評価しないがと前置きし、ただ小池評は正鵠を射ているというのは、元都庁幹部職員の澤章氏だ。自身のYouTube『都庁WatchTV』でこう語っている。
「小池さんというのは、中身は何もありません。政治の世界において、着ぐるみをどうやって価値を挙げていくか、もうそれだけが目的、もうそれしかない。政治家であれば、自己中だったり、わがままだったり、上昇志向があって、それは当然ですけど、小池さんの場合、それが度を越しているというか、ちょっと異様な人です」
外苑再開発事業の樹木伐採問題でも、当初は約1000本と説明していたが、ふたを開けてみると新宿区エリアだけでも3000本もの木が切り落とされることが事業者の計画で判明した。小池知事は当然事前に知っていたはずなのに触れずじまい。説明は一切ない。法令に則り手続きが問題なければ、認可する、あとは事業者任せという極めて不誠実な対応だ。おそらく、外苑再開発事業全体では3000本をはるかに超える木が切れるであろう。
反対の声は少数と切り捨て冷酷な判断で事業を促進させる小池知事の野望は、政界での頂≠ゥ。しかし単なる「異様な人」で終わるかも。来年夏の都知事選挙に注目だ。
<彼女を支えている原動力は、上昇志向だと思う。誰だって上昇志向を持つことは大切だが、上昇して何をするのかが、彼女の場合、見えてこない。上昇すること自体が目的になってしまっている。上昇する過程では、小池さんは関係者を徹底的に追い落としてきましたね>(同書264ページ)
安倍元首相を政治家として評価しないがと前置きし、ただ小池評は正鵠を射ているというのは、元都庁幹部職員の澤章氏だ。自身のYouTube『都庁WatchTV』でこう語っている。
「小池さんというのは、中身は何もありません。政治の世界において、着ぐるみをどうやって価値を挙げていくか、もうそれだけが目的、もうそれしかない。政治家であれば、自己中だったり、わがままだったり、上昇志向があって、それは当然ですけど、小池さんの場合、それが度を越しているというか、ちょっと異様な人です」
外苑再開発事業の樹木伐採問題でも、当初は約1000本と説明していたが、ふたを開けてみると新宿区エリアだけでも3000本もの木が切り落とされることが事業者の計画で判明した。小池知事は当然事前に知っていたはずなのに触れずじまい。説明は一切ない。法令に則り手続きが問題なければ、認可する、あとは事業者任せという極めて不誠実な対応だ。おそらく、外苑再開発事業全体では3000本をはるかに超える木が切れるであろう。
反対の声は少数と切り捨て冷酷な判断で事業を促進させる小池知事の野望は、政界での頂≠ゥ。しかし単なる「異様な人」で終わるかも。来年夏の都知事選挙に注目だ。
2023年03月15日
2023年03月14日
【おすすめ本】北海道放送報道部 道警ヤジ排除問題取材班『ヤジと民主主義』―事件の全容、マスメディアの自覚問う=高田正基(北海道支部)
あのとき現場で何が起きていたのか、北海道警察の対応にどんな問題があったのか、裁判所は道警の何を裁いたのか―。「言論の自由」「表現の自由」が脅かされた事件は、だれもが手にできる記録として残さなければならないものだった。その全容が一冊の本にまとめられた意義はそこにある。
2019年7月15日、札幌で参院選の街頭演説をしていた安倍晋三首相に「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジを飛ばしたりプラカードを掲げたりした市民が、警察に強制的に排除された。
この事件を最初に大きく報じ、問題を指摘したのは朝日新聞だった。現場には多くの記者たちがいたが反応しなかった。「首相の警護ならこれくらい当然」と受け止める記者もいた。
記者をしていれば、抜かれることはある。大切なのは抜かれた後だ。北海道放送(HBC)の記者たちはその大切なことを貫いた。現場の映像を集め、関係者の声を聞き、言論弾圧の歴史をひもとき、道外で起きた同種の事件も取材した(本書のベースとなったドキュメンタリ―番組はJCJ賞を受賞している)。
本書は価値ある事件記録であると同時に、優れたジャーナリズム論の書でもある。ヤジ排除はメディアの目の前で行われた。HBCの取材を受けた元道警幹部の原田宏二さん(21年死去)が「あなたたち(警察に)無視されたんですよ」と語った言葉を忘れてはいけない。
一連の取材の責任者であるHBC報道部の山ア裕侍氏はこう書く。「一人ひとりの記者は民主主義の最前線にいる」。その自覚があるメディアを信じたいと思う。
一審で完全敗訴した道警側は控訴した。事件はまだ終わっていないのだ。
(ころから1800円)
2019年7月15日、札幌で参院選の街頭演説をしていた安倍晋三首相に「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジを飛ばしたりプラカードを掲げたりした市民が、警察に強制的に排除された。
この事件を最初に大きく報じ、問題を指摘したのは朝日新聞だった。現場には多くの記者たちがいたが反応しなかった。「首相の警護ならこれくらい当然」と受け止める記者もいた。
記者をしていれば、抜かれることはある。大切なのは抜かれた後だ。北海道放送(HBC)の記者たちはその大切なことを貫いた。現場の映像を集め、関係者の声を聞き、言論弾圧の歴史をひもとき、道外で起きた同種の事件も取材した(本書のベースとなったドキュメンタリ―番組はJCJ賞を受賞している)。
本書は価値ある事件記録であると同時に、優れたジャーナリズム論の書でもある。ヤジ排除はメディアの目の前で行われた。HBCの取材を受けた元道警幹部の原田宏二さん(21年死去)が「あなたたち(警察に)無視されたんですよ」と語った言葉を忘れてはいけない。
一連の取材の責任者であるHBC報道部の山ア裕侍氏はこう書く。「一人ひとりの記者は民主主義の最前線にいる」。その自覚があるメディアを信じたいと思う。
一審で完全敗訴した道警側は控訴した。事件はまだ終わっていないのだ。
(ころから1800円)
2023年03月13日
【月刊マスコミ評・出版】「安保三文書」は対中国の「戦争国家」づくり=荒屋敷 宏
岸田文雄首相は昨年12月16日、「専守防衛」から「敵基地攻撃」の自衛隊への大転換を閣議決定したのに続けて、2023年1月13日に訪米し、バイデン米大統領との「共同声明」で、対米公約にしてしまった。臨時国会の閉会を狙った暴挙だった。
軍事ジャーナリストの前田哲男氏は、『世界』3月号(岩波書店)で、「岸田政権は〈臨戦化安保〉の実体化に踏み切った」と分析し、日米安保条約を「対中国軍事同盟」へと一変させ、「とりわけ中国に向ける敵意がつよい」と警鐘を鳴らしている。
「安保三文書」とは、@「国家安全保障戦略について」A「国家防衛戦略について」(旧防衛計画の大綱)B「防衛力整備計画について」(旧中期防衛力整備計画)を指す。わざわざ米国の戦略文書と同じ名称にしたのである。
文書@が「反撃能力」を定義し、軍事費GDP2%を明記、文書Aが「防衛目標」の設定と方法、手段を明記、文書Bが10年後の体制を念頭に5年間の経費総額、装備品の数量などを記載している。2023〜2027年度の5年間で軍事費総額43兆円という途方もない税金を投入して大軍拡をめざすというものだ。憲法の平和理念や第9条に違反し、国民への「丁寧な説明」が完全に欠落している。
一方、『正論』3月号(産経新聞社)は安保戦略総点検の特集を組み、慶應義塾大学教授の森聡氏が「リスク高まる世界に向き合う日本 『国家安保戦略読解』(前半)」を論じている。「第二次安倍政権期」の「安全保障政策を刷新する取り組みが、踏襲され進化する形で新戦略が策定されたことが示唆されている」という。森氏は、「国家安全保障戦略」が中国を「脅威」と性格付けていないというが、中国を「我が国と国際社会の深刻な懸念事項」「これまでにない最大の戦略的挑戦」としているのが「国家安全保障戦略」なのである。
『VOICE(ボイス)』3月号(PHP)も「国防の責任」という特集を組み、大軍拡をあおる。兼原信克元国家安全保障局次長によると、秋葉剛男国家安全保障局長が官僚とともに書き下ろし、岸田首相の裁可を得たのが「安保三文書」であるという。この経過から推測できるのは、2014年の特定秘密保護法の施行とともに発足した国家安全保障局の役割である。同局が米国と秘密裡に進めてきた戦争計画の一端が「安保三文書」といえるだろう。アメリカの戦争に巻き込まれる秘密の計画が隠されている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
軍事ジャーナリストの前田哲男氏は、『世界』3月号(岩波書店)で、「岸田政権は〈臨戦化安保〉の実体化に踏み切った」と分析し、日米安保条約を「対中国軍事同盟」へと一変させ、「とりわけ中国に向ける敵意がつよい」と警鐘を鳴らしている。
「安保三文書」とは、@「国家安全保障戦略について」A「国家防衛戦略について」(旧防衛計画の大綱)B「防衛力整備計画について」(旧中期防衛力整備計画)を指す。わざわざ米国の戦略文書と同じ名称にしたのである。
文書@が「反撃能力」を定義し、軍事費GDP2%を明記、文書Aが「防衛目標」の設定と方法、手段を明記、文書Bが10年後の体制を念頭に5年間の経費総額、装備品の数量などを記載している。2023〜2027年度の5年間で軍事費総額43兆円という途方もない税金を投入して大軍拡をめざすというものだ。憲法の平和理念や第9条に違反し、国民への「丁寧な説明」が完全に欠落している。
一方、『正論』3月号(産経新聞社)は安保戦略総点検の特集を組み、慶應義塾大学教授の森聡氏が「リスク高まる世界に向き合う日本 『国家安保戦略読解』(前半)」を論じている。「第二次安倍政権期」の「安全保障政策を刷新する取り組みが、踏襲され進化する形で新戦略が策定されたことが示唆されている」という。森氏は、「国家安全保障戦略」が中国を「脅威」と性格付けていないというが、中国を「我が国と国際社会の深刻な懸念事項」「これまでにない最大の戦略的挑戦」としているのが「国家安全保障戦略」なのである。
『VOICE(ボイス)』3月号(PHP)も「国防の責任」という特集を組み、大軍拡をあおる。兼原信克元国家安全保障局次長によると、秋葉剛男国家安全保障局長が官僚とともに書き下ろし、岸田首相の裁可を得たのが「安保三文書」であるという。この経過から推測できるのは、2014年の特定秘密保護法の施行とともに発足した国家安全保障局の役割である。同局が米国と秘密裡に進めてきた戦争計画の一端が「安保三文書」といえるだろう。アメリカの戦争に巻き込まれる秘密の計画が隠されている。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年2月25日号
2023年03月12日
【今週の風考計】3.12─「袴田事件」の再審判決に注目! 完全無罪を勝ち取ろう
袴田厳さんに真の自由を
■この10日、87歳の誕生日を迎えた袴田巌さん、その胸中は如何ばかりだろうか。明日13日、「再審決定」か否か、東京高裁の判決が下る。おそらく今晩は、不安と期待がないまぜになって、眠れないのではないか。
浜松生まれの巌さんは6人きょうだいの末っ子。甘えん坊だったが中学卒業後、23歳でプロボクサーに。フェザー級6位までランクされ海外遠征もした。引退後、静岡県清水市の味噌会社に住み込みで働くようになった。
■1966年6月30日、その務め先で、一家4人が殺害される事件が起きた。袴田さんは肩や手の傷とパジャマにある血痕を理由に、事件から49日目、30歳で逮捕。過酷な取り調べもあり「自白」へと追い込まれた。
一審・二審と裁判は続いたが、1980年、最高裁の判決で死刑が確定。48年にわたる獄中生活を強いられてきた。その間、3歳上の姉の秀子さんを始め、弁護士や支援する会は、無罪を証拠づける実験や新資料を広範に集め裁判所に提出し、袴田さんの無実と再審開始を訴え続けてきた。
「再審」開始を求めて
■2014年3月、再審請求33年目にして、静岡地裁は再審開始の決定を下した。あわせて死刑と拘置も執行停止とされ、袴田さんは47年7カ月ぶりに浜松の自宅に帰ってきた。
だが4年後、東京高裁は静岡地裁の再審を取り消す判決を下す。その後も最高裁で審理が続けられ、東京高裁の再審取り消しを却下、東京高裁に審理差し戻しを命ず。そして事件から57年目、遂に明日13日、東京高裁が再審を巡る判決を下す。
■「再審決定」の判決を確信しているが、それを不服として、さらに東京高検が「特別抗告」するとしたら、その暴挙は許されない。いまだに袴田さんは死刑囚のまま。選挙権もなければ生活保護も受けられない。もうこれ以上、引き延ばしは止めるべきだ。
「日野町事件」─特別抗告する検察
■というのも、この6日、大阪高検は「日野町事件」の再審決定を不服とし「特別抗告」をしたばかりである。それだけに要注意だ。
「日野町事件」とは、今から39年前の1984年、滋賀県日野町で酒屋の女性が殺害され金庫が盗まれた強盗殺人事件である。容疑者として逮捕された阪原弘さんは、大津地裁、大阪高裁の両判決で無期懲役が言い渡され、2000年の最高裁で刑が確定した。
■その後、阪原さんは「警察官に暴行され自白を強要された事実」を告白し、再審請求裁判を起こすが、2011年75歳で獄内病死。翌年、遺族が第2次再審請求を申し立てた。
その裁判の審理過程で、大阪高裁は新たに開示された証拠を吟味。遺体発見現場の写真などは、自白の根幹部分の信用性を揺るがす内容だと判断。「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たる」と指摘し、2月27日、再審を認める決定を出した。
■ところが大阪高検が「特別抗告」をしたため、最高裁は、受刑者本人が死亡している重大事件を、審理しなければならなくなった。最高裁が大阪高検の「特別抗告」を却下し「再審支持」となっても、大津地裁に差し戻し、またまた裁判がやり直されることには変わりはない。こうも長期化させていいのか。
検察側に不服があるのなら、再審公判で主張すればよい。なのに「抗告」の手法を使って審理の引き延ばしを図ることは許されない。禁止すべきだ。
再審無罪を勝ち取った免田事件
■忘れてならない冤罪事件は数多い。その一つに「免田事件」がある。敗戦後の1948年12月29日深夜、熊本県人吉市の祈祷師宅で4人が殺傷された事件。
強盗殺人などの罪に問われた免田栄さんは、1952年1月に死刑が確定したが、その後、再審裁判が開かれ、1983年7月28日、死刑囚では初めての再審無罪を勝ち取った。
■詳細な記録が刊行されている。高峰武『生き直す─免田栄という軌跡』(弦書房)である。本書は獄中34年を生き抜き、無罪釈放後37年という稀有な時間を生き直した、免田栄の95年の生涯をたどった評伝である。ぜひ読んでほしい。
なぜ冤罪事件が起きるか
■被疑者が、いくら事件に関係していないと言っても、警察は脅迫じみた尋問を重ね、かつ逃亡や証拠隠滅の恐れがあるとして、長期にわたる勾留へと追い込む。
この身体的拘束という心理的不安をあおり、被疑者に「自白」を強要する「人質司法」が、冤罪を生む一つの原因だ。被疑者が不本意でも「自白」に追い込まれれば、捜査機関は「自白」に添った証拠集めに奔走し、客観的な証拠集めが疎かになる。
■裁判官は「疑わしきは被告人の利益に」という立場で、証拠を吟味し審議すべきなのに、被告人の「自白」があると、犯人ではとの判断が生まれやすく、かつ検察の言い分を過信しやすくなる。「自白偏重」の弊害は明らかだ。
それを防ぐためにも「取り調べの可視化」および「証拠の全面開示」を加速し、裁判での審理を迅速・改善していくことが不可欠だ。(2023/3/12)
■この10日、87歳の誕生日を迎えた袴田巌さん、その胸中は如何ばかりだろうか。明日13日、「再審決定」か否か、東京高裁の判決が下る。おそらく今晩は、不安と期待がないまぜになって、眠れないのではないか。
浜松生まれの巌さんは6人きょうだいの末っ子。甘えん坊だったが中学卒業後、23歳でプロボクサーに。フェザー級6位までランクされ海外遠征もした。引退後、静岡県清水市の味噌会社に住み込みで働くようになった。
■1966年6月30日、その務め先で、一家4人が殺害される事件が起きた。袴田さんは肩や手の傷とパジャマにある血痕を理由に、事件から49日目、30歳で逮捕。過酷な取り調べもあり「自白」へと追い込まれた。
一審・二審と裁判は続いたが、1980年、最高裁の判決で死刑が確定。48年にわたる獄中生活を強いられてきた。その間、3歳上の姉の秀子さんを始め、弁護士や支援する会は、無罪を証拠づける実験や新資料を広範に集め裁判所に提出し、袴田さんの無実と再審開始を訴え続けてきた。
「再審」開始を求めて
■2014年3月、再審請求33年目にして、静岡地裁は再審開始の決定を下した。あわせて死刑と拘置も執行停止とされ、袴田さんは47年7カ月ぶりに浜松の自宅に帰ってきた。
だが4年後、東京高裁は静岡地裁の再審を取り消す判決を下す。その後も最高裁で審理が続けられ、東京高裁の再審取り消しを却下、東京高裁に審理差し戻しを命ず。そして事件から57年目、遂に明日13日、東京高裁が再審を巡る判決を下す。
■「再審決定」の判決を確信しているが、それを不服として、さらに東京高検が「特別抗告」するとしたら、その暴挙は許されない。いまだに袴田さんは死刑囚のまま。選挙権もなければ生活保護も受けられない。もうこれ以上、引き延ばしは止めるべきだ。
「日野町事件」─特別抗告する検察
■というのも、この6日、大阪高検は「日野町事件」の再審決定を不服とし「特別抗告」をしたばかりである。それだけに要注意だ。
「日野町事件」とは、今から39年前の1984年、滋賀県日野町で酒屋の女性が殺害され金庫が盗まれた強盗殺人事件である。容疑者として逮捕された阪原弘さんは、大津地裁、大阪高裁の両判決で無期懲役が言い渡され、2000年の最高裁で刑が確定した。
■その後、阪原さんは「警察官に暴行され自白を強要された事実」を告白し、再審請求裁判を起こすが、2011年75歳で獄内病死。翌年、遺族が第2次再審請求を申し立てた。
その裁判の審理過程で、大阪高裁は新たに開示された証拠を吟味。遺体発見現場の写真などは、自白の根幹部分の信用性を揺るがす内容だと判断。「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たる」と指摘し、2月27日、再審を認める決定を出した。
■ところが大阪高検が「特別抗告」をしたため、最高裁は、受刑者本人が死亡している重大事件を、審理しなければならなくなった。最高裁が大阪高検の「特別抗告」を却下し「再審支持」となっても、大津地裁に差し戻し、またまた裁判がやり直されることには変わりはない。こうも長期化させていいのか。
検察側に不服があるのなら、再審公判で主張すればよい。なのに「抗告」の手法を使って審理の引き延ばしを図ることは許されない。禁止すべきだ。
再審無罪を勝ち取った免田事件
■忘れてならない冤罪事件は数多い。その一つに「免田事件」がある。敗戦後の1948年12月29日深夜、熊本県人吉市の祈祷師宅で4人が殺傷された事件。
強盗殺人などの罪に問われた免田栄さんは、1952年1月に死刑が確定したが、その後、再審裁判が開かれ、1983年7月28日、死刑囚では初めての再審無罪を勝ち取った。
■詳細な記録が刊行されている。高峰武『生き直す─免田栄という軌跡』(弦書房)である。本書は獄中34年を生き抜き、無罪釈放後37年という稀有な時間を生き直した、免田栄の95年の生涯をたどった評伝である。ぜひ読んでほしい。
なぜ冤罪事件が起きるか
■被疑者が、いくら事件に関係していないと言っても、警察は脅迫じみた尋問を重ね、かつ逃亡や証拠隠滅の恐れがあるとして、長期にわたる勾留へと追い込む。
この身体的拘束という心理的不安をあおり、被疑者に「自白」を強要する「人質司法」が、冤罪を生む一つの原因だ。被疑者が不本意でも「自白」に追い込まれれば、捜査機関は「自白」に添った証拠集めに奔走し、客観的な証拠集めが疎かになる。
■裁判官は「疑わしきは被告人の利益に」という立場で、証拠を吟味し審議すべきなのに、被告人の「自白」があると、犯人ではとの判断が生まれやすく、かつ検察の言い分を過信しやすくなる。「自白偏重」の弊害は明らかだ。
それを防ぐためにも「取り調べの可視化」および「証拠の全面開示」を加速し、裁判での審理を迅速・改善していくことが不可欠だ。(2023/3/12)