◆「復興構想会議」はできたけれど……
4月14日、菅首相肝いりの「東日本大震災復興構想会議」の初会合が開かれた。翌日の報道によれば、議長の五百旗頭真(いおきべ・ まこと)防衛大学校長は、「国民全体が負担する復興税の創設」を提唱した。菅首相は、「ただ元に戻すだけの復旧でなく、 創造的な復興ビジョンを示してほしい」と要請していた。そのせいか、議長だけでなく、15人の委員それぞれも、積極的に発言、 いろいろなビジョン、アイデアを提案する発言を行った模様だ。ところが、首相は、議論の対象から「原発問題」は外すよう指示していた、 というのだ。おかしな話だ。重大な事故を起こした福島第一原発は、これからどうなっていくか見守っていればすむものでなく、 放射能漏れを一刻も早く止めるために何をしなければならないか、検討が急がれる段階にある。その対策いかんでは、 原発政策全体の見直しも必要になるだろう。特別顧問の梅原猛(哲学者)氏はさすがに強く反発、これに同調する委員もいたようだ。
東電は政府にせっつかれ、福島第一原発の第一号から三号までの廃炉は、渋々ながら承知した。しかし、 福島第一原発全体の廃止までは言明していない。「復旧」という言葉をしつこく使っている。放射能漏出状況をチェルノブイリ並みの「レベル7」 と認めた後もだ。政府も、福島第一原発そのものの事業停止・廃止を強く求める気配がない。一応、 2030年までに14基の原発を新設するとした「エネルギー基本計画」は見直すとしたが、原発全廃までを含む検討には、踏み込む様子がない。 これでは、福島第一原発の事故が表面的に収まり、見かけ上これで大丈夫となれば、またぞろ日本の「原発村関係者」がうごめきだし、 更地に戻した敷地に、今度こそ頑丈な発電所を再建するとか、ほかでも念を入れて安全対策を施し、原発を活用していく、 というような話になりかねない。冗談ではないと思う。そういうカネを、「復興税」で出していくというのか。
カネといえば、まず原発事故の被害補償問題もある。放射線被曝・放射性物質汚染の危険から、立ち退き区域に指定され、自宅を離れ、 田畑、家畜も見捨てざるを得なくなった人たち、居住地を離れ、勤め先を失った人、家族が別れ別れになり、 生活費の負担増に陥った人などへの補償は巨額なものとなるが、これに対して東電は補償の義務がある。加えて原発再建投資が必要となるわけだ。 独力では資金調達不能で、政府から公的資金が投入される可能性も大きい。「復興税」がそれらの原資になるのだとしたら、それは“盗人に追銭” のようなものではないか。税金を使って東電の不始末の尻ぬぐいと、危ない仕事の再開にカネを用立てるなど、政府は断じてやるべきではない。 復興構想会議の出だしから話がこのようにおかしくなるのは、政府のこの会議の位置づけ方・役割の認識の仕方が甘く、 復興のために何から始めるかの方針がしっかりしていないせいだ。原発の見直しはタブーにしたまま、あとは勝手にオダをあげてください、 というのでは、話にならない。
◆まずは「撃ち方止め!」から。そして協議を
重要なのは、いきなり復興のやり方・施策の中身をどうするか、という話から始めるのでなく、 そうした話ができる条件をあらかじめどう整えるか、ということだ。そう考えるとき、モラトリアムという言葉を思い出す。この言葉の原義は、 「一時停止」「債権・債務決済の一次延期」「銀行支払の臨時猶予期間設置」などで、たとえば関東大震災のときの「震災手形」の決済延期 (1923年)、昭和金融恐慌のときの取り付け騒ぎに見舞われた銀行への支払い猶予策(1927年)が浮かぶが、 この際はもっと広い意味で捉える必要がある。たとえば、交戦中の複数の国が講和の可能性追求で意見が一致したら、 お互いが勝敗の決着はつけずにその時点で「撃ち方止め!」とモラトリアムをかけ、交戦を停止し、戦線を凍結する、というようなやり方だ。 講和の中身はそのうえで話し合いに入るのだ。
今回の地震・津波・原発事故・放射能漏れという複合災害に臨んで、どのようなモラトリアムをかけるべきだろうか。その原則は、 復興対象地区と指定されるべき地域における、将来にわたる被災住民の救援・復帰、被災地の復興等の妨げとなるおそれのある政治・経済・ 社会的行動を一定期間禁止し、既存法規についてもその適用に同様のおそれがある場合は、その部分の法の執行を一時停止する、 というようなものではないか。要するに、地域と住民の望む復興の実現を妨げる要因が、さまざまなかたちで復興問題という、 利権も絡む場面に飛び込んでくる可能性が高いが、モラトリアムでそうした動きを封じ込めておくわけだ。では、何から始めるか。
まずは、政治休戦が必要だ。それは復興検討体制の整備に直結する。検討は、まずモラトリアムの方針決定に始まり、 その実施に関しては既存法の部分的停止や、暫定的な新法令の策定も必要となるので、国会審議と連動する可能性があり、 衆院に議席を持つ全党の代表が、設けられるべき復興検討会議に参加することが望まれる。また、被災地域の実情や要望に添う必要があるので、 東北6県と震災被害を受けた茨城・千葉2県の代表の参加も欠かせない。これは、政治家の一部や新聞などが大騒ぎする「大連合」などの、 政界再編の問題とはまったく異なる次元の問題だ。
付言すれば、モラトリアムとしての政治休戦には、予定されていた選挙の延期も含め、
各党が復興計画の立案検討に集中できる環境を保障しておくべきではなかったかと、統一地方選の白々しさをみながら、つくづく思う。また、
総合的な復興計画が整い、かつ福島第一原発事故の当面の収束の見通しが立つまで、総選挙は行わないとするモラトリアムも必要だろう。
それまでは政党・政治家は一生懸命復興のために努力し、その姿勢や貢献度を、きたるべき総選挙で国民に訴えていくべきであろう。
メディアはともすれば政界再編的動きへの発展に興味を寄せ、与野党のやりとりをあれこれ取り沙汰しがちだが、
モラトリアムとしての政治休戦を重視し、それを妨害するものを、厳しく批判すべきだ。
◆モラトリアムの原則はまず被災民の生活保障
復興策に関わるモラトリアムとしては、東電の責任主体の維持がまず大きな課題となる。たとえば、東電株は、 値が上がるにせよ下がるにせよ、投機筋に狙い撃ちされる危険がある。政府は必要があれば法的措置を講じて、 一時的な上場禁止あるいは売買禁止に処すべきだろう。また、銀行の対東電貸付の引き揚げ、東電が保有する金融資産の移転・売却なども、 必要と判断される期間、禁じるべきだ。東電の当面の金融余力は、すべて原発事故被害者への保障支払いに充当されなければならない。 おそらくそれは、東電の手に余るものとなり、東電に対しては政府による公的資金の投入が必要となるだろうが、そうであればなおさら、 この部分は早く確実に行われなければならない。
つぎに大きな問題として、地震・津波被災の7県における土地取引に特別規制をかけ、しばらくは売買禁止措置を講じ、 復興を阻害する要因の乱入を防止する必要が想定される。被災地域は多くの景勝地に恵まれている。また、地盤沈下で冠水し、 地価が二束三文に下落した土地もある。山林原野は、今は安値だが、先にいって高くなりそうなところもある。大手の観光企業、デベロッパー、 銀行、電力事業者、外国企業などがいつの間にかそうした土地を手に入れ、後日、復興利権の獲得に絡んだり、 投機的な売買に走ったりすることになる心配がある。国と自治体が協力し、必要なら特別な指定地域に適用する新法をつくり、届出制・ 許可制などによって、そのような攪乱要因の発生を防ぐ必要がある。
被災地住民には、住む家をなくしたのに住宅ローンが残っており、仕事もなく、返済に困っている人たちが多い。災害見舞金・補償金、 その他の救援措置は後日あるとしても、国は早急にローン返済の特別猶予期間を設定、 これらの人が担保とされている土地まで銀行や不動案業者に取りあげられたりすることがないように、守ってやる必要がある。一方で、信用組合、 信用金庫、地銀などに対する被災住民からの預金引き下ろし、定期解約など、急激な資金需要が発生、取り付け騒ぎか、 それに近いトラブルが生じるおそれもある。そうした事態を回避するための資金供給、支払い猶予の措置も備えておく必要があろう。
(かつら・けいいち/日本ジャーナリスト会議会員・元東大教授)
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