あのとき現場で何が起きていたのか、北海道警察の対応にどんな問題があったのか、裁判所は道警の何を裁いたのか―。「言論の自由」「表現の自由」が脅かされた事件は、だれもが手にできる記録として残さなければならないものだった。その全容が一冊の本にまとめられた意義はそこにある。
2019年7月15日、札幌で参院選の街頭演説をしていた安倍晋三首相に「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジを飛ばしたりプラカードを掲げたりした市民が、警察に強制的に排除された。
この事件を最初に大きく報じ、問題を指摘したのは朝日新聞だった。現場には多くの記者たちがいたが反応しなかった。「首相の警護ならこれくらい当然」と受け止める記者もいた。
記者をしていれば、抜かれることはある。大切なのは抜かれた後だ。北海道放送(HBC)の記者たちはその大切なことを貫いた。現場の映像を集め、関係者の声を聞き、言論弾圧の歴史をひもとき、道外で起きた同種の事件も取材した(本書のベースとなったドキュメンタリ―番組はJCJ賞を受賞している)。
本書は価値ある事件記録であると同時に、優れたジャーナリズム論の書でもある。ヤジ排除はメディアの目の前で行われた。HBCの取材を受けた元道警幹部の原田宏二さん(21年死去)が「あなたたち(警察に)無視されたんですよ」と語った言葉を忘れてはいけない。
一連の取材の責任者であるHBC報道部の山ア裕侍氏はこう書く。「一人ひとりの記者は民主主義の最前線にいる」。その自覚があるメディアを信じたいと思う。
一審で完全敗訴した道警側は控訴した。事件はまだ終わっていないのだ。
(ころから1800円)