2024年12月28日

【月刊マスコミ評・出版】偽情報とディープフェイク、国民生活の困窮=荒屋敷 宏

 文春ムック『文藝春秋オピニオン 2025年の論点100』は、アメリカ大統領選挙の結果が出る前に印刷したため、トランプ氏かハリス氏か、誰が当選してもいいように編集されている。
 『世界』1月号(岩波書店)の特集「そしてアメリカは去った」で、酒井啓子、三牧聖子、川島真の3氏による座談会「戦争を止められるか―『国際秩序』の果てから」は、現在の国際情勢を手際よく整理している。戦争を止めることは、ジャーナリズムにとっても、最大の目標であろう。
 「現在、世界的に政権与党に逆風が吹いており、それはアメリカも例外ではありません」(三牧氏)、「中東諸国は、ガザ紛争に関しても冷静に見ています」(酒井氏)、「中国は先進国と非先進国という対立軸で世界を見て、中国自身がグルーバルサウスの中心にあると認識しています」との指摘に学びつつも、国際秩序を動かす力に言及しない点が気になった。

 アメリカ大統領選挙の分析については、『地平』1月号(地平社)の緊急特集「アメリカ選挙と民主主義」が参考になる。内田聖子氏の「偽情報とディープフェイク―もう一つの大統領選」は、SNSなどのネット上の言論空間について「『ネット選挙』『SNS戦略』として矮小化してはならない、政治の質をも変えていく大規模のプロジェクトであり、日本でも起こりうる」と警鐘を鳴らしている。なるほど、兵庫県知事選挙などを想起したくなる。
 内田氏は、今回のトランプ勝利が他国の市民社会に大きな影響を与えていることを強調したうえで、米国における白人男性至上主義の根深さを指摘する。白人男性至上主義を増殖させ、拡散する媒介を果たしたのがSNS上の言説や偽情報、ディープフェイクだったというわけだ。
 重要な論点だが、SNSだけでトランプ氏の勝利に結びついたかというと、疑問が残る。

 『前衛』1月号の萩原伸次郎氏「ドナルド・トランプ前大統領は、なぜ返り咲きに成功したのか?−画餅に帰したバイデン・ハリス政権の経済政策」は、ハリス氏敗北の最大の要因が急激なインフレによる国民生活の困窮にあるとの説を論証しようとしている。
 国際秩序や選挙の結果の背景にあるのは、それぞれの国の国民生活、市民社会であり、世論である。資本主義社会の行き詰まりという論点を打ち出している論者もいるのだから、出版界は、除外しないで俎上にのせてほしいものだ。
           JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2024年12月25日号
posted by JCJ at 01:00 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする