2023年05月17日
【寄稿】安保3文書を考える 軍備依存は破滅の道 へ平和的解決の努力こそが外交だ 再びの災禍避けるには=元外務省局長 孫崎亨さん
岸田政権は昨年12月、安保関連3文書の閣議決定をした。三文書中、国家安全保障戦略と国家防衛戦略は、敵のミサイル発射基地などをたたく反撃能力を保有することを明記している。反撃能力は従来敵基地攻撃能力と呼ばれてきた。安保関連3文書の改定を受けて、日経新聞が行った世論調査では5年間で防衛力を強化する計画を支持するとの回答が55%で、支持しないが36%である。日本の多くの人はこれで日本の安全が高まったと思っているようだが、逆である。
真珠湾攻撃 真の成功か
戦争の歴史で、敵基地攻撃が戦術的に最も成功したものに、真珠湾攻撃がある。米国の戦艦、爆撃機等に多大な損傷を与え、米側戦死者は2,3
34人に上る。確かに敵基地攻撃は成功した。しかし当時の国力の差は1対10位の格差があり、結局日本は軍人212万人、民間人は50万人から100万人の死者を出し降伏した。敵基地攻撃の大成功は日本国民の破滅につながった。敵基地攻撃だけで優位に立てないのは今日の戦闘でも同じである。
ウクライナ戦争では、12月26日ロシア中部のエンゲリス空軍基地にウクライナ軍のドローン攻撃があり、3人死亡した。それでどうなったか。12月29日、ロシアはウクライナ全土計120発のミサイル攻撃を行った。中国は日本を攻撃しうる2千発以上のミサイルを配備していると言われ、核兵器を搭載しうる。日本が今後防衛費をGDP比2%にしたところで、軍事衝突では日本は必ず負ける。敵基地攻撃や反撃は必ず中国の軍事的反撃を招く。その際には中国が日本に与える被害は、日本が中国に与える被害の何倍も何十倍も大きい。
反撃能力と孫子の兵法
戦略の古典に孫子の兵法がある。中に次の記述がある。「軍隊を運用する時の原理原則として、自軍が敵の10倍の戦力であれば、敵を包囲すべきである。5倍の戦力であれば、敵軍を攻撃せよ。敵の2倍の戦力であれば、相手を分断すべきである。自軍と敵軍の兵力が互角であれば必死に戦うが、自軍の兵力の方が少なければ、退却する。敵の兵力にまったく及ばないようであれば、敵との衝突を回避しなければならない。だから、小兵力しかないのに、無理をして大兵力に戦闘をしかけるようなことをすれば、敵の餌食となるだけのこととなる」。
安保関連3文書の動きは本質的には「小兵力しかないのに、無理をして大兵力に戦闘をしかけるようなことをすれば、敵の餌食となるだけのこととなる」状況である。
では私達はどうしたらいいのか。
戦争国家に なぜ変質か
日本は平和憲法を保有する国である。どうして平和憲法を保有する国が戦争をする国家へと変質しようとしているのか。
私は護憲勢力、リベラル勢力に問題があるとみている。護憲勢力、リベラル勢力は武力を使わないことを主張し、武力を使う国を糾弾してきた。しかし、大切なことを行っていない。国際紛争を平和で解決する道の探求をしてこなかったことだ。
ウクライナ和平と日本
国際紛争を平和で解決するには一方の当事者の見解を100%通すことでは達成できない。お互いに妥協して初めて解決できる。日本が世界で最も平和的な国家であるなら、すべての国際紛争を平和で解決する努力を最も行う国であらねばならない。 ではウクライナ問題で、日本はいかなる努力をしたか。国際社会を見ると、ベネット・イスラエル元首相、トルコ・エルドアン大統領、インド・モディ首相、インドネシア・ジョコ大統領、中国、マクロン・仏大統領などは和平への仲介の意向を示した。日本の政治家の誰が和平を主張し、仲介の動きを示したか。ウクライナ和平と日本日本でどれ位、国際社会の中で和平を求める動きがあることを知っているであろうか。日本はあまりにもロシアへの糾弾と制裁だけを主張したのではないか。
NATOは不拡大約束
和平が実現するためには、過去の経緯、各々の主張を精査する必要があるが、ここではいかなる和平案があるかに絞って論じてみたい。
私は個人的に和平案として@NATOはウクライナに拡大しない、Aウクライナの東部二州は住民の意思により帰属を決める、を示してきている。
上記の二項目が、過去の経緯、国際条理で適当であるか否か。
話は1990年まで戻る。1990年ドイツ統一が国際政治の最大課題であった。この時、ソ連はドイツ統一に反対であった。ドイツが統一し強力な国家になって、ナチのように、再度ドイツがソ連を攻撃するのを恐れたのである。
それでベーカー・米国国務長官等がゴルバチョフ大統領等に「NATOは一ミリたりとも東方に拡大しない」と約束したのである。「NATOはウクライナに拡大しない」は1990年当時、西側諸国がソ連(当時)に約束したことであり、それを今日実施するのに不条理はない。
「Aウクライナの東部二州は住民の意思により帰属を決める」については、国連憲章を参照にすればいい。国連憲章第一条は国連の目的として「人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること」を掲げている。必要なら国連が住民投票を主催してもいい。結果としてこの土地にはロシア系が7割程度居住してきており、ロシアとの併合を選択するとみられるが、それは大多数の住民の意思である。
国交正常化 合意が出発
日本で今、戦争をする国に変質しようとしている大きな理由は、リベラル勢力が、国際紛争はすべて妥協に基づく平和的な解決の道があることを示すという努力を怠ったことに起因する。
和平を求める動きは台湾問題でも同じである。我々はまず、過去の約束を出発点としなければならない。では西側と中国は過去どのような約束をしたか。1978年12月米中は国交回復に際し共同コミュニケを発出したが、ここでは「米は、中国が唯一の合法政府という主張を認めている」。日本もまた中国との国交樹立に際し、「中国は、台湾が国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中国政府の立場を十分理解する」としている。」
台湾の住民の意思をどうするかという問題はあるが、過去の合意の上でどう対応するかを米中、日中で協議することが何より重要だ。尖閣諸島問題でも、棚上げにするという田中・周恩来会談の合意、日中漁業協定の枠組みを守ることが先決である。
軍備に依存する議論の前に、紛争になりうる問題をいかに外交的に解決するかの考察から始めるべきである。それが今日の日本社会に欠如している。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2023年4月25日号