2011年02月17日

「フセインはトラックで移動可能な生物兵器を所有し、兵器工場を建設している」/情報はドイツ連邦情報局に対して話したつくり話だった=情報提供者認める

 コリン・パウエル米国務長官(当時)が、国連安保理でイラクの大量破壊兵器に関する報告を行ったのは、 2003年2月5日のことだった。この報告の中で、パウエル長官は、「イラクの化学技術者で兵器製造工場の1つを統括する人物」 として情報提供者のジャナビ氏を紹介した。その際に、「生物兵器向け化学物質の製造に直接関与し、1998年の事故現場にも居合わせた」 とも説明している。(→AFP)

 当のジャナビ氏本人は、この演説を聞いてショックを受けていた。 <情報を他国には漏らさない>とドイツ連邦情報局は約束したはずだった。しかし。奴らは約束を見事に破ってくれた。 自分がドイツ連邦情報局に対して流したウソの情報を、米国務長官が頭から真実と信じて、ウラン濃縮活動と国際テロ組織「アルカイダ」 の存在とセットで、フセイン政権の打倒に動き出そうとしている。

 ジャナビ氏はイラク軍需産業委員会にいたが、1995年にイラクを出た。そして2000年、 ジャナビ氏がバグダッドで訓練された化学技術者で、フセイン政権の内部情報に通じている可能性があると知った「パウル博士」 と名乗るドイツ政府関係者が、同氏に接触してきた。ジャナビ氏はドイツ連邦情報局に対して、 フセイン大統領はトラックで移動が可能な生物兵器を所有しており、兵器工場を建設している、とウソをついた。

 このウソはすぐに見破られそうになった。イラク軍需産業委員会で元上司だったバシリ・ラティフ氏が、 ジャナビ氏の証言を否定したからだ。ドイツ連邦情報局とジャナビ氏は対峙することとなった。ジャナビ氏は連邦情報局に対し、「わかった。 ラティフ氏がそんなトラックはないというのなら、ないのだろう」と答えた。

 2002年、ジャナビ氏はドイツ連邦情報局から、<協力しなければ身重の妻はドイツに入国できないかもしれない>と言われりした。 その後もドイツ連邦情報局はジャナビ氏のウソの主張を真剣に受け止めていたのだ。<情報を他国には漏らさない>と言いつつ。

 ジャナビ氏は、ドイツと米国の情報関係者から「カーブボール」というコードネームを付けられた。

 だが、ジャナビ氏は思い返す。<あの情報>を提供したのは、亡命を確実にするためではなく、 あくまでもフセイン政権を倒したかったからだ。その情報が、米国政府に漏れ、 パウエル国務長官が国連でイラク攻撃の材料としてそれを使っている。ジャナビ氏は、自分の<情報>が米政府に使われているのは、 自分のせいではなく約束を破ったドイツ連邦情報局に責任があると考えた。

 そして米国はフセインのイラクに攻め入った。市民10万人以上が犠牲となった。
 ジャナビ氏はいま語る。
「正しかったもしれないし、間違っていたのかもしれない」
「彼らは、私にフセイン政権を倒すため作り話をする機会をくれた。わたしも息子たちも、 われわれがイラクに民主化のきっかけをもたらしたこと誇りに思っている」
「祖国のために、何かをせねばならなかった。捏造はそのためだ。わたし自身は満足している。イラクから独裁者はいなくなったのだから」
 ジャナビ氏はゆっくりと付け加えた。

 英紙ガーディアンは2011年2月15日、<米国が2003年のイラク攻撃を正当化する根拠とした大量破壊兵器(WMD) に関する情報を提供したイラク人科学者が、サダム・フセイン大統領(当時)を失脚させるためにうそをついていたことを認めた>として、 ジャナビ氏の証言を報じたのだった。

(junzo kowashi)

「イラクの大量破壊兵器情報はうそ」、情報提供者が認める 英紙報道 (AFP))
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2785653/6823689

posted by JCJ at 17:05 | TrackBack(0) | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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