2024年06月19日

【経済】歴史的な円安 貧しくなる日本 経常収支に構造的変化 デジタル分野の赤字拡大 債権取り崩し国になる恐れ=志田義寧

成長への戦略
怠ったツケが

 歴史的な円安が続いている。この背景には、日米金利差の拡大や新NISA(少額投資非課税制度)による円売り/ドル買い需要など様々な要因があるが、海外とのモノやサービス、投資の取引状況を示す経常収支に構造的な変化が生じていることも見逃せない。輸出は自動車の一本足打法になりつつあり、デジタル分野の赤字は今後さらに拡大することが予想される。超低金利のぬるま湯に浸かり、成長戦略を怠ってきたツケが回ってきた。

為替への介入
焼け石に水だ

 ドル/円は4月29日に一時160円台まで上昇、34年ぶりの円安水準をつけた。その後、151円台まで押し戻されたが、足元では再び円安が進んでおり、この原稿を書いている5月10日午後7時現在は155円台後半で取引されている。
日銀当座預金の変動要因を見ると、151円台に下落する過程では、政府・日銀が8兆円規模のドル売り/円買い介入を実施したもようだ。しかし、いくら実弾を投入しても、日米金利差や円をめぐる構造的なフローに変化がなければ、それらを理由にした円売りは続く可能性が高い。

海外投資収益
国内還流せず

 円安圧力を生み出している要因の一つが経常収支の変化だ。財務省が5月10日に発表した2023年度の経常収支は25兆3390億円の黒字と、過去最大の黒字となった。これだけを見れば円高要因だが、内容を見ると状況は異なる。
海外との投資のやり取りを示す第一次所得収支は35兆5312億円の黒字だった。このうち直接投資収益の黒字は20兆7974億円にのぼるが、この半分超は再投資収益として海外にとどまっており、以前に比べて収益が国内に還流しにくい状況になっている。経常収支の黒字イコール円高要因という構図は過去のものとなりつつある。

自動車の依存
強まる輸出へ

 一方、貿易収支は3兆5725億円の赤字と、3年連続の赤字に陥った。電気機器は23年に初めて輸入超過を記録するなど、日本企業のお家芸だった輸出では自動車依存が強まっている。これは自動車に匹敵する高付加価値製品がないことを意味する。経済成長を支えた貿易立国はもはや風前の灯だ。
 さらに懸念されるのが、サービス収支の変化だ。サービス収支はこれまで、インバウンド(訪日外国人)による黒字のみがクローズアップされていたが、最近はネット広告やクラウドサービスなどデジタル分野の赤字を懸念する声が目立っている。23年度のサービス収支は2兆4504億円の赤字だが、足を引っ張ったのが通信・コンピュータ・情報サービスやコンサルティングサービスなど高付加価値系「その他業務サービス」の赤字だった。これらはインバウンドで潤う旅行収支の黒字4兆2295億円を打ち消す規模となっている。
日本企業が超低金利にあぐらをかいている間に、米巨大IT企業はデジタルサービスの世界戦略を着々と推し進め、日本企業はもはや米IT企業なしに事業を展開できない状況になっている。今後、DX(デジタルトランスフォーメーション)化が進展していけば、デジタル分野の赤字はさらに拡大する可能性が高い。

急成長新興国
追い抜かれる

 日銀が無理な金融緩和政策を続けた結果、円の価値は棄損しかねない状況になり、投機筋に円売りの口実を与えてしまった。この間、実際に円安が進んだことで対外購買力が低下、日本は相対的に貧しくなった。国際通貨基金(IMF)の予測によると、日本の2024年の1人当たりの名目GDPは3万3138ドルで世界38位、主要7カ国(G7)の中ではダントツの最下位となっている。1位の米国は8万5372ドルで、その差は2・5倍に及ぶ。
 さらに超低金利で大量発生したのがゾンビ企業だ。この結果、生産性は低空飛行が続き、経済成長に不可欠な新陳代謝も起きなかった。
 経済産業省は4月に公表した経済産業政策新基軸部会の第3次中間整理(案)で、「失われた30年」と同じやり方が続けば、日本の実質賃金・GDPの成長は横ばいにとどまり、2040年には新興国に追いつかれ、海外と比べて「豊かではない」状況に陥る可能性が高いと警告している。
 経常収支の状況を見ると、日本は現在、対外競争力の低下による貿易・サービス収支の赤字と積み上げた対外債権から生じる所得収支の黒字が併存する「成熟した債権国」の段階にある。しかし今後、高齢化がさらに進めば、民間部門の貯蓄超過が縮小し、経常黒字は縮小していく可能性が高い。その先にあるのが、経常収支が赤字となる「債権取り崩し国」だ。そうなれば資金不足を海外投資家に依存する構図となり、国家財政を支えられなくなるリスクが出てくる。そうならないためにも、アベノミクスで不発だった成長戦略を強化し、産業構造の転換を急ぐ必要がある。もはや一刻の猶予も許されない。   
    JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年5月25日号
posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする