「無保険」状態や医療費の自己負担分を払えなかったために、受診が遅れて亡くなった人の人数が、昨年、24都道府県で71人 (前年47人)へと1・5倍に上昇した。全日本民主医療機関連合会(民医連)の調査。民医連は<「厳しい雇用状況が続く中、 払いたくても払えない人が急増しており、もはや『国民皆保険制度』は崩壊している」「背後にはもっと多くの犠牲者がいる可能性がある」> と指摘している。
(JCJふらっしゅ「Y記者のニュースの検証」=小鷲順造)
高齢化が進む日本では、医療・社会保障コストの増大を「問題視」して、「高齢者」の医療費負担を増大させようとする動きが出ている。 失業者や非正規労働者が大幅に増大している日本社会。国民皆保険制度が確立しているはずの日本でも、 保険料を払いたくても払えない人が急増しており、皆保険制度の崩壊を危ぶむ声が増大している。財政逼迫を背景に「短期保険証」「資格証明書」 の発行など保険料滞納者に対する締め付けが止まない。
一方、世界有数の医療先進国なのに、いまだに国民皆保険制度が先進国で実現していない米国。米国では国民の約15% に当たる4500万人が医療保険に未加入だった(09年)。そのうちの100人に1人が命の危険にさらされているとの情報もある。 医療保険への加入・非加入は所得の多寡がそのまま反映してきた。
2010年3月に、その米国で「歴史的な第一歩」(ロサンゼルス・タイムズ)が踏み出された。オバマ政権のもとで、 不完全な形ながらも国民皆保険制度が導入されることが決まった。
米政府は、2018年まで段階的に制度を整えていくことになる。米政府は、 この法案の成立で無保険者3200万人が解消されるとしている。民間保険の提供で、国民の95%が加入する医療保険制度で、 日本やヨーロッパのような国が運営主体の制度ではない。それでもセオドア・ルーズベルトの提唱以来100年がかりで、ようやく「第一歩」 を踏み出すことが決まったといえる。
ただ、法案成立直後の世論調査では、法案通過について「良い」49%、「悪い」40%と反応は拮抗している。共和党などからは、 増税やサービスの質の低下につながるとした批判の声が止まない。米全土の連邦裁判所に対して、 この法律の成立を不服とする訴訟が相次いで起こされた。ミシガン州、バージニア州では合憲の判断が出たが、2010年12月には、 バージニア州連邦地裁が<民間のサービス提供事業者から医療保険を購入するかしないかを決める判断は、 憲法のこれまでの適用範囲を超えている>などとして、<2014年までに大半の国民に医療保険の加入を義務づける条項は、 憲法に違反する>と違憲判断を下した。これに対して、ギブズ大統領報道官は、 <医療保険改革法は持病のある人への差別に対応するもの>であるとして、地裁の判断に反論。 <すべての法的論争が終結すれば同法は支持されるはず>と語っている。
それにしても、米国の国民1人当たりの医療費支出は6933ドルで、GDP(国内総生産)比15・8%(数値は2006年)。 日本の1人当たり医療費支出2581ドル(約24万円)で、GDP比8・1%。 米国の医療費はOECD加盟30カ国のなかでも突出して高額である。
「国民皆保険制度」を足元から徐々に変質させていこうとする勢力がうごめき始めている日本。 皆保険制度実現への一歩をようやく踏み出そうとしている米国。
命の長短も金次第の遅れた世界からようやく民間保険を基盤に皆保険へと動こうとしている米国と、 その面では一歩進んだ国であったはずの日本との双方が、仮に、今後数十年を視野に接近していくような流れがつくられていくと考えたら、 それは怖い。だが保険料滞納者に対する締め付けや、自公政権当時に成立・導入され、 政権交代へのうねりを生み出す源泉のひとつともなった後期高齢者医療制度(民主党は廃止を衆院選マニフェストに掲げたが、 廃止は先送りされている)の現状、そして菅政権が米国のいいなりになって推し進めようとしているTPP(環太平洋戦略経済連携協定) の裾野の広さ、カバーしようとする範囲のことなどを考えると、どうにも心もとない。
日本の政治家やお役所の認識からは、「国民皆保険制度」を維持していくことの使命や誇りのなかから「相互扶助」や「共生」「利他」 の精神が脱落していないか。仕組みをささえる哲学や国のビジョンよりも、短期的な「継続」の視点に傾斜した、 自己保身の姿ばかりが目につくようになってはいないか。それが落ちるところまで落ちたとき、そこに「市場の論理」を介入させるスキが生じる。 人の命の大切さを見失い、マネーの論理に汲々とし、それを常態化させてかまわないとする風潮を容認すれば、 それはそのまま命の長短も金次第の、昨年までの米国の遅れた状態へと近づいてゆきかねない。 弱者を平然と切り捨てる社会には弱肉強食の風が吹く。そうした風は、日本社会が築き上げてきた「和」と「輪」と「環」と「話」 の美徳を突き崩し、足元から吹き飛ばしかねない。
マネーの論理・資本の論理と、命の尊厳と人権尊重、 民主主義と平和主義とを量りにかけるようなことは断じてあってはならないことである。民医連の調査で判明した24都道府県で71人 (前年47人)という<犠牲者>の数を、これ以上増やすような政治を許すわけにはいかなくなっているように思う。
菅直人氏の首相在任日数が1日で267日となった。在任日数が鳩山由紀夫前首相を超え、菅氏は、 「どんなことがあっても4年間はがんばりたいと思う」と政権維持への思いを軽々しく語った。だが、 変質と空転を繰り返すだけの政治をこれ以上続けられては困るのだ。事態はそこまできていることにさえ気づかず、 心も痛まない首相や閣僚をその座につけておく余裕などないことを、 市民とジャーナリストは連帯して突きつけ知らしめていくときをむかえているように思う。
(こわし・じゅんぞう/日本ジャーナリスト会議会員)
無保険で受診遅れ、71人死亡 「制度崩壊」と民医連(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011030201000327.html
前期高齢者に公費投入を検討 現役世代の負担軽減図る
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011030201000890.html
後期高齢者医療制度、廃止先送り 新制度成立見込めず(朝日新聞)
http://www.asahi.com/national/update/1221/TKY201012200485.html
米医療保険改革法に初の違憲判断 バージニア(CNN)
http://www.cnn.co.jp/usa/30001210.html
米医療保険改革法が成立、オバマ大統領が署名(ロイター)
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-14471820100323
特別大きな米国の医療費負担グラフ - 社会実情データ図録
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/1900.html
米オバマ政権、公的保険導入で妥協を示唆(AFP)
http://www.afpbb.com/article/politics/2631532/4460413
オバマ大統領、医療保険改革で異例の演説
http://www.afpbb.com/article/politics/2639510/4557690
米医療保険改革、国論を二分 大統領の「歴史的一歩」、評価はまだ先(JBprss)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3117
菅首相の在任日数、鳩山氏超え 土俵際で続投に意欲
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819481E0EAE2E09E8DE0EAE2E0E0E2E3E38297EAE2E2E2