2008年10月09日

解散への道筋つけられず迷走する国会審議=麻生首相 答弁ミス連発

 8日の衆院予算委員会。東京新聞が、「内閣 醜態 首相、答弁ミス連発予算委」(9日付)の記事で、麻生首相の答弁ミス連発を伝えた。(JCJふらっしゅ「Y記者のニュースの検証」)

――七日に質問に立った民主党の岡田克也副代表が、福田康夫前首相が日本独自の長期目標として打ち出した「二〇五〇年までに60−80%削減」について「認識は共通か」と尋ねたのに対し、首相は「25から40(%)じゃないの?」と、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が掲げる中期目標と混同。すぐ訂正したが、今度は、この独自目標を「(国際的に)合意されている」と勘違い。岡田氏を「心もとない」とあきれさせた。このほか天下り問題では、年内に設立予定の「官民人材交流センター」について「昨年設立された」と事実誤認。自ら〇九年度実施を明言した基礎年金の国庫負担引き上げに必要な額についても、あいまいな答えしかできなかった。――

 同記事は、<首相は予算審議で、景気重視の「麻生カラー」をアピールする構えだったが、「失言恐怖症」に勉強不足が加わっては、とてもかないそうにない>と指摘している。
 また、海上自衛隊によるインド洋での給油活動を、来年1月以降も継続するための新テロ対策特別措置法(給油新法)改正案。各紙が伝えたが、同紙は「給油新法改正案成立へ 民主が採決容認 与党、再可決の方針」(9日付)の記事で、「同改正案は十日に衆院テロ防止特別委員会で審議入りし、二〇〇八年度補正予算案成立後、今月下旬にも衆院通過する見込み」と伝えた。

 その理由については、「民主党が同改正案の早期採決に応じる考えを表明したため。これを受け、自民、公明両党は同改正案の参院での否決後、衆院で三分の二以上による再可決で成立を図る方針だ。公明党は当初、再可決には慎重だったが、民主党の採決容認を受け、懸念していた国会の混乱は回避されると判断した」と、簡潔に報じている。

 いまの国会での与野党の攻防をどのようにみるか。解散はいつ行うべきなのか、どこまでインド洋上の自衛艦による給油や緊急性をおびた経済対策等の審議を深めるべきなのか。麻生「選挙管理内閣」の発足で、いずれの陣営も浮き足立っているのだろうか。それとも自公政権与党が、微細にタイミングをはかりながら、主導権を握ることで優位性を手にしようとあせっているために、わかりにくい状況が生まれているのか。

 9日付の東京新聞社説は、<『補正』成立へ まだ解散をためらうか>と題して「論戦では総選挙を意識し激しい言葉が飛び交うが、すれ違いが目立つ。主要争点は出そろった。国民の審判に委ねるときだ」と提言している。
 そして、<景気対策や汚染米、消えた年金、「政と官」の関係、インド洋での給油継続…。争点は出そろった。政権選択の戦いにふさわしい旗印を示し、審判を受けるのがあるべき姿だ。補正予算成立後に速やかに解散するのが肝要だろう><民主主義の原点をこれ以上ないがしろにしてはいけない>と促している。

 また北海道新聞は9日付社説「予算委審議 上滑りの応酬が目立つ」で、<政府・与党と野党が互いに何を争点に据えようとしているかは浮かび上がった>と指摘しつつ、<残念なのは、争点が設定されても論議がかみ合わない場面が多かったことだ。首相が肝心なところで逃げの答弁に終始したためである>と、衆院予算審議の内容を振りかえる。

 首相側の対応について、<選挙を前に言質を取られたくないということなのだろう。だが、野党の追及をかわし、論議の深入りを避けていては、首相が訴えたい政策まで説得力を失う>と麻生氏の消極姿勢を指弾して、<衆院予算委では、年度内実施を決めた定額減税の規模と財源もはっきりさせなかった。そこが丁寧に説明されなければ、議論は形式的なものに終わらざるを得なくなる>と分析する。そして、参院の審議では正々堂々たる質疑を期待したい、と結んだ。

 また、毎日新聞は9日付の社説に「給油延長問題 解散の駆け引きに使うな」を掲げた。
 来年1月に期限が切れる海上自衛隊のインド洋での米艦船などに対する給油活動を1年間延長するための新テロ対策特措法改正案が、今国会で成立する見通しが強まったことについて、野党が多数を占める参院では否決されるが、自民、公明両党が衆院の「3分の2」による再可決に踏み切るとみられていることについての「筋」を問うている。

――政府の法案の成立を事実上、容認するのではなく、政府案と対案の論点を国民に提示し、有権者の信を問うよう求めるのが筋だ――と提言する。
 「衆参両院の意思が食い違い、与野党が鋭く対立してきた給油活動を延長する法案が、解散時期をめぐる政局に翻弄(ほんろう)されるのは本来の姿ではない。総選挙で国民の信任を得た新政権の下で、新たな与野党が政局的な対応抜きに合意を追求すべきである、とした。
 そして与野党に対して、テロ対策を解散の駆け引きの材料とする姿勢を改め、「総選挙で決着をつける争点の一つにするよう」求めた。

 またその筋道とあわせて、政府の法案について、<私たちは、自衛隊の海外派遣のための法案には、シビリアンコントロールの確立を実現するため、「国会承認」は不可欠であると繰り返し求めてきた。ところが、法案は新テロ対策特措法の内容をそのまま引き継ぎ、国会承認が盛り込まれていない。これは重大な欠陥である。旧テロ対策特措法にあった国会承認を復活すべきである>と厳しく求めている。

 法案審議が、与党が衆院で有する3分の2をつかって、成立する流れとなっているなかで、「国会承認」を盛り込まない自公政府の給油継続法案。民主主義国家として致命的な問題点を有しているのだ。それをはっきり指摘する姿勢は評価されていい。まして「解散」をひかえて、「決戦」に足元がぐらついている与野党の攻防に巻き込まれず、大きな問題のある法案についてきちんとした審議をよびかける。国会論戦の現状に違和感をおぼえ、警告する姿勢は、北海道新聞の「予算委審議 上滑りの応酬が目立つ」とも共通するジャーナリズムの姿勢といえよう。

 またその視点からいえば、麻生首相の心もとなさを指弾するなかで、争点は明確になったのに「まだ解散をためらうか」と、民意を問うよう求める東京新聞の姿勢もまた、日本の国会に民主主義の確立を求める大事なジャーナリズムの論点を示している。まともな審議ができないのなら、国民の考えを問えということである。

 新聞や放送などマスメディアが、目先で生起する「攻防」のみに目を奪われ、その攻防の片棒を担いで大騒ぎする悪癖を続けていては、日本の国民が共有する情報環境は幼稚なままである。激変する国際環境、泥ぬまに足を取られたままの国内環境。そこでの必要な論点を提示し、多面的な素材を提供し、広く議論を深めるための場を提供していく、メディアの「質」こそがいま厳しく問われているのである。

 政治家や政党との距離を見失い、ちょうちん持ちや指南役に堕すようなメディアの自己保身は、いくら高みに立っているかのような文体を弄しても、そこから発する言論の機能は、自らの部数や収益を増やすことだけに帰結するものである。そのため政治家や政党に裏切られるだけなく、読者・視聴者市民から早晩見放されることになる。

 いま私たちの目の前にある媒体は、いまいうべきこと、いま伝えるべきこといおうとしているか、伝えようとしているか。大事な論点を意図的に落としたりしていないか、妙な方向に論点をすり替えて私たちをミスリードしようとしていないか。個々のメディアに留意・検証していくなかで、政治家や政府の情報隠蔽・改ざんの体質などにも自ずと気づかされることになる。

 琉球新報は9日付の社説として、<行政資料「検閲」野党の追及を恐れる前に>を掲げた。自民党国会対策委員会が全省庁に対し、民主党など野党から資料請求があった場合、事前に相談するよう求めていたことが露見した件について、「政と官がもたれ合い、情報隠しを疑われるようでは、行政の非効率や停滞、職務怠慢などを招きかねない。しわ寄せを食うのは国民だ」と指弾、「官僚を締め付ける姑息(こそく)さより行政へのチェック機能や指導・監督能力を高めることが肝要だ。それが政権党の度量ではないか」と政府・与党を糾弾している。

 これも日本の政府与党が、いかに民主主義から逸脱しているかを明確に指し示す事例である。琉球新報社説の指摘はいままさに国民が共有すべき認識といえるだろう。

 自民党のこの情報隠蔽体質については、沖縄タイムスも5日付社説「[密約文書不開示]決定理由が分からない」で取り上げている。
 一九七二年の沖縄返還に至る過程で日米政府高官が交わした行政文書三通の情報公開請求について、外務省と財務省は「対象文書は保有していない」として不開示(不存在)を決定した。その姿勢に対して、同社説は、「どんな国にも国家機密が存在することは分かるが」と前置きしつつ、「すでに分かりきった情報すらも、公開しないこの国の政府方針はどうにも理解できない」と指摘している。まったくそのとおりであろう。

――情報の公開は、民主主義の根幹をなす。たとえ、政府に都合の悪い情報であっても国民に公開することで広範な議論が起こり、政策に反映されるからだ。請求文書について、政府が「ない」と主張するだけで、不開示としてしまうこの国の情報公開制度が正しく機能しているといえるだろうか。新たな情報公開の仕組みづくりや立法措置、チェック体制も含め、国民的議論を深める時期に来ている。――

 この指摘。国の情報公開制度がゆがんでいれば、それはマスメディアが形成を担っている日本の情報環境をそのまま大きくゆがめてしまうことになる。だからこそ、メディアも、情報環境の形成の多くをメディアにゆだねている市民も、政府の情報公開やまともな審議を要求し、かつ国の構成主体である国民に国会の状況についての認識を公正な選挙を通じて定期的に問い、その構成メンバーを適正に更新するよう求める。それが民主主義である。

 上に挙げた社説の例は、それぞれ異なるテーマや視点から政府と国会をチェックし、改善を求めているわけだが、それは「まともな民主主義」を機能させるよう求めている点で、共通している。それだけ日本の民主主義はゆがんでいる、ともいえる。ブッシュの戦争路線に追従し、米軍傘下にぶらさがろうとしてきた改憲路線を掲げてきた自公政治によって、日本の民主主義は極端にゆがめられている。情報の隠蔽や改ざんだけでなく、選挙前になるとそれまで鼻で笑うかのように否定しつづけた野党側の政策提言を、ものの見事にパクッてみせたり、し始める。それがこれまで日本の選挙の実態であったことを考えると、日本の政治を司ってきたとされる人々のあまりの実態のひどさに脱力感に襲われそうになるが、いまはもはや、それではすまされないところにきている。

 もはや、自公政府与党の保身、独りよがりによってズタズタにされてきた日本の民主主義の崩壊状況をこれ以上放置することは許されない。高度情報市民社会をむかえたいまこそ、民主的ルールにしたがった確固たる民主主義の国会を誕生させ、日本の平和主義と民主主義と人権擁護社会構築の理念に則った日本の政治をつくりあげる必要がある。それをもって国際社会の激変に対応し、リードし、あわせて国内環境の泥沼化からぬけださねばならない。

 日本の政治総体を時代対応するよう変革し、いまこそ日本の経済社会総体を次代の日本の活力と展望を生み出すインキュベーション(ふ化)の機構へとつくりかえるべきときである。

 総選挙の日程が目前に迫ってくるなか、麻生暫定政権は「失言」に足を縛られ、ミスをだすまい、馬脚をあらわすまいと必死である。そのなかから、総選挙にむけて主導権を握ろうと姑息のかぎりをつくそうとしている。その段階ですでに、日本の政治家であることを放棄しているといわざるをえない。そのような姑息を弄し続けて、その場をしのいだところで、彼らの戦争賛美路線、改憲路線、国民いじめによる国民支配路線そのものが、日本の民主主義の土俵を無視したプレイであることに、なんら変わりはないからである。そのような政治体質をひきずったままの日本の政治屋たちの甘言に、もはやこれ以上ごまかされているわけにはいかない状況に、世界全体が直面しているのである。


内閣 醜態 首相、答弁ミス連発予算委(東京新聞)10月9日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2008100902000103.html?ref=rank
給油新法改正案成立へ 民主が採決容認 与党、再可決の方針(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2008100902000101.html
『補正』成立へ まだ解散をためらうか(東京新聞)10月9日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2008100902000097.html
予算委審議 上滑りの応酬が目立つ(北海道新聞10月9日)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/122318.html?_nva=2
社説:給油延長問題 解散の駆け引きに使うな(毎日新聞)10月9日
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20081009ddm005070129000c.html
行政資料「検閲」 野党の追及を恐れる前に(琉球新報)10月9日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-136979-storytopic-11.html]
[密約文書不開示]決定理由が分からない(沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2008-10-05-M_1-005-1_001.html


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JCJふらっしゅ
Y記者の「ニュースの検証」=小鷲順造
http://archive.mag2.com/0000102032/index.html
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想像しよう。世界の貧困と差別と人権侵害と憎悪と武力による人間の支配の道を選択してきた政治家たちが舞台から消えたその日を。平和主義に徹し、日本国憲法を遵守し、世界の平和な姿を実現していく人材であふれた日本の姿を。国民の生存権を守り、海外戦地に自衛隊を派遣せず、後期高齢者医療制度が廃止された日本を。真に市民による市民のためのメディアの誕生と発展を。想像できればそれは必ず実現できる。みんなが想像しているのだから、実現できない理由をみつけるほうが困難なのは当然のことではないか。

posted by JCJ at 21:00 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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