2019年末、中国・武漢市で肺炎の集団発生で明らかになった新型コロナウイルス感染症。当時、私は香港で民主化活動を取材していた関係で状況を日本に伝え、感染症の専門家たちとも連絡をしあった体験が、昨日のように思い出される。
本書は尾身茂、押谷仁、西浦博の3人への取材を中心にコロナ「専門家」の苦悩を纏めた貴重なノンフィクションである。
この20年余、ありふれた風邪ウイルスである「コロナウイルス」が変異した感染症が多く発生した。SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)がそうで、感染症の専門家は新型感染症への国家的取り組みを、幾度となく求めてきた中でのコロナ新規感染症だった。
想定した新規感染症ではあるが難しい対応を求められた。科学者として中立であるべきか、踏み出して積極的に政策立案やメディアへの出演等をすべきか。当時、総理大臣として君臨していたのが安倍氏である。菅、岸田氏と政権は変われど、コロナ専門家は都合の良いように使われ、国民は大きく混乱させられた。
感染症の専門家が結集する国際エイズ会議では、米国の第一人者アンソニー・ファウチ氏が毎回のように講演やセミナーなどで発信していたが、私の30年来の取材対象であった尾身氏らは、参加すらしていないことが多かった。
彼らがたいへん苦労したことは分かるが、他の選択肢もあった。トランプ前大統領に苦言を呈してきたファウチ氏を見るにつけ、コロナ「専門家」を作り上げた政府やメディアにも問題があったのではないかと感じる。(講談社1800円)