紙面が匂い立つことがある。私はこの著者のファンでほとんどの著作は読んでいるけれど、それは彼の文章の匂いに惹かれるからだと言ってもいい。でも、本書の匂いにはどこかで接したことがあるなあ…と読みながら思っていた。「あとがき」に辿り着いてその謎が解けた。あ、この匂いは橋本治さんなんだな。文体が似ているというわけではない。けれど橋本さんの『ああでもなくこうでもなく』(全5巻マドラ出版)が私の頭に浮かんだ。「あとがき」によれば、本書はいわゆる純文芸誌「群像」に<その死によって中断した橋本さんの連載の続き>というような意味合いで編集部から依頼されたのがきっかけだったという。うむ、橋本治さんの<続き>として著者に目をつけた編集者はなかなかの慧眼だったと私は思う。
前出の橋本さんの本が時評集であったことを受けて、本書も一応はその体裁をとる。だが著者は<近過去としての平成>を入り口にして、様々な現在をまるで魔法のように写し出す。その手つきに私は頷きながら驚かされる。しかも「なんかいやな感じ」という感覚を私も共有しているのだから、読みだしたら止まらない。著者が小学生から中学高校生、そして大学生から社会人になる過程で体験した事柄をどう消化し、同じ事柄が社会の中でどう消費されていったかを、ややアクロバティックな回り道をしながら描いていく。歌謡曲を口ずさみ、社会現象を斜めに見ながら、政治家を俎上にあげる。それらを包むキイワードが「なんかいやな感じ」である。
ちなみに私は編集者として橋本さんとは長い間お付き合いさせてもらった。だから本書を読むのはとても楽しかった。
(講談社1600円)