チュニジアやエジプトの民衆デモが独裁政権を崩壊に追い込んでいる。
CNNがチュニジア、エジプトのほか、アルジェリア、バーレーン、イラン、イラク、ヨルダン、リビア、パレスチナ、シリア、スーダン、
イエメンと中東・北アフリカに広がる各国の民衆デモの状況を伝えている。(以下、CNNの同記事より)
イラクでも、45%の失業率や貧困、食料・電気・水不足に不満を訴える数千人規模のデモが各地で行われている。
マリキ首相は自身の報酬を半減し、14年の任期満了後は再出馬しないとしている。
イランの首都テヘランでも14日、数万人規模の反政府デモ。デモ隊と治安部隊が衝突し、銃撃を受けて1人が死亡、複数が重傷を負った。
少なくとも40人が拘束されたという(死者は2名との情報も)。
カダフィ大佐の統治が約40年続くリビア。14日、フェイスブックを通じて平和的なデモの開催が呼びかけられたが、
実施されたかどうかは不明。
シリア政府は周辺国の民衆デモを受け、物価を低く抑えるための補助金の給付を停止するとした従来の方針を撤回した。
米紙ニューヨークタイムズによると、フェイスブックで5日に計画されていたデモは実施されなかった。
(JCJふらっしゅ「Y記者のニュースの検証」=小鷲順造)
今回の民衆デモのうねり、広がりの軸を若者が果たし、そのネットワーク形成・維持には「フェイスブック」や「ツィッター」 を用いたコミュニケーションがあったと指摘されている。集団や個人を個々ばらばらに分断し、巧妙なアメとムチの使い分けで統治・ 管理してきたつい最近までの独裁政権の正体が明るみに出たとき、そしてそこでの貧困・ 困窮と差別と暴力とが民衆に広く共通していることを自覚したとき、若者たちは自分たちが個々の袋小路に陥り、団結すべき仲間同士が相争い、 反目しあってきたという無益で愚かな状態に気づき、行動を開始した。
日本はどうか。学校を卒業しても就職率は低く抑えられ、非正規雇用に押し込められ、おまえの替わりはいくらでもいると脅され、 脅している本人も社員とは名ばかりで、ノルマの達成に追いまくられる。<無縁社会>の名称が独り歩きしているが、 年齢層を超えた労働者がなぜ<孤立>しているのか。労働者のネットワークはどうしたのか、絆はどこへ消えたのか。 産業社会の発展プロセスで起こるべくして起きている労働と生産物からの<疎外>状況の問題を、なぜいま共有できないのか。
ユニオンや労組、アソシエーションや協同組合の果たすべき役割がなぜ語られないのか。 日本社会が戦後の高度経済成長の時代の歩みのなかで、獲得しそこなったもの、見直し損なったもの、見失ったもの、見ようとしなかったもの、 その蓄積のなれの果てが現在である。政権交代しても、菅民主党政権の体たらくを見よ、あれが私たちが高度経済成長時代とその延長線上で、 つかみそこなってきた自由と民主主義と労働と産業の未来ビジョン不在の結果そのものの姿にほかならない。
日本社会が引きずる内なる天皇制や軍国主義や権威主義をどこまで払拭したか、本当に脱皮してきたか。新人から熟練、 プロフェッショナルへと続く人間と社会の発展を尊重した社会と人生のビジョンを、どこまで描き出して、 力強い未来を形成するための労働運動の中身と労働運動の実態とを、市民社会とともに構想し、築き上げようとしてきただろうか。 それを計測するバロメーターは<未組織労働者の組織化>である。そこに顕著に過去と現状と未来が凝縮されて現れている。
アルバイト・パート・臨時雇用・派遣労働など不安定就労者を見下し、あるいは手をこまねいて、労組自体が切り捨ててきた長い時間が、 市民社会と消費社会と労働運動とを結局切り離されたものとしてきたことを、私たちはいまこそ強く自覚する必要があるだろう。 労働団体の枠を超えた先駆的な運動はいくつも起きてきたが、広範な力としては機能していない。その姿が長く続けば続くほど、 教育制度の改悪や職場の締め付けの強化は進み、それは規模を超えた倒産の蔓延へと悪循環し、冷戦後の新たな戦争を生み出し、 米国の経済一強主義や新自由主義的政策を跋扈させ、世界的経済恐慌の到来へと引き続いている。
日本のメディアの権力にこびへつらう<忖度><萎縮><事なかれ・他人事主義>は、 報道や論評を<その場しのぎ>で<事象を追うだけ>のメディアで働くそれぞれが保身を最優先させた<アリバイ型>へと堕落させる。 その傾向は払拭できただろうか。メディアは世界と日本の未来を見据え、 1ミリでも人間と人間社会のありようを日々良くしていこうとする強靭な使命感を背景とした報道や論評ができなくなっていないか。 そして打破するすべはないと自らを袋小路に追い込み、結局、そこに安住してはいないか。ともすると人間は安住し、驕り、堕落し、追従する。 ジャーナリズムが日々、人間と人間社会のありようを向上させようとする使命感を失っていれば、政治も社会もそれとの相似形を模索する。
いま、フェイスブックやツィッターなどネット社会のツールを最大限に活用して、 自由と民主主義と民衆の国づくりの風が吹き荒れ始めた。ネット上の情報は、 新聞や放送などの情報を基盤とした2次情報3次情報ばかりだという時代は終わりを告げようとしている。 そのこととメディア企業の基盤のぐらつきとはもはや無縁ではあるまい。
そして上述したメディアと権力の構図、労働組合運動の体たらくと市民社会の困窮という現象をよそに、 市民とジャーナリストが幅広く強く連携し、<日本のメディアの作りかえ>が同時並行して繰り広げられてきたこともまた、事実である。 イラク開戦前夜から急速に湧き上がってき<メディアを作りかえて、政治を、社会をかえよう>とするムーブメントは、従来の運動が2、 3年で終焉してきた傾向を打破してきた。それは全国各地に大きく広がった<九条の会>のうねりとも深く連携して、 政権交代のうねりの原動力の一つとしても機能しながら、依然、引き続いて規模と深みを増している。 それをリアルタイムで牽引してきた当事者とフォロワーの間に溝があり、民主党を軸とした政権の体たらくを見るに及んで、 自公回帰へと手のひらを返すフォロワーも周辺には一部生じているとの報告もある。
しかしながら、内側から、そして外側からの<メディアの作りかえ>の流れは、特に沖縄の基地問題を核に、核問題、環境問題、貧困・ 労働問題(国際・国内ともに)、人権問題などにおいて、頓挫するどころか、 ブログやフェイスブックやツィッターなどネット社会のツールを媒介して、さらに広がりをまし、強化されようとしている。
2010年の名目GDPは、中国が日本を逆転することになった。ロイター通信は、<内閣府によると、 2010年暦年の名目GDPについてドル換算額で比較すると、日本は5兆4742億ドル、中国が5兆8786億ドルとなり、 中国が日本を逆転した。これについて与謝野経済財政相は「アジア地域経済の一体的発展の礎になる」との考えを示した>と、14日、報じた。
第2位の経済大国から第3位へ転落。これにはいまさらだれも驚かない。市場も反応しない。そして、 一人当たりの生産高からみればはるかに日本社会の力のほうが上回っている。それも事実だ。技術面でも、 高度経済成長を先に成し遂げてきた国としての資産も、企業としての経験も、いまだにはるかに上をいっている。それも確かにそうだろう。だが、 この第2の経済大国からの後退は、世界の流れそのものを示している。中国が独りで、単独で飛躍的な成長を遂げているわけではない。 日本の政治は、それに対応したビジョンを有していない。企業社会はその現実への対応だけで必死である。多少の余裕が生まれても、 さらなる体力強化のための<原資>として内部留保を優先させ、自分のところの労働者や家族のためではなく、経営資源の選択と集中にいそしむ。
この流れがもたらしてきた悪循環からいかに日本社会は脱するのか。
09年の政権交代は、自民党独裁体制を足元からゆるがした出来事だった。政権交代の可能性を、
日本の民衆すべてが力をあわせて実証して見せた出来事だった。<可能性>の自覚、
いつでも自分たちの力で政権を交代させることができるとの一点で、日本の有権者は自信を共有した。そして、
誕生した民主党を軸とした政権の体たらく。国家主義と米軍との癒着にまみれた自民党よりはましなようだが、なんのことはない。
選挙民が自民独裁政権を倒して与えた政権のわりには、それに感謝も恩義も忠誠心も薄く、早くも独りよがりと驕りと推敲・研究・
ビジョンの底の浅さを露呈して、現実という分厚い壁に直面している。
これは官僚を見下そうとしたツケではない。現代日本の市民社会の水準を見誤っているところから発している重大な壁である。 おためごかしの中途半端なへっぴり腰が、従来型のパワーバランスに擦り寄れば、付け入るスキなどいくらでも出てくる。 菅政権の体たらくと袋小路は、まさに民主党が積み重ねた自責点の結果である。
市民と労働者とジャーナリストの連帯が弱ければ、政権は税金という名のカネか、 あるいは基地や自衛隊の米軍との融合という名の戦争協力を押し付けてくる。09年の政権交代は、その体質改善など到底できなかった。 そのことは、鳩山、菅内閣の<沖縄>をめぐる動きを見ていれば明白である。
14日、オバマ大統領が2012年度の予算教書を議会に提出した。CNNによると、 国防総省の基本予算は同220億ドル増額の5530億ドルとなった。無人偵察活動に関連する開発・ 調達費の削減などで1000億ドルを捻出し、新型の地上戦闘車両、AEHF衛星、次世代F35戦闘機などの予算に充てる。また、 別会計となるイラクとアフガニスタンの戦費は1180億ドルで、 主にイラクからの撤収により前年度比で約410億ドル減少したものとなっている。
オバマ政権は、国防費を除く政策的経費について、今後5年間据え置くものとし、低所得層向けの一部補助金削減、
住宅ローン金利や寄付金に対する控除の新たな制限などを盛り込む一方で、メディケア(高齢者医療保険制度)
や社会保障といった政治的人気につながる制度にはほとんど手を付けなかった、と報じられている。
また、教育関連予算には前年度より45億ドル多い774億ドルを充て、教育改革、科学技術系科目の教員養成などに重点配分するほか、
今後2年で8000万ドルを拠出して科学技術系科目の教員1万人を採用し、
州ごとに学術面の実績を競わせる制度に9億ドルを拠出する計画としている。
この予算教書をめぐっては、リベラル系、保守系の議員ともに、正式発表前から精力的な批判を展開していた。CNNは、
<リベラル系は貧困層が深刻な打撃を受けると批判、保守系は将来世代につけを残すものだと批判している>と解説を付しているが、
ブッシュの戦争が米国の財政を足元から突き崩したことは明白なのだから、
米国内で戦費の削減こそが国力回復に向けた第一優先課題であるとの認識が広く示されるのは当然のことである。
オバマ大統領自身、昨年夏、イラクの自由作戦の終了に際してようやくはっきりと口にした。「われわれは戦争に1兆ドルも費やし、 たびたび外国から資金を借り入れて資金を確保した。これが過去最大の赤字を招いた」と。世界最大の軍事予算国家の制服組トップ・ マレン第17代統合参謀本部議長が、米国1強主義の座の明け渡し、ドルの弱体化、2年連続1兆ドルの財政赤字、 際限のない金融機関の倒産と失業率の上昇に直面して、「米国の安全保障にとって今、最大の脅威は債務である。 世界の超軍事大国である米国の脅威は、イランでも北朝鮮でもなく『国の抱える借金』である」と語ったほどである。
そのマレン統合参謀本部議長、昨年12月初旬、北朝鮮による韓国・延坪島砲撃を踏まえ、防衛省で北沢俊美防衛相、 折木良一統合幕僚長との会談で、「日米韓の軍事的な3カ国関係について協議していく」と発言、「朝鮮半島の出来事は、 私たちに大きな課題を突きつけている。一緒に対応していく体制が必要だ」と日米韓の防衛協力強化を訴えた。
またマレン氏は2月8日、新たな国家軍事戦略を公表、<不安定化するアジアへの米軍シフトを鮮明にし、
日米韓の同盟の重要性>を強調する一方で、日本に対しては、暗に<自衛隊の国外活動参加>を促した(→時事通信)。
「韓国は世界で米国が取り組む安全保障の努力を支援する確固たる同盟国であることを証明してきた」(同)と称賛して、
<韓国の国際貢献>と対比させて自衛隊の海外派遣をめぐる日本の対応に不満を示してみせた。
時事通信はこれについて、<戦略が自衛隊の域外活動に言及した背景には、
オバマ政権が厳しい戦いを続けているアフガニスタンでの対テロ戦に自衛隊が参加していないことへの根強い不満があるとみられる。
国際治安支援部隊(ISAF)によると、韓国は200人以上を派遣している>と書き、
続けて<ゲーツ米国防長官は1月に訪日した際の記者会見で、
「日米同盟は両国を団結させる利益と価値に基づく平等のパートナーシップであることを覚えておくことが重要だ」と述べ、
同盟国としての役割分担と責任を果たすようくぎを刺していた>と付け加えている。
明白であろう。オバマ大統領もゲーツ国防長官もマレン統合参謀本部議長も、<われわれは(ブッシュの戦争に)1兆ドルも費やし、 たびたび外国から資金を借り入れて資金を確保した。これが過去最大の赤字を招いた>ということが、頭から離れないのである。
翻訳家で平和運動家の池田香代子氏が、ご自身のブログに5日、 <沖縄から米軍基地をなくしてアメリカの財政再建に協力するという話>を掲載した。そのなかで、「与那嶺さんの連載は必読です」と、 琉球新報ワシントン特派員・与那嶺路代(よなみね・みちよ)氏の仕事を絶賛しつつ、次のように書いている。
――すぐれた軍人は、現実的な発想をするものです。けれど、どこの組織もこうした人ばかりではないようで、
肥大化した米軍は国内にわけのわからない不要な施設をいつのまにかたくさんつくっている、ということも暴露され、
やり玉に挙がっているそうです。在外基地も同様で、とくに沖縄の基地については、そもそも「1万5千人の在沖海兵隊が中国に上陸し、
何百万もの中国軍と戦うなんて誰も思っていない。沖縄に海兵隊は要らない。65年前に終わった戦争の遺物だ」(同記事より、
民主党の重鎮フランク議員)とのことです。じつは、沖縄の米軍基地は増えすぎた米軍高官のポスト確保のためというのが軍内部のホンネだ、
と聞いたことがあります。アメリカ国内の不要施設も、きっとそういうニーズでつくられたのでしょう。
アメリカの国庫破綻、ドルや米国債の暴落がじわじわと現実味を帯びてきた今こそ、
沖縄の人びとは米軍基地に出て行ってもらいたいと思っている、ということをアメリカの政界、軍部、
シンクタンクに説いて回る使節団を派遣すればいいのに、と思います。中央政府にはそんな気はさらさらありません。
思いやり予算を5年間減らさないという前代未聞の約束までして、「行かないで」と米軍に必死にとりすがっているのが、現政権ですから。
東村高江の木を伐採して、あくまでもヘリパッドをつくるという姿勢を崩さないのが、現政権ですから。――
ウォールストリートジャーナル日本版によると、米民主党のバーニー・フランク下院議員(マサチューセッツ州選出)は昨年7月、 MSNBCの番組“モーニング・ジョー”で、「私が(海兵隊が駐留する普天間基地について)話をした人のほとんどが、 アメリカの海兵隊はジョン・ウェインが亡くなったころに沖縄から撤退していたと思っていたみたいだ」 と往年のハリウッドスターの名前を交えながら語り、「海兵隊がいまだに沖縄にいる意味が私にはよく分からないね」と話している。 同氏はさらに、「確かに私も沖縄周辺で台湾と対峙している中国を野放しにしたくはないが、1万5000人もいる沖縄の米海兵隊が今後、 中国本土に上陸して、中国軍と戦うことになるとは思えないね。他に空軍も海軍もあるだろう」と発言を続けたという。
琉球新報の与那嶺路代氏の記事や池田香代子氏の提言<沖縄から米軍基地をなくしてアメリカの財政再建に協力する>という話と比較して読みたいのが、 鳩山由紀夫前首相の「抑止力は方便」発言である。
2009年衆院選の際に、米軍普天間基地の移設先について「最低でも県外」と発言した際の見通しはなく、
つまり<見通しがあって発言したというより、しなければならないという使命感の中で申し上げた。
しっかりと詰めがあったわけではない>ことがわかった。
そのことが後に、<首相を辞する大きなテーマになるとは予測してなかった>という。まったく無自覚もいいところである。
その無自覚は、普天間基地の移設先についての閣僚のバラバラ発言を許しながらも、
<一致して行動していただきたいという思い>をもちながら、新しい発想を主張することができなかった。一緒に移設問題を考えるべき防衛省、
外務省の幹部2人ずつを呼んで移設先について話をすると彼らは<米国との間のベース(県内移設)を大事に>したがっていたのだろう、
そのまま翌日、新聞記事になったので<誰を信じて議論を進めればいいんだ>と極めて切ない思いになったという。 そして、
<県内移設>への方向が迷走、転じていく中で、その路線転換の理由として、鳩山氏は<沖縄米海兵隊の抑止力>を挙げた。
「徳之島も駄目で辺野古となった時、理屈付けをしなければならなかった。海兵隊自身が(沖縄に)存在することが戦争の抑止になると、 直接そういうわけではないと思う。海兵隊が欠けると、(陸海空軍の) 全てが連関している中で米軍自身が十分な機能を果たせないという意味で抑止力という話になる。それを方便と言われれば方便だが。 広い意味での抑止力という言葉は使えるなと思った」(共同通信)
鳩山氏はその重大な迷走と方便の駆使について、反省点を以下のように語っている。
「相手は沖縄というより米国だった。最初から私自身が乗り込んでいかなきゃいけなかった。
これしかあり得ないという押し込んでいく努力が必要だった。オバマ氏も今のままで落ち着かせるしか答えがないというぐらいに多分、
(周囲から)インプットされている。日米双方が政治主導になっていなかった」(共同通信)
最後の、<日米双方が政治主導になっていなかった>との発言は言い訳にしか聞こえない。米軍基地の撤去の問題なのだから、 最初から首相の交渉相手は米国にある。オバマ大統領も、もちろん国防大臣や統合参謀本部議長はもちろん、それだけでなく、 統合軍の司令官やその下に連なる多くの幹部や役人や軍人を従えている以上、 鳩山氏のいうような<政治主導>などということを安易に行使できるはずもない。しかしながら、政権交代直後の国と国のトップ交渉において、 駐留軍のありようについて抜本的な見直しを行う必要が生じるのは、奇妙なことでも、唐突なことでもない。
<新政権>を生み出した民衆の声を伝え、それを背景に、 いかにそれを実現へと導いていくために役立つ交渉のシナリオを種々の代替案もふくめてそろえるか、また、その基盤となるビジョン、 また交渉に長けた相手であることも読み込んだビジョン、双方が1ミリずつでも合意を積み重ねていく基礎となるビジョン、 相手先の事情や都合を含みこみ、相手先の政権にとっても有利に事情を転換できる要素を盛り込んだビジョンを、どこまで整えることができるか。 そうした要素や努力の跡を微塵も感じ取ることのできない鳩山氏の<方便>のお話からは、日本で政治を生業とする方々の自覚のほど、 背負っているものに対する責任感や使命感の欠如を知るばかりであり、 それは自公政権当時の米軍依存と癒着と忖度の根深い構造となんら変わらない思想構造と政治姿勢を見る思いである。
だが、ブッシュの戦争による巨額の財政破綻という現実をかかえた米国は、変わっていくほかに道はない。 自身の変化を最小化するために、<日米韓の同盟の重要性>を強調して、<自衛隊の海外派兵>を求めるなど、 連携先の負担増を期待したり押し付けたりするのは米国側にとっては当然の選択肢である。それをそのまま受け入れるのでは、 交渉でも何でもないことはだれの目にも明白である。
変わらねばならない米国が、<すべての戦争の停止と海外駐留基地の撤退>ではなく、 <核廃絶>から入ったのは手順としては至極当然ともいえるが、そうした状況の背景を見据え、米議会内の多様な声に耳を傾け、世界の核廃絶・ 軍縮の課題と、日本の米軍基地問題と、米国を屋台骨から揺るがしている1兆ドルの戦費の穴埋めと、日本経済の低迷と、 中国やロシアの経済的台頭と経済連携と、 世界が大恐慌に襲われて不安定になっている地球経済の安定と無用な軍事費の削減とを総合的に見据えた平和ビジョンの模索・構築は、 鳩山氏の後日談とはかかわりなく、不可欠であることは言うまでもないことだろう。
菅政権の打ち出した<新防衛大綱>は、米側が必要とし、また指し示してきた路線に則ったものでしかなく、 それはまた日本の国内事情に適合したものでないばかりでなく、日本が国際的に指し示し、行動し、貢献すべき役割とはほど遠いものでしかない。 それでは日本の市民社会が内包する潜在能力を熟成させ、花開かせ、光を放ち、結果へと結び付けていく力とはならない。
これでは将来、中東・北アフリカに広がった民衆デモが志向する力強い<国づくり>のうねり、エネルギーには及ばなかった、 という結果をもたらしかねない。私たち日本社会が必要としている日本社会再生には、どんな<国づくり>の思想とビジョンが必要なのか。 いまの政治に何が欠けているのか。都知事選挙も迫りくるなか、市民とジャーナリストは連帯して、しっかりと議論を深め、 広く情報と問題意識を共有して、いま伝えるべきことを伝え、いま言うべきことを言い、 いまやるべきことを果たしていく必要があるように思えてならない。
(こわし・じゅんぞう/日本ジャーナリスト会議会員)
中東・北アフリカに広がる混乱、国別の状況は今(CNN)
http://www.cnn.co.jp/world/30001807.html
10─12月実質GDPは5期ぶりマイナス、暦年で中国が日本逆転(ロイター)
http://news.goo.ne.jp/article/reuters/business/JAPAN-195163.html
米国12年度予算教書、財政赤字削減目指す(CNN)
http://www.cnn.co.jp/usa/30001804.html
日米韓の防衛協力強化を マレン統合参謀本部議長(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/201012/CN2010120901000334.html
経済危機が揺るがす在外米軍体制──経済問題化する軍事費──与那嶺路代(「世界」)
http://www.iwanami.co.jp/sekai//2011/02/067.html
自衛隊の国外活動に不満=国際貢献で韓国と対比−米国家軍事戦略(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201102/2011020900957
沖縄から米軍基地をなくしてアメリカの財政再建に協力するという話(池田香代子ブログ)
http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51748297.html
ワシントン発 連載「米軍事費とオキナワ」(ブログ「地元紙で識るオキナワ」)
http://michisan.ti-da.net/d2011-02-03.html
フランク米下院議員、沖縄の米海兵隊の撤退を主張(ウォールストリートジャーナル日本版)
http://jp.wsj.com/japanrealtime/2010/07/12/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E7%B1%B3%E4%B8%8B%E9%99%A2%E8%AD%B0%E5%93%A1%E3%80%81%E6%B2%96%E7%B8%84%E3%81%AE%E7%B1%B3%E6%B5%B7%E5%85%B5%E9%9A%8A%E3%81%AE%E6%92%A4%E9%80%80%E3%82%92%E4%B8%BB/
鳩山由紀夫前首相の一問一答(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011021201000540.html