2024年08月04日
【24緑陰図書―私のおすすめ】実体験から「人質司法」の是非を問う=本間龍(ノンフィクション作家)
角川歴彦氏の新刊『人間の証明 勾留226日と私の生存権について』(リトルモア1200円)を興味深く読んだ。
21年に開催された東京五輪では、その後の22年に20人近くが汚職・談合容疑で逮捕、起訴された。当時K A D O K A W Aの会長だった歴彦氏もその一人であった。
殆どの関係者が容疑を認めて保釈される中で、歴彦氏は一貫して容疑を否認したため、保釈請求は三度も却下され、勾留は226日に及んだ。容疑を認めない者は懲らしめの意味も含めて保釈しないという、悪名高き我が国の「人質司法」の犠牲となったのだ。本書は、前半で長期に及んだ東京拘置所での生活を描き、後半では人質司法の問題点をつぶさに検証している。
検察は、K A D O K A W A社内の構造上、逮捕された元専務や室長たちが、会長だった歴彦氏の指示のもと、元電通専務の高橋治之氏に賄賂を渡したという筋書きを作った。これに対し、歴彦氏はそもそも五輪参加には全く興味がなく、従って指示など一切出してはいないと主張している。だが本書では容疑の中身についてはあまり触れられず、過酷な勾留生活の記述が大半を占める。
私も約20年前に事件を起こし、裁判終結までの約210日間、東京拘置所に勾留された。それ以前に三田警察の粗末な留置場で約四カ月過ごした私にとって、新築されたばかりの東京拘置所(当時)は清潔で過ごしやすいと感じたが、高齢で持病もある歴彦氏にとっては、地獄のような場所であったようだ。
故に、拘置所内での理不尽に満ちた生活描写は鬼気迫るものがある。何よりも、自らの潔白を固く信じる歴彦氏にとって、無実の人間の自由を奪い、人間としての尊厳を踏み躙る拘禁処遇は耐えられないものだった。
こうした人権無視の処遇への強い怒りが、自白して罪を認めなければ永遠に保釈されないという人質司法に対し、我が国初の「人質司法違憲訴訟」を提議する原動力となった。贈賄容疑の裁判の行方は別として、長年問題になっていた人質司法に対し果敢に挑戦する姿勢に、言論人としての確固たる信念を見た。