東日本大震災(東北関東大震災)から2週間が経過した。とりわけ津波の爪痕の途方もない大きさと深さが日々明らかになっている。
死者は1万人を超え、行方不明者と合わせると信じられない数になろうとしている。その恐ろしい数字の影に、それぞれの家族の生活があり、
個人の人生があった。それを考えると言葉が出てこない。
かろうじて生き残っても、そこに救援の手が十分に届かないため、日々失われていく命がある。なぜ救えないのか。
個々の文字通り命がけの活動の尊さにもかかわらず、「公助」が十分に機能していない。それにはさまざまな原因がある。人災(「政治災害」)
も指摘されている。だが、その「公」が十分に機能しないなかで、おそらくこの国の歴史で初めてと思われるような量と質をもって、「社会」
による救援の動きが生まれていることが特筆される。その多様で多彩な自発的救援の動き(「連帯」)は、
ネット時代という新たな要素も加わって、この国のありようを変えていくことになるかもしれない。世界各国からの救援の動きも、
政府レベルを超えた広がりを持ってきている。そこに「グローバルな共助」の芽生えを感じる。
2011年03月28日
見過ごせない軍事介入──リビア攻撃とドイツ=水島 朝穂
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