2024年04月16日
【寄稿】「テレビ輝け!市民ネットワーク」の挑戦 政権が圧力 萎縮する一方 市民が株主 局を支える 定款への追加など提案=前川喜平さん
昨年9月、大阪の弁護士・阪口徳雄氏から1通のメールが来た。民間テレビ局に政権への忖度をやめさせる運動を起こすから参加しないかという。私は全面的に賛同し、田中優子・法政大学前総長とともに「テレビ輝け!市民ネットワーク」(以下「市民ネットワーク」)の共同代表に就いた。今年2月5日には、田中氏と私、事務局を務める梓澤和幸弁護士が設立発表の記者会見をした=写真=。
民主主義は
回復不能に
運動の背景には、近年のテレビが報道機関の役割を果たしていないという問題意識がある。政府が隠そうとする真相を抉り出し、真剣な議論を喚起するような報道をしてほしいのだが、政権の圧力を受けてテレビの報道はどんどん委縮してきた。報道の自由の危機は平和と民主主義の危機だ。現状を放置すれば、政府はさらに戦争準備を進め、この国の民主主義は回復不能に至る恐れがある。
市民ネットワークでは、テレビ各局の幹部・労働者と市民・視聴者との対話を重ねるとともに、市民が株主となって具体的な株主提案を行い、応答を求めていく。メディアに株主提案を行う運動は日本で初めての試みだ。
電波停止は
大臣が判断
私は2022年11月、「市民とともに歩み自立したNHK会長を求める会」の推薦するNHK会長候補になったが、今回は民放について同じ思いで運動に参加している。
放送法4条は放送番組の編集に当たって拠るべき規範として「政治的に公平であること」などの4項目を掲げている。これらは本来放送事業者が自律的に遵守すべき規範だが、政権はそれを放送を取り締まる根拠にしようとする。それは一連の高市早苗総務大臣(当時)の答弁に表れた。
2015年5月の参院総務委では「一つの番組のみ」でも「極端な場合」には「政治的に公平であることを確保しているとは認められない」と答弁。16年2月の衆院予算委では、放送事業者が放送法に違反した場合の電波の停止について「可能性が全くないとは言えない」「その時の大臣が判断をする」と答弁した。
この「電波停止」発言には、田原総一朗、岸井成格、鳥越俊太郎、大谷昭宏、金平茂紀、青木理の各氏が異例の記者会見で抗議のアピールを行った。
高市大臣の一連の答弁の背景に、14年から15年にかけて磯崎陽輔首相補佐官(当時)から総務省への強引な圧力があったことは、23年3月に流出した総務省の行政文書で判明した。磯崎氏は安倍首相の意を受け、個別の番組に干渉できる法的根拠を作ろうとしたのだ。
報道自由度
ランク68
日本の悪状況は国際的にも認識されてきた。
2017年6月には、国連人権理事会でデービッド・ケイ特別報告者が「日本では政府当局者がメディアに対して直接・間接的な圧力をかけることができる」として、報道の独立性を確保する法律改正の必要を指摘した。
国境なき記者団が作る報道自由度ランキングで日本は2010年の11位から23年には68位まで落ちた。アジアでは台湾(35位)、韓国(47位)、パプアニューギニア(59位)よりも下だ。
免許事業であるテレビ放送に政権が放送法の「政治的公平」を振りかざして干渉する時には、テレビ局が委縮することなく報道の自由を守って本来の使命を全うできるよう市民がテレビ局を支える必要がある。その役割を果たそうとするのが市民ネットワークだ。
当面の対象
テレビ朝日
当面の対象をテレビ朝日にしたのは、この10年での状況の悪化が著しいからだ。それは早河洋氏が会長兼ⅭEOとして君臨する時期と重なる。早河氏は安倍氏や菅義偉氏と昵懇の仲だ。
2015年3月27日の報道ステーションで事件が起きた。コメンテーターの古賀茂明氏が「菅官房長官をはじめとして官邸の皆さんからものすごいバッシングを受けてきた」と発言したのだ。早河会長らの意向で降板することを暴露し、同番組のプロデューサー(松原文枝氏)が更迭されることも明かした。安倍政権を批判して「I am not ABE」と書いたフリップを掲げた。
この事件を問題視した自民党情報通信戦略調査会は、テレビ朝日の幹部を呼びつけて事情聴取した。聴取後同調査会の川崎二郎会長は「政府は停波の権限まである」と威嚇的な発言をした。
経済部長に更迭された松原氏は、その後も報道ステーションで「独ワイマール憲法の”教訓”」という特集を制作してギャラクシー賞の大賞を受賞したが、老後資金問題で麻生太郎金融担当大臣の責任を追及したりしたため、ついに19年7月、イベント事業を担当する部長職に左遷された。
資質に疑問
見城委員長
古賀氏の降板と松原氏の更迭・左遷は、政権の圧力が目に見える形で表れた一つの典型例だ。
見城徹・幻冬舎社長はテレビ朝日の放送番組審議会委員長を10年もやっている。安倍氏の熱烈な支持者で、数々の安倍PR本を幻冬舎から出している。早河氏と安倍氏の間をとりもったのも見城氏だと言われる。
テレビ朝日が出資するAbemaTXには「徹の部屋」という見城氏の番組があった。17年10月衆院選公示日の2日前に見城氏は安倍首相を番組に招き「日本の国は安倍さんじゃなきゃダメだ」などと礼賛した。
このような人物が居座っていること自体、テレビ朝日の政治的な公平性を疑わせるに十分だ。
さらに見城氏には、番組を幻冬舎の本の宣伝に使っている疑いもある。
テレビ朝日の株主総会ではこれまでも、見城氏の資質や松原氏の人事について、一部株主が質疑で追及してきた。今度は株主提案までやろうというのが市民ネットワークだ。株主提案に必要な300単元(3万株)の株式は確保されている。6月下旬の総会に向けて4月半ばごろに株主提案を行う予定だ。次のような議案を検討している。
定款への追加が三点。第一は、役員と職員が干渉に屈せず報道の自由を守る努力をすること。第二は、政治の介入が疑われる事態があった場合は第三者委員会で調査し結果を公表すること。古賀氏の降板のような事態だ。第三は、放送番組審議会の委員と委員長の在任期間に上限を設け、番組制作に関与する者を選任しないなど第三者性を確保すること。見城氏のような特定の人物の影響力の増大を防ぐためだ。
第四の議案は、前川喜平を社外取締役にすること。政権に忖度、迎合、屈服しない経営が目的だ。
1単元100株を買えば株主総会で議案に投票できる。多くの市民株主の参加を期待している。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年3月25日号