二人の命を奪う事件を起し、35年間も服役した男性と出会い、「社会のために、ぜひ僕の話を聞いてほしい」との願いを受け、語られた男の人生に著者は息を呑んだ。そこから紡ぎだされた記録が本書である。
男は北海道の漁村に生まれ、アイヌの血を引いているため、差別と貧困に苦しんだ。さらに不仲だった兄が殺され、犯罪被害者の身内となる。落胆した母は病死し、この理不尽な日々を歯ぎしりしながら過ごしてきた。
町を彷徨するうちに覚せい剤に手を出し、やがて前後不覚の状態で、名も知らぬ二人を殺害してしまう。
ここから35年の獄中生活が始まった。塀の中にあっても差別やいじめがあり、社会のねじれや歪みに思いを巡らすようになった。生きなおしたいと渇望し、模範囚となるよう勤めてきた。その結果、無期懲役囚としては、極めて異例の仮釈放を勝ち取った。
著者が男性と出会ったのは、刑務所関連のイベント会場だったという。著者は現役の新聞記者でありながら、社会福祉士の資格を持ち、ソーシャルワーカーとしても活動している。最初の関心は男が罪を犯すまでに、福祉関係者と連絡が取れなかったのか。日本の福祉行政の是弱性が気になっていたからだ。
そして次第に「悲しい事件を、悲しい被害者を二度と生み出さないために」「教訓は社会で共有していいのではないか」との思いに行きつく。まさに新聞記者の視点だ。
著者は長くアイヌ民族の差別問題も取材してきた。常に社会の片隅に生きる人々を見据える姿勢が結実した一冊。(論創社1800円)