2025年03月02日
【焦点】発がん性物質 PFOA濃度のトップは摂津市の地下水 汚染源はダイキン工場 国・自治体は動かず 第二の水俣病の恐れも 中川七海氏オンライン講演=橋詰雅博
人工的につくられ自然界で消滅しない有機フッ素化合物「PFAS(ピーファス)」。1万種以上あるうち「PFOS(ピーフォス)」と「PFOA(ピーフォア)」は発がん性物質。泡消火剤の原料のPFOSは在日米軍基地や自衛隊駐屯地などから、一方、プライパン、食品包装紙などの製造で使用のPFOAは工場からそれぞれ漏出。2つの有害物質は地下水や河川、水道水、農作物などを汚染している。特に毒性が強いPFOAに関し環境省は濃度の全国調査を実施。2020年6月に公表した結果のトップは、1gあたり1812ナノcの大阪府摂津市の地下水だった。ジャーナリストの中川七海氏は、このケタ外れの値の汚染源はどこかと追及。昨年10月刊行の著書『終わらないPFOA汚染』(旬報社)は21年春からの取材の成果だ。息を抜かず取材を続ける中川氏は1月13日、公害PFOA≠ノついてJCJオンライン講演で報告した。
中川七海氏は、調査報道を手がけるネットメディア『Tansa』の記者。元朝日新聞記者の渡辺周氏が2017年に立ち上げた。企業や行政からの広告費は一切受け取らず、個人のカンパと、編集に不介入の主に海外の基金や財団からの寄付で運営している。専従メンバーは新たに2人が加わり計5人に。中川氏はこれまでPFOA汚染だけで記事約80本を発信した。
大気も汚染し拡散
本題に入ろう。環境省が20年暫定目標値と定めたPFOSとPFOAの合算値1gあたり50ナノcの36倍もの高濃度の摂津市の地下水汚染源は、すぐに判明した。市内のPFOA製造工場、ダイキン工業淀川製作所だ。中川氏は「1960年代後半から2015年までの少なくても45年間もダイキンはPFOAを製造・使用していた」と語った。工場からのPFOAを含む排水は、河川、農業用水、地下水、井戸水、土壌などを汚染した。煙突から排出された粉塵や揮発性ガスに混じるPFOAは大気も汚染し拡散。
25年前米国調査
水や油を弾き、熱にも強いPFOAを米大手化学メーカー、デュポンの社員が1938年に発見し50年代から米国は焦げ付かいプライパンを始め防水スプレー、撥水性の衣服、ハンバーガーの包み紙など広い用途に使っていた。だが米環境保護庁(EPA)は、このドル箱を生む化学物質≠フ使用にブレーキをかけた。PFOAの人体への悪影響を懸念し調査が必要と2000年に公表。デュポンと並ぶ大手化学メーカー、3Mは危険性を認め2年後に市場から撤退した。
デュポンは有害物質という事実を隠蔽し製造を続けた。02年、PFOAに汚染された水道水の健康被害を訴えるウェストバージニア州の住民数千人が集団訴訟を起こした。住民側に7000万ドル(約80億円)をデュポンが支払うことで04年に和解した。さらに和解に関しでデュポンはPFOA疫学調査費用500万ドル(約5億8000万円)負担させられた。
6疾患を誘発する
独立の調査会が行った米国市民7万人の調査結果は12年に発表した。PFOAが誘発する6疾患は@妊娠高血圧ならびに高血圧腎症、A精巣がん、B腎細胞がん、C甲状腺疾患、D潰瘍性大腸炎、E高コレストロール―。
ダイキンも2000年には、内部文書で社員のPAOA曝露を懸念している。
「入手した平成12年9月18日の業務報告書に『データとして粉を扱う箇所、特に粉の状態で取り出しを行う箇所については測定濃度が高く曝露が問題となるであろう』と書かれていた」と中川氏は指摘する。
にもかかわらずダイキンはPAOAの危険性を住民に知らせず、何食わぬ顔で製造を続けた。中川氏は21年11月ごろからダイキンに繰り返し取材。PFOA曝露を社内文書に載せた2000年当時、なぜ製造をやめなかったのかの質問に対し広報担当の芝道雄氏は『急にやめられないですよね。これだけの文明生活を維持するには』と答えた。そして『健康被害が出ていて因果関係がわかれば50年前であっても責任をとる』と住民への補償を明言した。PFOA製造で会社を急成長させた井上礼之(のりゆき)元会長の自宅前で本人に直撃インタビューもした。執行役員の平賀義之氏は『弊社が原因の一つになっていることには間違い無い』と汚染源の一つであることを認めた。ダイキンから補償と汚染源発言を引き出せたのは中川氏の後に引きさがらない徹底した取材が功を奏したのだ。
日本では10年にPFOS、11年後の21年にPAOAも製造・輸入が禁止された。世界保健機構(WHO)は、23年12月、PFOAは「発がん性がある」PFOSも「発がん性の可能性がある」と認定した。
「大阪PFAS汚染と健康を考える会」は大阪府内の住民1190人の血液検査を実施した
血中濃度を発表
PFOAによる健康被害を恐れる摂津市民、淀川製作所に隣接の大阪市東淀川区民らが立ち上がる。その代表格の団体が科学者、医師、市民からなる「大阪PFAS汚染と健康を考える会」。長年PFAS汚染問題に取り組む京都大学の原田浩二准教授と小泉昭夫名誉教授の協力を得て実施された大阪府内1190人の血液検査の分析結果を24年8月に同会は発表した。
摂津市民のPFOA平均値(183人)は全国平均の4・5倍の9・8ナノc/ml、摂津市民+東淀川区民(311人)の平均値も3・7倍の8・1ナノc/ml。ダイキン淀川製作所の周辺住民はPFOAの血中濃度が高いことが証明された。
しかし国は規制に動かない。大阪府も摂津市も対策に前向きではない。相手が大企業のためかマスコミも報道に消極的だ。「健康被害を認識していない」とダイキンは主張を曲げない。
公害温存システム
中川氏は「有害物質を排出する企業があるので公害という問題が起きているのではない。それを傍観する国と自治体、モノ言わぬメディアが絡んでいる。こういう公害温存システム≠ェあるのを知っていただきたい」と語った。
PFOA汚染は全国あちこちで表面化している。小児科医でもある立憲民主党の阿部知子衆院議員は「第二の水俣病になるのではないかと懸念を強くしています」と国会で警鐘を鳴らした。
「市民が勇気をもって立ち上がれば、公害温存システムは崩せる」と中川氏は市民の奮起を期待した。
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注目されている岡山県吉備中央町の水道水PFAS汚染問題なども中川氏は取材中です。その報告は3月号で掲載します。
JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2025年1月25日号