新聞の「常識」から外れた、「異端」の記者と編集者の苦悩を鮮やかに描いた。取り上げたのは福岡、沖縄、秋田、岩手、兵庫、広島に本社を置く6地方紙と朝日新聞。新聞協会賞に輝いた記事もあるが、成功譚ではない。
西日本新聞の章を紹介しよう。1992年2月、福岡県内の山中で小学生の女児2人が絞殺体で発見された。同紙は8月、「重要参考人浮かぶ DNA鑑定で判明」とスクープ、さらに福岡県警が2年後の94年9月にその男性参考人を逮捕する前日にも特報した。その後、男は死刑が確定し、2008年10月に執行された。
物語は9年もたった17年、事件当時の報道に関わった記者の一人が取締役編集局長に就任して動き出す。彼は、逮捕の決め手となった当時最新だったDNA鑑定の証拠能力が08年に否定され、悔恨にも似た気持ちを引きずっていた。冤罪だったのではないかと。そして、既に確定した裁判を検証する企画記事の連載を提案したのだ。
それは、自らのスクープの否定を意味する。当然、社内の反発は強かったのだが―。
「異端」は「正統」の作法を逸脱していると批判される。しかし、本書に登場する記者たちこそ、むしろ正統なのではないか。そこにあるのは、読者が知りたいこと、知るべきことを伝えたいという一念。SNS上にフェイクニュースがあふれ、既存メディアの信頼が揺らいでいる今、著者は「読者に対して誠実に」という原点の必要性を訴えたかったのだろう。(旬報社1700円)