2024年05月31日

【おすすめ本】乗京 真知『中村 哲さん殺害事件実行犯の「遺骨」』深い闇を暴く調査報道の成果=高世仁(ジャーナリスト)

 中村哲医師は5年前、武装集団に襲われ亡くなった。その真相はいまだ深い闇だが、朝日新聞記者の著者は、独自取材で国際謀略ともいうべき事件の構造に迫る。

 実行犯の中心はパキスタンの反政府武装勢力のメンバー。当時はアフガニスタン側に潜伏し、犯罪を請け負って金を稼いでいたが、その彼に中村さん襲撃を依頼したのは、パキスタン治安機関の密命を帯びた人物。背景には水を巡る隣国同士の確執があった。
 中村医師はアフガニスタンを襲った大干ばつによる飢餓を救おうと、大規模灌漑に乗り出し、65万人の暮しを支える沃野を蘇らせた。灌漑の水は パキスタンを源としアフガニスタンを流れて再びパキスタンに下るクナール川から引いている。上流で水を分岐させる事業は、下流のパキスタンには水量減となる。

 パキスタンは近年、地球温暖化による洪水と干ばつの甚大な被害を受けて、水の安定確保は最大の懸案となっていた。クナール川上流の“脅威” の除去を狙って中村医師襲撃は決行された。
 事件の真相は、複雑な両国関係や政治的思惑で覆い隠されようとしていた。著者の調査報道は事件の深い闇を暴く世界的スクープだが、取材の困難さは想像に余りある。「ちまたに銃があふれるアフガニスタンで犯人を捜すことは、自分だけでなく助手やその家族を危険にさらすことでもあった」(本書)。
 近年、マスコミ企業は危険地での取材を避ける傾向にあるが、本書に記された貴重な取材方法はぜひ学んでほしい。
       
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2024年05月30日

【焦点】成立した炭素貯蔵事業法はカーボーンニュートラルの切り札か。23年JCJ機関紙6月号記事で「実現性危うい」と指摘=橋詰雅博

 脱炭素化の有力手段とされる「二酸化炭素貯蔵(CCS)事業法案」が今国会で成立した。マスコミは切り札と持ち上げるこのCCSは、今後10年間で官民合わせて4兆円を投資する。果たして本当に実現性があるのか、掛け声倒れになる危険性はないのだろうか。
 炭素回収貯蔵の略称である「CCS」は、製油所や火力発電所、工場などから排出される二酸化炭素(CO2)を分離・回収し、液化したものに圧力かけて地中や海底に埋め込む。これを実現するには地下1`より深く、貯留できる地層があり、上部にCO2が漏れ出すのを防ぐ地層があるなどを備えていることが条件とされる。

 政府はすでに電力、鉄鋼、石油など大手企業が手掛けるCCS7事業を選定した。国内では北海道・苫小牧地域、東新潟地域、日本海側の東北地方・九州地方、首都圏の5カ所。安価にできると見込むマレー半島とオーストラリアなど大洋州への輸出も2件含む。CCS長期ロードマップ(22年版)では、事業を30年までに本格稼働させて、その後20年間は毎年600〜1200万dずつ貯蔵量を増やす計画だ。50年時点で年1・2億から2・4億dの貯蔵が目標。現在の排出量の1〜2割に相当する。

 「CCSなくして脱炭素(カーボンニュートラル)なしと」経済産業省はうたうが、事業を危惧する声は少なくない。この問題に詳しい工学博士の松田智氏は昨年6月25日号本紙にこうコメントを寄せている。
 「CO2の固定・貯蔵にはコストがかかるし、電力も消費するのでCO2排出がさらに増える。大口発生源の火力発電所で実現できていないのは、CCS方式を使うと発電単価の上昇が避けられないからです。CO2が洩れない石油・天然ガスの廃坑とか堅ろうな場所が必要です。CCSの実現化は極めて困難です。経産省の資料ではコストや埋め立て規模などは明記されていません」
 絵に描いた餅になるかもしれないというのだ。巨額な税金の無駄遣いになり得る可能性がある。
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2024年05月29日

【焦点】経済安保新法は民間を巻き込み「戦争への国づくり」が狙い=橋詰雅博

 今国会で成立した「重要経済安保情報保護法」は特定秘密保護法の経済版だ。
その肝は「セキュリティ・クリアランス(SC)」と名付けた適性評価制度で、政府が指定した秘密情報を取り扱う人にその適性があるかどうか評価する仕組み。実は秘密保護法ですでにこの適性評価が導入されており、その対象は防衛省、自衛隊など公務員が9割超を占めていた。しかし経済安保新法では経済分野ゆえに多くの民間人が身辺調査されて評価を受ける。秘密保護法と一体運用で監視社会が強化される。
 身辺調査は内閣府に置かれた部署が担当する。内閣情報調査室や公安調査庁、公安警察などが調査に当たると見られている。5月11日付新婦人しんぶんに寄稿した東北大名誉教授の井原聡氏は「調査の基準が明らかになっていない」と前置きしたうえでこう指摘する。

10年監視対象
 本人に関しては犯罪及び懲罰の経歴、薬物の濫用及び影響、精神疾患、飲酒の節度、借金など経済状況など詳しい報告が求められる。犯罪歴は法務省から、薬物や精神疾患は病院などのカルテ収集、金融業者から信用状態を調査される。嘘がないか、変更がないかなどSCの有効期間10年にわたり監視の対象になる。
 さらに「政府を批判する運動や団体に加わっていないか、組合活動などでの言動も調査の対象になるでしょう」「承諾なしに家族(配偶者、事実上の婚姻関係と同様の事情にある者)父母、子及び兄弟姉妹、それ以外の配偶者の父母及び子、同居人の氏名、生年月日、国籍、住所を報告せよというのです」

目的外の使用も
 思想・信条・内心の自由の侵害に関わる徹底した個人情報が内閣府に収集管理される。個人情報保護法ではこうした調査内容は「要配慮個人情報」にあたり、その取扱いは特に配慮を要するとされている。しかし、目的外使用を監視する機関はない。
 米国には大統領インテリジェンス問題諮問委員会、連邦プライバシー・市民自由監視委員会、首席監察官、国家情報長官室自由保護管、全米アカデミーなど監視システムがある。経済安保新法にはこうしたシステムは欠落している。これでは労働者の権益は守られないというのだ。
 米国の強い要請で取り入れられたSC制度は「企業も関わる兵器の国際共同開発・製造・整備・売買、米軍と自衛隊の一体的な運用など軍事情報が洩れないため」という。そして「戦争をする国づくりための新法」と結論を述べている。
 経済安保新法の裏面にはこうした政府の最終目的があることを知っておくべきだ。
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2024年05月28日

【出版】注目される新刊・近刊の短い紹介=萩山拓(ライター)

◆原田和明『ベトナム戦争 枯葉剤の謎』 飛鳥出版 5/15刊 2000円
ドキュメンタリー映画『ドクちゃん ─フジとサクラにつなぐ愛』が日本全国で順次公開中。日本製「枯葉剤」がベトナム戦争の際に使われていた。しかも残った枯葉剤が日本全国の国有林46カ所に不法投棄されていた! 占領下の沖縄に持ち込まれた毒ガス“サリン”。日米軍事同盟が隠した“化学兵器”の正体を暴く。改めて「枯葉剤の謎」を追った貴重な一冊。

◆犬飼 淳『インボイスは廃止一択─消費税の噓がよくわかる本』 皓星社 5/20刊 2000円
「政治の世界では裏金がまかり通る中、「STOP!インボイス」を叫ぶ市民は、「脱税」「ネコババ」と叩かれた。大手メディアが黙殺する中、消費税とインボイス問題にくらいつき、政府と対峙した著者と「インボイス制度を考えるフリーランスの会」の闘いを追い、インボイス制度の欠陥を分かりやすく説く。

◆ 黒井千次『老いの深み』中公新書 5/22刊 840円
90代の大台へと足を踏み入れた作家が綴る老いの日々。少しずつ縮む散歩の距離、少量の水にむせる苦しさ、朝ぼんやりと過ごす時間の感覚など、自身に起きる変化を見つめる。一方、年長者が背筋を伸ばしてスピーチを聞く姿に爽快感を覚え、電車の乗客の「スマホ率」など新たな発見も。「ファックス止り」の自分をなぐさめ、暗証番号を忘れて途方に暮れて……。老いと向き合い見えたこと考えたこと。(版元の紹介から)

◆小島俊一 『2028年 街から書店が消える日─本屋再生! 識者30人からのメッセージ』 プレジデント社 5/24刊 1700円
日本から街の本屋が消える! この事態に出版界のプロフェッショナル30人が、熱く本音を語る。出版界の現状を俯瞰しながら、いかに打開するか、再生への道筋を探る。本書を通して本屋が消え続ける理由をつかみ、さらに本屋の明るい未来への希望も感じ取ってほしい。

◆森まゆみ+山ア範子+仰木ひろみ『谷根千の編集後記』月兎舎 6/1刊 1600円
保育園のママ友だった著者3人、ともに1950年代生まれ。子を産み育てながら取材に編集に営業に奔走する。それぞれ主要に活躍する場は違うが、雑誌作りに当たっては一緒になって笑い、泣き、励まし合って歩んだ25年、編んだ地域雑誌「谷中・根津・千駄木やねせん」通巻94号分の編集後記を一冊に。

◆安田浩一『地震と虐殺─1923-2024』中央公論新社 6/19刊 1800円
関東大震災の発生直後、各地で飛び交ったデマによって多くの朝鮮人が命を奪われた。100年余りが経過した現在、歴史的事実を葬ろうとする者たち、人災を天災の中に閉じ込めようとする政治家、差別行為にお墨付きを与える行政……。差別やヘイトクライムの問題を長年追ってきたジャーナリストが、虐殺事件が及ぼし続ける様々な事実を浮き彫りにする。
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2024年05月27日

【おすすめ本】鈴木 拓也『当事者たちの証言で追う 北朝鮮・拉致問題の深層』―日朝外交の舞台裏 克明に記録 圧巻の「ミスターX」の宿命=有田芳生(ジャーナリスト)

 日朝問題で「朝日新聞」がスクープを報じたのは、2023年9月29日だった。1面トップ記事は白抜きで「日朝、今春2回の秘密接触」と見出しにした。その横には「東南アジアで その後の交渉 停滞」と場所と現状を示した。「高官の平壌派遣 一時検討」ともある。さらに3面では「拉致『解決済み』変わらず」「北朝鮮、正常化交渉に前向きな場面も」「水面下の接触 断続的に続く」と解説が続いた。メディアの日朝問題担当者だけでなく、拉致問題に関心ある者にとっては驚く内容だった。業界言葉でいえば「ぶっちぎりのスクープ」だ。この記事の最後に(鈴木拓也)と筆者名がある。

 この「スクープ記者」がこれまでの日朝問題をまとめた。外交交渉、拉致問題、アメリカ、ロシア、中国、韓国などの国際関係から北朝鮮を分析した著作はこれまでも多い。だが本書の最大の特徴は、筆者の記者歴を反映して、外交官、政治家、北朝鮮元高官、韓国の情報機関関係者、帰国した拉致被害者たちに直接取材していることだ。2002年9月の小泉純一郎首相の訪朝で拉致問題に大きな風穴が開き、停滞の期間を経て2014年5月にストックホルム合意が成立、再び停滞して10年が経った。

 2024年のいま、再び日朝交渉の歯車が動き出したものの、北朝鮮の拒絶によって扉は閉じられてしまった。これからの日本政府と北朝鮮政府の交渉はどのように行われるのか。本書を読めば、外交の現場に立ちあったような臨場感を経験できるだけでなく、打開への方向が重層的に理解できる。北朝鮮側で田中均氏に対応した「ミスターX」の宿命、その後継者が突然に消えてしまった事実を記録したことは圧巻だ。(朝日新聞出版、1700円)
   
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2024年05月26日

【オピニオン】破綻の「政治改革」金権腐敗は元から変えるべし 問われるメディア 有権者は行動を 枝葉は刈ってもまだ茂る=藤森 研(ジャーナリスト)

 自民党の裏金問題は、真の原因を見ないまま、手直しの「再発防止」が取りざたされている。
 しかし、この間のドタバタ劇を見ていると、森達也が『創』で書いた比喩がピッタリだ。いわく「政治資金規正法の見直しなど枝葉の剪定をしても、季節が廻ればまた生い茂る」。その通りで、金権政治は元から変えなきゃ、直らない。

小選挙区制と
政党助成導入

 30年前の出発点を顧みる。リクルート事件やゼネコン汚職で沸き起こった「政治改革」の嵐は、自民党の分裂と下野を経て、1994年の政治改革4法に収束した。柱は2本。衆院の選挙制度を小選挙区を主とする小選挙区比例代表並立制に変えること、政治資金規制を少し強める代わりに政党への公費助成制度をつくることだった。 
 前者は政治改革熱を権力者が巧妙に選挙制度改革にすり替えた成果≠セ。「政策本位の争いになり金がかからない」「政権交代が起きやすい」を売り文句に、それまでの中選挙区制を小選挙区中心の現制度に変えた。
 小選挙区制導入に対しては、多数党が有利になり、「死票が増えてしまう」「『作られた多数派』を生む」という反対意見も強かった。小選挙区制は民意の集約、比例代表制は民意の反映が特徴だが、民主主義は反映を優先すべきで、人為的な集約は民意を歪める。
 しかし、当時の多くのメディアや世論は中身を吟味することなく「とにかく変えねば」と浮き足立ち、この選挙制度改変を後押ししてしまった。
 30年たって、反対派の意見は正しかった。一度だけ民主党などへの政権交代はあったが、負の効果が圧倒した。
 有権者全体に対する得票割合(絶対得票率)で21年の総選挙を見てみよう。自民党の小選挙区での絶対得票率は26・2%、比例代表では18・9%だった。それにより自民党が獲得したのは小選挙区の議席の64・7%に及び、衆院全体でも55・7%を占めて、追加公認を含め「絶対安定多数」となった。低投票率と小選挙区制の手品だ。
 こうして、制度上有利な多数与党は対野党の選挙で連戦連勝し、安倍長期政権の力の源泉となった。党内では、公認権と政党助成金の配分権を握った自民党トップが「一強」化し、森友、加計、桜、安倍派の裏金と、腐臭漂う驕りを生んだ。

パー券などで
企業団体献金

 もう一本の柱の政治資金規制は、当時も企業・団体献金(寄付)を全面禁止はせず、最初からザルだった。今や、政党支部への寄付やパーティー券の形での企業・団体献金が、大手を振っているのはご覧の通りだ。政党助成金とは二重取りだ。
 企業献金には違法の疑いがぬぐえない。見返りを求めて政治献金をすれば贈賄だし、逆に求めなければ企業に損害を与える背任ではないか、と。
 これに対し政治献金擁護派が頼るのは、八幡製鉄事件での最高裁判決(1970年)だ。「会社は、自然人である国民と同じように、国や政党の特定の政策を支持するなどの政治的行為をする自由を有する」と、企業献金を認めた。営利事業目的を外れるのではないか、との疑問には、企業の災害救援寄金が広く認められていることを例示した。
 しかし、この事件の一審判決は全く逆の判断をしていた。「本件は自民党という特定の政党に対する援助資金だから、特定の宗教に対する寄付と同様、一般社会人が社会的義務と感ずる性質の行為に当たるとは認められない。定款違反だ」と、献金をした社長らを敗訴させた(63年、東京地裁)。
 個人が主体の政治活動の自由を、営利目的の民間企業にも保障した最高裁の論理には、憲法学者らからも批判がある。
なお、労働組合から特定政党への団体献金も、労働組合の成り立ちを考えれば、筋が通らない。

審議会参加で
足並み揃える

 30年前の「政治改革」の過ちに関連して、どうしても触れておかねばならないのは、メディアの責任だ。小選挙区比例代表並立制の原案を作ったのは第8次選挙制度審議会。その会長は小林与三次読売新聞社長(当時)で、委員27人にはテレビ東京会長、日経社長、毎日、産経各論説委員長、NHK考査室長、読売調査研究本部長、朝日編集委員が名を連ねていた。それかあらぬか、各メディアは並立制への選挙制度改変を、足並みを揃えて支持した。
 メディア人の審議会参加は本来、ジャーナリズムの本旨に反する。権力側の「結論ありき」の場に入ってアリバイ作りに利用され、決定には批判がしにくくなるからだ。だが、現在も国の審議会などに入る論説委員らがいる。今は特定の社に限られてきたものの、「審議会不参加」を決めた社でもOBが入ったりする。
 なぜ彼らは国の委員になりたがるのか。知見を社会のために、というのは建前だろう。書ける場は他にある。据え膳で資料をもらえる便宜の誘惑か。言葉はきついが、私の感想を一言で言えば、うす汚い。

企業献金全廃
比例代表こそ

 30年前の政治改革は、いま、見事に破綻した。
 メディアには、目の前の政治の動きを報じるだけでなく、本来の「政治改革」の幹についても、議題設定の機能をぜひ発揮してほしい。
 私が考える改革の方途は3つだ。
 まず、衆院の選挙制度を、民意を正確に反映する比例代表制に変える。歪んだ制度に基づく多数党安定の驕りを、より緊張感のある政治に変えるだろう。
 次に、企業・団体献金を、パーティー券も含めて全廃する。
 第3に、政権交代を推進する。浄化には新しい政治主体が必要だ。
 政治学者のジェラルド・カーティスは、自民党内から抜本改革の声一つ出ない日本政治の現状を、「半昏睡状態」に陥っているとして、こう続けた。「まず有権者が行動しなければ政治家は動こうとしません」
 補選、そして次の総選挙が肝心だ。
    JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年4月25日号
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2024年05月25日

【焦点】健康被害急増の紅麹事件、安倍政権の規制緩和が元凶=橋詰雅博

 小林製薬が独自に開発した原料「紅麹」を使った機能性表示食品(サプリメント)を服用した人の腎疾患、むくみ、倦怠感などの健康被害は拡大の一途だ。厚労省によると、「紅麹コレステヘルプ」などをのんで被害を訴えて病院で受診した人は延べ1594人、276人が入院し、5人が死亡した(5月19日時点)。ただ死亡と服用の因果関係は不明とされる。

 被害の広がりを受けて消費者庁は機能性表示食品のあり方をめぐり医療や食品衛生などの分野の専門家からなる検討会を4月中旬に立ち上げた。関係団体へのヒアリングを重ね、これまで5回会合を開き、制度見直しの提言案をまとめた。それによると大きな柱は3つ。@健康被害について、製品に起因する疑いが否定できない場合、医者は症状の軽重を問わず消費者庁に報告、A生産・品質管理の厳格化では医薬品に義務付けられている製造時の管理基準(GMP)などを参考に一定の基準を設け、企業は順守状況の監視体制を行う、B国が安全性を審査する「特定保健用食品」(トクホ)との違いや医薬品との飲み合わせなどに関する情報を製品パッケージに記載―。
 消費者庁はこの提言を踏まえて今月末までに内閣府令改正に向けた対応策をまとめる。

 科学的な根拠や安全性の情報を企業が消費者庁に届け出れば販売できる機能性表示食品は2015年に導入された。ここで忘れてはならないのは、安倍晋三政権がこれを解禁に踏み切ったことだ。米国でのサプリメント市場の急拡大を受けて日本の経団連は機能性表示を認める制度の早急な検討を05年に要求。財界からの要請に応えるべく安倍政権は徐々に規制緩和した。農民連食品分析センター所長の八田純人氏は「機能性表示食品のルールブックつくるとき、消費団体の研究者たちが(健康被害)を懸念したが、政府に押し切られた」(新婦人しんぶん5月11日付)という。

 米国では機能性表示食品オキシエリートプロを服用した人が急性肺炎を起こす健康被害が13年に起きた。死者も出てルールを厳しくすべきと欧米で高まり、日本でも問題視した。
 しかし「世界で一番企業が働きやすい国」を掲げる安倍政権は、サプリ市場の拡大に走った。調査会社インテージによると、機能性表示食品のサプリ市場はこれまで急成長を続け23年の年間販売額は491億円と17年の3倍超。今年も3月までは毎月の販売額は前年同月比1割超のペースで増えていた。だが3月下旬の紅麹事件の発覚で、売り上げが急減した。
 これからサプリ離れに拍車がかかりそうだ。安倍政権の罪は重い。
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2024年05月24日

【出版トピックス】出版ネッツが「フリーランス法」の施行にあたって「意見」を提出=出版部会

 フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が、今年11月に施行される。このほど政省令や指針に関するパブリックコメントが募集され、出版ネッツが「意見」を送った。
 内容については多岐にわたり、大部なページになっているので、出版ネッツがホームページに掲載(5月17日)した概要を紹介したい。

■フリーランスの定義を広げたことは歓迎するが、「業務委託契約」を結んで働く人の中には、実態が労働者に該当する人たちが少なくない。実態が労働者である人には、労働関連法令が適用されることを周知徹底すること。

■発注者が著作権を譲渡・許諾させる場合は、契約書の「給付の内容」に著作権譲渡・許諾の範囲を記載すること、「報酬の額」に著作権譲渡・許諾に係る対価を加えることなどが記載されたことは歓迎する。
 あらかじめ著作権譲渡(対価なし)と著作者人格権不行使の条項の入った契約書を提示されるというトラブル(フリーランスは断りづらい)が多発しているので、注意喚起をするとともに、トラブル防止対策を講じること。

■法第5条(発注者の遵守事項)の適用対象となるのは「1か月以上」取引のある者とされているが、本来はすべての取引を対象とすべき。少なくとも「2日、あるいは3日以上」とすること。

■「妊娠、出産、育児、介護と仕事の両立」がフリーランス法に入ったことは評価するが、「配慮」にとどまっており、「権利保障」という形になっていないことは不十分である。

なお全文は、出版ネッツのホームページにPDF版(https://union-nets.org/archives/9232)として掲載されている。
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2024年05月23日

【寄稿】福島原発は終わっていない!! 3・11から14年目の今 新たな放射能危機も 一号炉の崩壊どう防ぐ=伊東達也

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元日の能登半島地震災害は、北陸電力志賀原発で変電機や環境モニターが破損、計画された珠洲だったらどうなっていたか、と改めて原発の危険を明らかにした。3・11福島事故から14年を迎えた今、現地の状況がどうなっているのかを原発問題住民運動全国連絡センター代表委員で福島いわき訴訟原告団長の伊東達也さんに寄稿してもらった。

 福島県は震災関連死が2343人、自殺者が120人―。宮城、岩手に比べ格段に多いのが福島県の震災関連死だ。早稲田大学災害復興医療人類学研究所の調査では、避難者の4割がPTSDに悩んでいる。福島原発事故から14年目を迎えた今も、福島県の住民は依然、困難な生活を続けている。
福島県民の苦難は、自分が住んでいたふるさとが「帰還可能」と言われても、実際には帰れる環境がないこと、そして、現実にはもう戻れない、という人も多いことだ。
 復興庁によると、今年2月現在の避難者数は県外2万0279人、県外5993人。だが、故郷に戻っていない人は、どんなに少なく見ても5万人。3・.11当時から見れば、死者や住民票異動者も含み8万人。しかもここには「避難指示区域外」の避難者、いわゆる「自主避難者」は入っていない。そして、深刻なのは小中学生数が事故前に比べて十分の一と極端に減ったことだ。
 
戻らぬ産業
続く出荷制限
3・11で、9町村が役場ごと全住民避難したが、いまもこの町村の産業は立ち直っていない。
 年間の農産物販売金額が50万円以上の「販売農家」は事故前の2010年度と比べ、22年度の復帰率はわずか6・3%、同様に工業製品出荷額は25・6%、商業販売額は24・5%。福島全体の産業も3・11前に戻ってはおらず、農業産出額は事故前の90%台だ。林業産出額は、山菜・キノコなどの特殊林産物の出荷制限が今も続き83%、沿岸漁業の水揚げ高は20%台に過ぎない。
 県内全域が受けた「事故による損傷」の修復はできていない。
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 第1原発の廃炉作業の遅れは比較的知られているが、昨年来明らかになったのが、「1号炉崩壊」の危険だ。原子炉を支えている台座(ペデスタル)のコンクリートが溶け落ち、鉄筋が露出していることが判明し、三菱重工主席技師の森重晴夫さんが、著書「差し迫る福島原発1号機の倒壊と日本滅亡」(せせらぎ出版)でその危険性を訴えている。
 森重さんによると、いま、一号炉の基部は溶融、炉本体はむき出しの鉄筋で支えられており、震度6強の地震に襲われれば、残置され使用済み核燃料392本を冷却するプールが破壊される。燃料は冷却できず、大量の使用済み核燃料が広範囲に飛散。「最悪の場合、東日本壊滅の悪夢に日本は直面する」という。
 東電も国も「大丈夫」と言うが、森重さんは「耐震工事が必要」「回避できるのになぜしない?」と訴える。「1号機の耐震補強策は待ったなし」だ。

県民も「廃炉
「達成不能」 
 政府と東電の廃炉の「中長期ロードマップ」は廃炉完了を2051年としているが、期限内達成は困難とみられている。
 廃炉の最難関はデブリ(溶けて固まった燃料)の取り出しだが、13年経っても取り出す見通しは全く立っておらず、取り出しても運び出すところはなく、敷地留置の可能性が高い。法律上、地下埋設を義務付けられている「低レベル放射性廃棄物」も、原発の35倍もの量が発生するが、これも敷地に置かれる可能性が高く、「廃炉終了」にはなりそうにない。
 そして、見逃せないのは、敷地の地盤と港湾内の堆積土が汚染されていること。これらを除去すれば780万dとなり、一般の原発600基分に相当。この量は現在世界で稼働中の441基分を上回る。(朝日3月16日)結局、除去は不可能だ。
 一方、「中間貯蔵施設」の放射性物質は、法律でも「事故30年後の2045年までに他県に持ち出す」としたが、見通しは全く立っていない。
 「ふるさと福島」をどうするか。まず「意見交換の場」を作ることはどうしても必要だ。

汚染水の海洋
放出中止を 
 昨年8月24日、政府と東電は多くの反対の声を無視して、アルプス(ALPS)処理した「汚染水」を海洋放出した。「関係者の理解なしには如何なる処分も行わない」とした文書の約束を破り、一言の謝りもない非道徳的な行為だった。
 放出する汚染水は、デブリに触れたあとのため、トリチウムだけでなくストロンチウム90(半減期28・8年)、セシウム137(同30年)、炭素14(同5730年)、ヨウ素129(同1570万年)なども混入。これら核物質の総量もわからない。太平洋の生態系にどんな影響を与えるかは不明である。
 なお、海洋放出しても一方では1日100d前後の汚染水が増加、23年度の場合、30基分放出したが11基分増加、実質19基分しか減らず、24年度も差し引き14基しか減らない勘定。計画では30年間放出し続ける。
 問題になった地下水流入を止めるために、提案されている広域遮水壁と取水井の設置などの根本的対策も必要だ。

原発再稼働は
福島の再現
 岸田内閣は昨年2月、エネルギー安定供給と脱炭素を名目に、原発の新増設や60年超の運転に道を開く「GX(グリーントランスインフォメーション)実現に向けた基本方針」で、福島以前の政策に再転換した。
 それだけではない。EU諸国のように、再エネ優先を義務付け、石炭や原発の出力抑制を行うのではなく、原発で作った電力を優先して使う政策で、23年度には、17億6千万`h(475億円相当)も、自然再生エネルギーで作った電力が捨てられている。
 電力不足が心配されるのは、年間に数日の夏場、冬場のピーク時だけで、事前の準備で解決できる一方、原発は発電時に二酸化炭素を出さないだけで事故の危険もある。「原発回帰」は間違いだ。
この政府の「方針転換」の「露払い役」をしたのが、2022年6月17日の最高裁判決だ。
 福島生業など4訴訟で「例え国が東電に防潮堤を命令し、東電が造っても、実際の津波より低い堤防となったはずで、国に原発事故の責任はない」と国の責任を免罪した。
 これに対し、いわき市民訴訟、など7訴訟が最高裁に審議のし直しを求め、毎月最高裁前行動などに取り組み「ノーモア原発公害市民連」も結成された。また、この過程では最高裁と巨大弁護事務所との「癒着」が明らかに。本来、「回避」すべき裁判で合議に加わり(以上削除)証拠にない論理で国を勝たせるなど、考えられない。

能登の現実
見つめ直せ!
 元旦の能登半島地震は道路、港など地域のインフラ全般が機能を失い、3か月を経ても断水が続くなどの惨状をもたらしている。これを目の当たりにしても、岸田首相は「原発推進の政策は変える必要はない」とし、原子力規制委員会の山中伸介委員長は「避難基準は規制庁の管轄ではない」と、まともに対応しない状況だ。もともと、北陸電力志賀原発は敷地内に活断層があると指摘され問題視されてきた曰く付きの原発。今回大事故発生を免れたのが偶然だ。
 放射能被ばくから逃れる「避難」もままならず、これ以上、国土と住民を危険にさらすことはできないはずだ。
 「福島のいま」を能登や福井や、日本のどこででも繰り返すわけにはいかない。
   JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年4月25日号




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2024年05月22日

【出版界の動き】生成AIが創作者の権利と意欲を損なう危機=出版部会

◆「AIと著作権」を巡って
 高い機能を持つ生成AI が多種多様な分野に進出し、創作者の著作権が侵害されるケースが頻出し、社会的な混乱が生じている。あらためて創作者や権利者から、現在の著作権法に謳われる法規制について、その見直しが叫ばれている。政府も各種対応に追われている。
 この緊急テーマになっている 「AIと著作権」を巡り、どこまでコンセンサスが得られ、どこから先に議論の余地があるのか、上野達弘・奥邨弘司 編著『AIと著作権』(勁草書房 2月刊)が注目されている。世界各国の最新動向と日本における議論状況を踏まえ、今後の法規制の在り方を考える珠玉の論攷と座談会が収められている。
 本書では、著作権法30条の4を始めとするAIに関係する著作権法上の条文につき、細かな文言の使い方や他の条文との関係、改正の経緯(旧条文との関係)、主張立証責任の分配などの観点から、様々な解釈論が展開され、必読の書といってよい。
 さらに「山陽新聞」(5/12付)の社説が、<AIと著作権 創作意欲奪う>と題して、国の文化審議会がまとめた「考え方」を簡潔に要約し、クリエーターの創作意欲にかかわる問題を指摘している。読んでほしい。

◆KADOKAWA 3月期連結決算、増収減益
 2024年3月期(2023.4.1〜24.3.31)の連結決算では、売上高2581億円(前年比1.0%増)、営業利益184.5億円(同28.8%減)、経常利益202億円(同24.1%減)、当期純利益113.8億円(同10.2%減)の増収減益の決算となった。「出版・IP創出」は売上高1420億円(同1.4%増)、営業利益103.6億円(同21.3%減)。

◆八重洲ブックセンター、6月14日オープン
 東京駅構内のグランスタ八重洲(東京・千代田区)の地下1階にグランスタ八重洲店をオープンする。昨年3月に営業を終了した八重洲本店の「レガシーを継ぐ」新店舗。売場面積72坪。営業時間は午前10時から午後9時まで。

◆講談社「じぶん書店」がサービス終了
 電子書籍ストア「じぶん書店」は“自分の電子書店を簡単に開設できるサービス”として2017年にスタート。会員登録を行ったあと、講談社の電子書籍から自分が推奨するタイトルを選んで自分だけの電子書籍ストアを作るというユニークなスタイルで、作家が自らストアを立ち上げるケースも多かった。
 5月30日でサービス自体を終了するので、自分で購入した書籍の閲覧ができなくなる。代替として、2024年4月30日時点で購入済みの書籍については、QUOカードによる返金対応が5月12日まで行われた。

◆日販グループの23年度決算概要
 12億円の経常赤字を計上。なかでも取次事業は36億円の赤字。それ以外の海外事業、エンタメ事業は増収増益で26億円の利益を計上する見通し。2期連続赤字の取次事業の立て直しが最優先課題となっている。

◆「期間限定 謝恩価格本フェア」開催
 インターネットを通して5月14日〜7月16日正午まで開催。書店の棚にない本、全集、稀少本など出版社121社の約5300アイテムを、定価・価格の45%引きで販売。販売サイトは楽天ブックス: 謝恩価格本フェア https://books.rakuten.co.jp/event/book/bargain/shaon/ からアクセスを。
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2024年05月21日

【おすすめ本】新崎盛吾ほか『いま沖縄をどう語るか─ジャーナリズムの現場から』─本土との意識差 歴史継承の責務を問う=南 彰(琉球新報編集委員)

  「赴任するどころか、関連の取材や報道に携わった経験もほとんどない。沖縄に関わることを意図的に避け続けてきた」
 プロローグは、そう述懐する在京記者のファミリーストーリー。「観光地」以外の沖縄に向き合うことを無意識で避けている本土の人にも、自分ごととして引き寄せていく構成だ 。
 執筆したのは、沖縄の施政権返還50年目に法政大沖縄文化研究所が開いたシンポジウムに登壇した5人のジャーナリスト。シンポジウムでの発言を掘り下げて書き下ろしている。

 なぜ、「本土復帰」という表現を使わないのか。なぜ、復帰50周年記念式典での天皇の言 葉に「引っかかるもの」を感じるのか。 身近なエピソードを交えながら解きほぐす。
 そして、沖縄戦や日本復帰を生き抜いた先人たちの言葉が詰まっている。その一つが、2 007年の国会での安倍晋三首相と大田昌秀元知事の質疑だ。
 「安倍総理にとって沖縄とは何ですか」
 「沖縄の未来は大変素晴らしいものがあるのではないか」
 「私は大変暗いと認識しております」
 安倍政権は当時、辺野古新基地建設に向けた環境調査に自衛隊掃海母艦を派遣した。そ うしながら「未来は素晴らしい」と言い放った首相に、大田氏は「温度差なんていうもので はなく、人間的情感の問題だ」と語ったという。
 ジャーナリストが継承の当事者としての責務を負うことになった時代を示す一冊だ。(高文研1800円)
   
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2024年05月20日

【焦点】日本人女性の海外出稼ぎ売春が急増する3つの理=橋詰雅博

 今年に入って2件目の日本人女性を海外で売春させる犯罪グループが警視庁保安部に摘発された。売春あっせん容疑で5月9日に逮捕された3人は、約3年間で200人〜300人の女性を米国、オーストラリア、カナダなどの売春組織にあっせんし紹介料などとして総額2億円を得ていた。4月に逮捕された4人は2021年6月から3年間で同じく200人から300人の女性を米国、オーストラリア、カナダにあっせんし2億円売り上げていた。どちらも立ち上げた求人サイトを通じて女性を募っていた。

 警視庁が摘発に動いたきっかけは、米税関・国境取締局(CBP)や国土安全保障省などから昨春ごろ情報を提供されたからだ。日本人女性の違法な出稼ぎ売春が目に余るためCBPなどが対応したとみられる。今では「観光目的で来た」という日本人女性が一人で米国に入国しようとした場合、売春目的ではないかと疑われ、警察官から「なぜ一人で来たのか」「職業は何なのか」など質問攻めにあったうえにスマホの中身も徹底的に調べられる。何時間も拘束されて、疑いが晴れないときは入国を認められず、強制帰国させられるケースが少なくない。米当局ほど審査は厳しくないが、オーストラリアやカナダでも同じような対策をとっている。売春目的の渡航だと判断されたら米国では、日本の入管法にあたる移民国籍法に基づき以後10年間入国できなくなる。また入国後に摘発されたら不法就労となり国外退去となる。

 ここにきて日本女性の海外への出稼ぎ売春が増えてきたのはなぜなのか。5月11日に日本ジャーナリスト会議(JCJ)のオンライン講演に出演した『出稼ぎ日本人風俗嬢』(朝日出版新書)の著者・松岡かすみ氏は「海外出稼ぎ売春は10年ほど前から少しずつ見られた」としたうえで、コロナ禍を経て増加した理由を3つ挙げた。
 まず長引く不況と急速な円安による物価高などの影響で、日本の風俗業界では思うように稼げなくなった。海外の風俗店などの料金の方が日本と比べて何倍も高く、女性の取り分も多い。次に性の売買がカジュアル化し、貞操観念が薄くなり積極的に売春の世界に足を踏み入れる人が増えている。3つ目はSNSを始めデジタルテクノロジーの発展により個人が仕事≠直接受けられる環境が整ってきた。
 今後どうなるのかについて松岡氏は「この傾向は強まるだろう」と予測。出稼ぎ売春の加速は日本人のビザ発給の厳格化、現地での深刻な被害が表面化する危険性があると指摘した。

 「失われた30年」における日本経済の停滞のひずみが出稼ぎ売春に拍車をかけている。
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2024年05月19日

【JCJ広島支部スタディー&セッション(学習・交流会)】日鉄呉跡地 止めよう軍事拠点計画 5月25日(土)午後2時30分から5時 広島市まちづくり市民交流プラザ研修室

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■開催趣旨
 ここまで来たのか、戦争準備は! 海上自衛隊呉基地に近接する広大な日鉄跡地を防衛省が丸ごと買い上げ、多機能な複合防衛拠点として整備する計画が持ち上がりました。呉基地には来年3月、自衛隊の基地・装備の増強が急ピッチで進む沖縄・南西諸島へ要員や武器、弾薬などを運ぶために創設
する「海上輸送群」の司令部が設置されます。基地機能を格段に強靭化し、それをバックアップする「兵站」も備えた一大軍事拠点が呉に築かれようとしているのです。
 一方、海路で繋がる米軍岩国基地も先行して拡張・機能強化が図られ、米軍主導の対中国戦略に日本の自衛隊を組み込み、一体となって作戦を展開する態勢が着々と整えられています。
 翻って「国際平和文化都市」を名乗る広島に目を向けると戦後80年・被爆80年を前に平和行政の変質が露わとなり、いま世界で起きている戦争、紛争、とりわけイスラエルによるジェノサイドが続くガザの惨状にさえ沈黙し、核兵器使用が現実化しかねない状況にもはっきり「ノー」と言えないま
まです。
 こうした現下の情勢をどうとらえ、戦争への流れを止めるために私たちはどうすればよいのでしょうか。沖縄・岩国・呉・広島を結び、抗議や反対の声を上げ続ける人たちと報道する人たちが一般市民も交えて考えるスタディー&セッション(学習・交流会)に、みなさんの参加を呼びかけます。
■登壇者:
 ・〈呉〉日鉄跡地問題を考える会-----森芳郎さん 
 ・〈岩国〉瀬戸内海の静かな環境を守る住民ネットワーク----久米慶典さん 
 ・〈広島〉広島パレスチナ-ともしび連帯共同体----湯浅正恵さん
 ・〈沖縄〉うるま市「自衛隊訓練場設置計画の断念を求める市民の会」-----伊波洋正さん 
      沖縄タイムス記者-----又吉浅香さん  ※沖縄はオンライン参加

※会場とオンラインのハイブリッド開催となります

■会  場 :広島市まちづくり市民交流プラザ研修室
       広島市中区袋町6番36号
■資料代 :500円

■オンライン参加申し込みURL: https://forms.gle/qeG6pVTfQSPjGdZF9
  (上記URLでアクセスできない方はこちらにメール:fujigen@abelia.ocn.ne.jp)
■主  催:日本ジャーナリスト会議(JCJ)広島支部
■問い合わせ: E-mail:nrh39508@nifty.com 、090 9416 4055(井上)


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2024年05月18日

【おすすめ本】西村 章『スポーツウォッシング なぜ勇気と感動は利用されるのか』―スポーツの政治利用の裏側は 関係者の談話で綴る力作=鈴木耕(編集者)

 何か感じてはいるのだが、その正体がよく分からずモヤモヤすることがある。だがそれに名前が与えられて、ああ、そういうことだったのかと理解できた経験が、誰にでもあるだろう。まさに本書がそれである。

 本書のサブタイトルには「なぜ<勇気と感動>は利用されるのか」とある。権力や経済の黒い部分をスポーツの美や感動によって、うまく洗い落す。つまりウォッシング(洗濯)することで本質を覆い隠す。もっと端的に言えば、政治とスポーツの歪な関係を、著者はスポーツ・イベントの歴史を紐解きながら見直していくのだ。

 ナチス・ヒトラーによる1936年の「ベルリン五輪」、74年ボクシング「世紀の一戦」と呼ばれたモハメド・アリ対ジョージ・フォアマンのキンシャサの闘いの裏の、独裁者モブツ大統領の思惑。東西冷戦の政治に翻弄された80年のモスクワ五輪と84年ロサンゼルス五輪。更にはカタールでの22年のサッカーW杯の移民<奴隷労働>問題。裏金と人事とコロナで揺れた東京五輪は記憶に新しい。巨大なスポーツ・イベントの闇の深さに慄然とする。

 また著者は様々なアスリートやメダリスト、評論家や研究者たちにインタビューを繰り返す。これが実に面白い。元ラグビー日本代表の平尾剛さん(神戸親和大学教授)や女子柔道の山口香さん(筑波大学教授)らの提言には頷くことばかりだし、テレビと巨大イベントに歪んだ関係については本間龍さんの解説が腑に落ちる。ともあれ、本書は口を噤むアスリートたちへの熱いエールに満ちた新書なのである。
(集英社新書1040円)
           
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2024年05月17日

【月刊マスコミ評・新聞】大軍拡へ平和国家を揺るがす動き続く= 山田 明

  自民党派閥の裏金事件は、疑惑解明が進まず、国民の怒りは高まるばかりだ。裏金づくりは、党ぐるみの組織的犯罪だが、岸田首相は「党内処分」で幕引きを図るが、自民党の混乱は激しさを増している。
 岸田政権は3月26日、次期戦闘機の日本から第三国への輸出解禁を閣議決定した。朝日27日社説は「専守防衛を空洞化させた安保3文書に続く、国民的議論なき安保政策の大転換にほかならない」と批判する。同日の毎日社説も「平和国家の姿が問われる」と。読売社説が、この問題を報じていないのは、なぜなのか。

 このほかにも大軍拡、平和国家を揺るがす動きが続く。事故の究明なき欠陥機オスプレイの飛行再開、防衛省の防衛力の抜本的強化に関する有識者会議の軍拡増税推進、米軍との一体化を進める自衛体統合司令部創設、そして経済安保情報保護法案などだ。沖縄のさらなる基地強化、うるまに陸上自衛隊訓練場計画には、県民の怒りが頂点に達し、島ぐるみで反発のうねりが広がる(東京3月27日)。
 日銀は11年にわたる「異次元緩和」見直しを決めた。アベノミクスを修正するものだ。株価上昇の一方で、円安による物価高騰が国民生活を圧迫。小林製薬の紅こうじ健康被害も、アベノミクス成長戦略による規制緩和の「負の遺産」でないか(毎日3月31日)。

 日本維新の会は、軍拡や憲法改正の「旗振り役」だが、昨年夏頃から失速気味だ。きっかけは維新が主導してきた大阪・関西万博。開幕まで1年を切ったのに準備は遅れ、能登半島地震以降、国民の批判がさらに高まる。建築界のノーベル賞と言われるプリツカ―賞を受賞した建築家の山本理顕氏は、「地元・横浜のカジノ計画に反対して対案をつくり、大阪・関西万博も現在の計画に疑問を呈する」(朝日3月10日)。  

 山本氏が「IRのための万博」というように、大阪湾の人工島・夢洲の万博会場隣でIRカジノ工事が始まっている。夢洲でのインフラ整備は、万博だけでなく、IRカジノのためでもある。
 維新は大阪の「成長戦略」として、万博とカジノを推進してきた。軟弱地盤の夢洲で、底なしの財政負担が危惧されており、維新の政治責任が厳しく問われている。
      JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年4月25日号
 

      
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2024年05月16日

【裁判】名和前総長の敗訴確定 北大 解任手続きは闇=山田寿彦

 国立大学法人北海道大学の前総長、名和豊春氏(70)が「職員への過度な叱責」など28件の「非違行為」を理由に文科大臣に任期途中で解任されたことを不当とし、国と北大に解任処分の取り消しと経済的損失1466万円の支払いを求めた訴訟で、札幌地裁の右田晃一裁判長は3月13日、原告の請求を棄却する判決を言い渡した。名和氏は控訴せず、解任手続きの闇は解明されないまま1審判決が確定した。

 ありもしない「パワハラの公益通報」を材料に北大の顧問弁護士から辞職を迫られた脅迫≠ノ始まり、名和氏の弁明も聞かずに調査報告書が一方的にまとめられた不可解な解任劇。名和氏を辞めさせる謀議に関与した疑いのある元副学長らの証人申請を裁判長は却下した。「控訴審では審理不尽と判断され、地裁に差し戻される可能性がある」との見立てから弁護団は控訴に意欲を示していたが、名和氏から控訴断念の意向が伝えられた。

 判決は、被告北大の総長選考会議が文部科学大臣に対して行った解任申し出の手続きに瑕疵は認められず、非違行為の事実認定と評価は正当とした上で、「解任申し出に裁量権の逸脱・濫用は認められない」と結論付けた。
 
 裁判では解任手続きの違法性と非違行為の事実認定と評価が主要な争点となった。証人尋問では北大側の申請証人15人が非違行為について証言。名和氏は自身の尋問で逐一反論したが、判決は北大側証人の証言を全面的に採用した。手続きの違法性をめぐる審理には事実上踏み込まなかった。

 名和氏の弁護団は判決について、「証拠に基づかない不合理、非常識な事実認定が顕著なずさんな判決。法人化後の大学の自治の内容、総長解任手続きの適正(弁明権の保障)、総長解任シナリオの作成者は誰かなどが問われた重要事件だったが、裁判所には問題意識、追求姿勢が見られなかった」と厳しく批判した。

 名和氏は「大学の自治の内容や解任手続きの過ちを追及することなく、北大の主張を丸ごと追認する不当な判決だ。控訴も考えたが、解任がなくとも私の任期は終わっており、一研究者・教育者に立ち戻り、裁判については区切りをつけることにした」とのコメントを発表した。
       
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年4月25日号
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2024年05月15日

【出版トピックス】海外に目を向け進出する日本の出版界=出版部会

 ◆ペンクラブが声明「国会の空洞化に抗議」
 日本ペンクラブ(桐野夏生会長)は9日、「国会の空洞化に抗議します」と題する声明を発表した。その内容はペンクラブ内にある4つの委員会が、政府が進める法案や緊急テーマについて、危惧される課題や審議の不足などを指摘し警鐘を鳴らしている。

 政策言論表現委員会は、「経済安保秘密保護法の廃案を求める」意見書をまとめ、秘密の範囲があいまいで、民間人の人権を侵害し、報道の自由に制約をかける恐れがあると指摘した。

 獄中作家・人権委員会は、6月10日に全面施行される「改定入管難民法」の問題点を詳細に指摘し、外国人排斥・外国人嫌悪があることを深く憂慮すると表明した。

 女性作家委員会は、「共同親権法」について、DV被害者を追い詰め、子どもの意思や権利が損なわれる法案であるとし、廃案を含め慎重かつ十分な国会審議を求める意見書をまとめた。

 環境委員会は、原発の廃炉のめどさえ立っていないのに、再稼働を急ぐ政府や、気候変動、食糧自給、地域経済の疲弊、森林や海の異変など、重要な政治課題について、国民の合意を得るような議論が進んでいない。国会をはじめ、政治の活性化を訴えると表明した。

 桐野会長は会見で、国境なき記者団が3日に発表した「報道の自由度ランキング」で、日本は70位だったことを挙げ、「日本の言論表現の自由が危機的な状況にある中で…いちばん議論しなくてはいけない国会の場で、最も言葉が軽くなり中身のある議論がされていないのではと危惧している」と訴えた。

◆日本の漫画5万点をAI翻訳で輸出へ
 AI(人工知能)翻訳を使って日本の漫画輸出を5年間で3倍以上に増やす、官民共同の取り組みが始まる。小学館や経産省が所管する産業革新投資機構(JIC)系など10社は、AIで漫画を翻訳する新興企業に29.2億円を出資。翻訳速度を最大10倍に高めて漫画の輸出作品数を増やし、日本のコンテンツ産業の成長を促す。
 AI翻訳を担う新興企業のオレンジ(東京・港区)が、7日に小学館などからの出資の詳細や漫画の輸出計画の概要を発表した(日経新聞5/6)。
 漫画の吹き出しに特化して翻訳するAI翻訳には、これまで東京大学発ベンチャーで大日本印刷も絡んでいる「Mantra」が、1.5億円の資金を調達して発足している。主に集英社の漫画作品を多言語サイマル配信している。
 今回の新興企業のオレンジが調達する資金額は「Mantra」の20倍。翻訳だけでなく、自ら海外向け電子書店の運営をするという(HON.jp News Blog 鷹野)。

◆「ツタヤブックストア」カンボジアに進出
 日本の出版社・書店が海外進出を加速させている。CCCと双日の合弁会社「ツタヤブックス マレーシア」は、2034年までにカンボジアで「ツタヤブックストア」を6店舗出店する。その第一歩として、2025年にカンボジアの首都プノンペンで1号店をオープンする。
 カンボジアは安定した経済成長を続け、今後も人口増加が予測されている。しかも通貨に日本国旗が印刷されるほど、親日国家であることを踏まえ、契約締結と「ツタヤブックストア」の進出が決定した。
 これまでにCCCは台湾に計11店舗、中国本土に計12店舗、マレーシアに計2店舗出店している。今後はアジア太平洋地域におけるビジネスの強化を図る計画という。

◆「無書店」の自治体が全国で28%
 この3月の調査によると日本全体で書店が一つもない「無書店」の自治体は、全国で27.7%(482自治体)を占める。1書店以下の自治体は47.4%(825自治体)に上る。書店や取次、出版業者らで作る出版文化産業振興財団(JPIC)の調査で判明した。
 また日本書店商業組合連合会(日書連)の加盟書店数は2536店(4月1日現在)、前年比129店減、12店の新規加入があったが141店が脱退。加盟書店数は1986年の1万2935店をピークに37年連続で減少。組織の規模はピーク時の2割弱まで縮小している。

◆紙の出荷量ピーク時の半分 に
 ペーパーレス化が進み、紙の需要は減少が続く。昨年度の国内出荷量は948万トン。初めて1000万トンを下回り、2007年度のピークからおよそ半分に落ち込んだ。
 背景にあるのは、ペーパーレス化やデジタル化の拡大で、製紙業界やオフィス向けの複合機業界では、原材料の調達や生産面での技術協力などで提携する動きが進む。事業再編や業界再編の動きが加速するのは避けられない。
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2024年05月14日

【フォトアングル】最高裁の不受理に抗議 代執行許さず=2日、最高裁西口で、酒井憲太郎撮影

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 辺野古基地の工事設計変更で、国が県に代わり執行するとの決定に反対する沖縄県の訴えを、最高裁が上告を受理しないと決定したことに抗議する最高裁前行動が行われた。「埋め立て許さない」の横断幕を掲げ、「代執行訴訟の最高裁による上告不受理を許さないぞ」「沖縄の民意を踏みにじる代執行を許さない」などとシュプレヒコールに80名が参加した。主催は戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会など三団体。
   JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年4月25日号
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2024年05月13日

 【おすすめ本】松岡かすみ『ルポ 出稼ぎ日本人風俗嬢』─表面からは窺い知れない実態と権利擁護の難しさ=坂爪真吾(NPO法人「風テラス」理事長)

 本書は海外で出稼ぎを行う日本人風俗嬢たちの仕事内容、出稼ぎに至る経緯、海外での暮らしぶりなどを詳細に綴ったルポルタージュである。
 「出稼ぎ」という言葉にはカジュアルな響きがあるが、その実態は完全な不法就労である。売春を合法化している国もあるが、不法就労の外国人女性が働くことまで許している国は存在しない。

 本書には、海外で出稼ぎ売春経験のある女性たちが登場する。それぞれの女性の語りの中には、確かに頷ける部分や共感できる部分もある。しかし、少なくとも海外での不法就労による売春行為を、社会的に擁護・正当化できるようなエピソードやロジックは、まったく出てこない。
 女性たちが海外での売春に駆り立てられる理由を、きちんと言語化しないと、「不法就労だから摘発しろ」で終わってしまう。仮に言語化できたとしても、「とはいえ不法就労だから摘発しろ」の声は消えず、同じ結果になる可能性は高い。

 売春が法律で禁止されている国での性労働従者の権利擁護が、難しい理由はこうした点にあるのだろう。当事者を支援すること自体が、不法就労に加担することになり、違法な仕事を黙認・斡旋していると見なされてしまう。
 そう考えると「風俗」という合法的なカテゴリーがある日本は、海外に比べて性産業従事者の権利を、守りやすい国なのではないだろうか。
 日本の「風俗」を嫌って海外に飛び出した女性たちのルポルタージュから見えてくるものが、むしろ日本の「風俗」という枠組みこそが、女性たちを法的・社会的に守ることができるという現実は、なんとも皮肉なことである。(朝日新書870円)
   
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2024年05月12日

【オピニオン】新NISAで[経済格差]が加速 貧困層に無縁な投資話=木下寿国

 絶対にやったほうがいいよ」−−。先日7年ぶりに開かれた田舎の同窓会に出席した折、小中学校時代を通じて常に成績の一番良かった友人が新NISAを推奨していた。

 人には、それぞれ人生のステージに応じて興味を持ちやすい話題があるようで、その日は、それが投資話だったということだ。どこそこの株式を買えば得だといった話に加え、件の友人が入れ込んでいたのが、今年からスタートした新NISAだった。
 たしかに大金持ちでもないわれわれが、苦しくなるばかりの世の中で、手持ちの虎の子を少しでも増やしたいという気持ちは、とりわけこの歳になってみればよくわかる。口を極めて非難するのもどうかと思われるが、投資で得られる利得というのはしょせん不労所得、褒められたものではないとも思う。ただ、そんな紋切り型の批判を口にしたところで、夢中になっている彼らを説得することはできないだろう。

「貯蓄から投資へ」を標ぼうする政府は、1月から新NISAを始めた。『文芸春秋』5月号の「伝説のサラリーマン投資家が明かす個人資産800億円の投資術」は、新NISAを「投資の利益に対する課税がゼロですから『やらなきゃ絶対に損』という夢のような制度」だと持ち上げている。
ところが同記事を読み込んでいくと、結局、その場その場であらゆる状況に注意を払わねばならず、いわゆるこれだという単純な「投資術」なるものはないことがわかる。

 経済評論家の荻原博子氏は、プレジデントオンラインの記事で、新NISAについて「おやめなさい」と警告している(「金融庁の右肩上がりの新NISAグラフは無責任」)。株は上がるばかりではなく下がることもある、「落ちてもまた戻るなんて誰にも保証できない」「銀行や証券会社も、値下がりしても責任をとってはくれません」などと、反対の理由をいろいろと述べている。
 筆者も、その通りだと思う。ただ、この制度の本当の問題は、そうした技術的な課題よりも、もっと別のところにあるような気がする。それは、新NISAも含め投資という仕組み自体がきわめて不公平なカラクリの上に成り立っているものだということだ。

 新NISAは投資利益に課税されない。そこだけを見れば、政府は極めて気前が良いように見える。本来課税すべき分を負けてやっているのだから。しかし全体を見回してみれば、政府は決して誰に対しても気前よくしているわけではない。対象は、投資をしてくれる人や投資ができる裕福な人たちだけなのである。では、彼らに負けてやった税金はどうするのか。言うまでもない。貧困層も含めた一般国民から徴収した税金で賄っているのである。 

 これは、明らかな所得移転といえる。少々極端な言い方をすれば、貧乏人の苦労の上に成り立っているのが、新NISAという不公平かつ不公正な仕組みなのではないか。こうしたことを推し進めていけば、待っているのは国民経済の一層の二極化だろう。それは、亡国の道でもある。
岸田首相は登場してきたとき、「新しい資本主義」とか「成長と分配の好循環」などのスローガンを掲げていた。まるで小泉政権以来の行き過ぎた新自由主義路線を是正しようとするかのように。ところが、いまやっていることは、まさに強欲資本主義の王道そのもののように見えてならない。
木下寿国
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