日朝問題で「朝日新聞」がスクープを報じたのは、2023年9月29日だった。1面トップ記事は白抜きで「日朝、今春2回の秘密接触」と見出しにした。その横には「東南アジアで その後の交渉 停滞」と場所と現状を示した。「高官の平壌派遣 一時検討」ともある。さらに3面では「拉致『解決済み』変わらず」「北朝鮮、正常化交渉に前向きな場面も」「水面下の接触 断続的に続く」と解説が続いた。メディアの日朝問題担当者だけでなく、拉致問題に関心ある者にとっては驚く内容だった。業界言葉でいえば「ぶっちぎりのスクープ」だ。この記事の最後に(鈴木拓也)と筆者名がある。
この「スクープ記者」がこれまでの日朝問題をまとめた。外交交渉、拉致問題、アメリカ、ロシア、中国、韓国などの国際関係から北朝鮮を分析した著作はこれまでも多い。だが本書の最大の特徴は、筆者の記者歴を反映して、外交官、政治家、北朝鮮元高官、韓国の情報機関関係者、帰国した拉致被害者たちに直接取材していることだ。2002年9月の小泉純一郎首相の訪朝で拉致問題に大きな風穴が開き、停滞の期間を経て2014年5月にストックホルム合意が成立、再び停滞して10年が経った。
2024年のいま、再び日朝交渉の歯車が動き出したものの、北朝鮮の拒絶によって扉は閉じられてしまった。これからの日本政府と北朝鮮政府の交渉はどのように行われるのか。本書を読めば、外交の現場に立ちあったような臨場感を経験できるだけでなく、打開への方向が重層的に理解できる。北朝鮮側で田中均氏に対応した「ミスターX」の宿命、その後継者が突然に消えてしまった事実を記録したことは圧巻だ。(朝日新聞出版、1700円)