2010年03月21日

「広義の密約」とは何か=水島朝穂

 3月9日夜、テレビのニュースを観ていて、「こうぎの密約」という言葉が耳に入ってきた。違和感があった。時代劇でよく出てくる 「ご公儀」や「公儀隠密」の「公儀」と思った人はいないだろう。かつて大名や公家、寺社などの上に君臨する統一的王権である将軍権力が 「公儀」と呼ばれた。米国はそのような「公儀」として振る舞い、日本という大名家の家老(日本政府)と「密約」を結ぶ。 家中のものは知るよしもない。代々の家老は、「公儀」の意向を忖度し、「お家のため」と思って「密約」を守り続ける。まさに「公儀の密約」 である。日本は米国を「公儀」として崇め続けてきた。日本の歴代外相は、「米国務省第51支所事務取扱」のような存在だった。しかし、 政権交代により、その不自然で歪んだ関係にメスが入ることになった。その一つが、日米密約問題である。岡田克也外相は昨年秋、 大臣命令を出して、「密約」の調査を命じた。これは画期的だった。政権交代したということを実感した。だが、先週、その結果が出た。 大臣命令を出した頃の勢いは消えていた。
 岡田外相は、日米密約に関する外務省の調査結果と、有識者委員会による「検証報告書」を公表したが、今回調査対象となったのは4件の 「密約」である。(1)安保改定時の核持ち込み(1960年1月)、(2)米軍の自由出撃(同)、(3)沖縄への核再持ち込み (1969年11月)、(4)沖縄返還時の現状回復費の肩代わり(1971年6月)である。

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*水島朝穂の平和憲法のメッセージ「今週の直言」に飛びます。

posted by JCJ at 17:35 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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