2011年07月12日

ストレステスト「統一見解」に盛り込まれた「保身」と「妥協」――8割以上が「廃炉」を求める日本社会で、「原発」にしがみつく輩たち

 福島県南相馬市の緊急時避難準備区域から出荷された肉牛から、国の暫定基準値(食品衛生法、1キログラム当たり500ベクレル) を超える放射性セシウムが検出された問題。当初、同じ農場から出荷された11頭までの段階では、 厚生労働省が農林水産省を通じて出荷情報を得て、東京都に検査を依頼していたとして、「市場には流通していない」と広報されていた。
 しかし、同じ畜産家から5月、6月に出荷された肉牛6頭のうち2頭について、あらたに、 国の暫定基準値を大幅に超える放射性セシウムが検出された(3400ベクレルと2200ベクレルの放射性セシウム、 消費された可能性があるのは3400ベクレルを検出した肉の一部、2200ベクレルを検出した肉は全て販売業者が保管→時事通信)。

(JCJふらっしゅ「Y記者のニュースの検証」=小鷲順造)

 6頭は、1)食肉処理場に出荷されたあと、2)いずれも放射性物質を測定するモニタリング調査を受けずに、3)卸売業者(東京都、 神奈川県、静岡県、大阪府、愛媛県の5つの都府県)を通じて、千葉県や徳島県、それに北海道など、 9つの都道府県の小売業者などに流通していたことがわかった。「この農家が震災後に出荷したのは、17頭以外はない」(NHK) と報じられている。

 国の暫定基準値を4倍近く上回る放射性セシウムが検出された理由として、この農家では、 原発事故後に屋外に置かれたわらを与えていたことが挙げられている。県は、今週末にかけて、 「計画的避難区域と緊急時避難準備区域の農家に緊急の立ち入り調査を行い、ほかの農家の餌の管理状態を詳しく調べる」 ことにしているというが、この件では問題がいくつもある。

 一つは、農家は原発事故の被害者であり、加害者ではない。一つは、「市場には流通していない」断定的に広報され、 それが報じられていたが、それは事実ではなかったこと、そしてもう一つは、 国の暫定基準値を超える事例だけが取り上げられているという問題だ。いずれからも、国や自治体の「保身」と「情報統制」の姿勢がうかがえる。 そして、その姿勢が1)事例を「特殊」あつかいさせ、2)「被害者」を「犯罪者」あつかいさせ、結局、3)国や自治体など公的セクターの 「信頼性」を損なう結果へとつながっていることだ。

 ゆえに1)原発事故の加害者は誰で、2)肉牛などの放射能汚染を引き起こしている事実を明らかにし、3)その事実を、 国の暫定基準値を超える事例に限らず検査・公表することを、公的セクターは明確にする必要がある。国の暫定基準値を超える事例だけを「突然」 降ってわいたかのような騒ぎにしようとすること自体が、現実に厳しく対峙することの放棄を意味しており、それはそのまま、 消費者の不信、不安へと直結するだけである。公的セクターは、「産業を守る」ためなどと称して、 自ら風評被害を拡大する行為を直ちにやめるべきである。

 卸売業者、小売業者も、消費者をないがしろにするそうした姿勢に取り込まれてはならない。消費者・市民の「知る権利」 に答えることのなかから、原発事故による放射能汚染の「脅威」も、また汚染との「共存」のありようも見えてくる。 国の暫定基準という人間の設けた「当面」の策など、そもそも限界がある。長期にわたる低線量の被曝が、人体に与える影響について「因果関係」 は立証されていないが、それは同時にまったく影響はないとか、深刻な病気には結びつかないということを立証しているわけでもないのだ。

 その事実を正しく共有して、 内部被曝によって明らかに人体に影響を及ぼすことが立証されている数値以上の汚染については公的セクターが責任をもって確実に流通ルートから排除するのと同時に、 それを確実なものにするためにも国の暫定基準にとらわれず、高線量も低線量もそのばらつきも把握できるように、 検査体制を急いで精緻なものに作りかえる必要がある。そのことによって汚染の実態を浮き彫りにすることを通じて、今後のA)低線量汚染地域の特定と再生、帰宅、 帰農について、B)低線量汚染食品等の摂取のありようについて、国民的な情報共有と納得に基づく前進を図ることができるはずだ。

 政府や自治体など日本の公的セクターに特有の、隠蔽や責任逃れ。ときには自分たちの側が「加害者」であるのに、その被害者宅へ 「立ち入り検査」するなどして「加害者」あつかいする。こうした「一貫」した自己保身がだれも責任をとらない、とれない、 とらなくてすむ日本を形成してきた。しかし、それはもはや過去の話である。国が「安心といったら安心だ」といえば、「そうかほっとした」 と納得してだまされる人がどれだけいるだろうか。国が、根拠を示さずに「安心といったら安心だ」といいつづけることで、さらに「不安」 は増大する。

 これはセシウム入りの肉牛だけの問題ではない。米も魚も、茶葉やほうれん草も、ありとあらゆる土壌、水質、 海洋汚染にと関連している。

 私は保安院(経産省)も原子力安全委員会も、あるいは電力会社も、いまだに事実の隠蔽や後出しの「効能」 を信じてやまないのではないかと疑っている。メディアはそれがそもそもの根本的な誤りであり、かつ現在も同時進行している深刻な「事故要因」 であることを彼らにわからせていく必要がある。その役目を負っているという強い自覚が不可欠となっている。

 4月に内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘氏は、「菅内閣は海の汚染や魚への影響について迅速な分析ができておらず、 汚染除去コストを最小限に抑えるために特定の放射能の危険性を過小評価している」と、インタビューで述べている(2日付ウォール・ ストリート・ジャーナル)。

1)菅内閣は海の汚染や魚への影響について迅速な分析ができていない
2)汚染除去コストを最小限に抑えるために、特定の放射能の危険性を過小評価している

 これが本当だとしたら大変なことである。
 菅首相の依頼をうけて内閣官房参与に就任し、かつ内閣のありように腹を据えかねて(特に福島の子どもたちへの対応) 抗議の辞任をした小佐古氏の発言だけに、その指摘をはなから全面的に疑ってかかる必要はないように思われる。

 記事によると小佐古氏は、3月16日に官房参与に着任して以来、小佐古氏とその他の専門家の一部は幅広く様々な提言を行ってきた。 例えば、3月17日には、政府の緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)で「合理的な最悪のケース」を使い、 住民の被曝レベルを予想することを提言した。3月18日には、政府の原子力安全委員会に対し、 SPEEDIによるシミュレーションに基づいて、当初の避難区域の妥当性を再考するように勧告した。

 しかし、SPEEDIデータは3月23日まで一般には公開されず、また、避難区域は4月11日まで変更されなかった。記事は、 「政府を批判する向きは、そうした遅れによって、何千人もの福島県住民が高レベルの放射能にさらされた可能性があるとしている」 と付け加えるのを忘れていない。

 小佐古氏は、「政府の意思決定メカニズムははっきりしない。どういう理屈で何を決めているのかはっきりしない。 とても民主主義社会とは思えない」と語り、3月11日に原子炉が津波の被害を受けて以来、 福島第1原発の状況に対して政府がとってきた対応は、日本の政策決定のまずさを露呈した、と述べ、またそれは、 東アジアの発展途上国のような状況になっているとの見方を示した、という。「今の内閣は生き延びるためだけに、 色々な対策をうっているとしか私には考えられない」との、いまや衆目一致するところの論評もついている。

 これらの記述から「感情」的と目される部分を差し引いてエッセンスを抽出すると、小佐古氏が現実に感じた政府の実態については、 以下の部分が重要部分といえるだろう。

3)どういう理屈で何を決めているのかはっきりしない政府の意思決定メカニズム

 これが、深刻な原発事故後の対応のまずさと、具体的にどう関係しているのか。
 文科省は、学校での屋外活動を制限の放射線量の目安を、年間累計20ミリシーベルト以下とした。 福島県民と全国市民の猛烈な抗議をうけて5月27日になってようやく「年間1ミリシーベルト以下」 を目指して低減策に取り組む方針を明らかにした。だが、一度決めた20ミリシーベルトは撤回しない。日本の役所に共通した短所だが、 重大な誤りは決めたことを撤回しないところというより、誤りを誤りと認めずに、その判断を先送りするところにある。

 その責任逃れ・無責任体質が、学校での屋外活動制限の目安としては異常な「年間20ミリシーベル」 をそもそも打ち出させたといえるだろう。小佐古氏は同じインタビューで、 <校庭における放射能の許容水準を超える学校が17校にとどまるよう、政府は許容水準を比較的高いレベルに設定した>と述べている。

 小佐古氏はより低い水準の設定を主張していたが、その場合、何千校もの学校で全面的な放射能除去作業が必要になる。そのため、 補正予算の国会承認を得るために苦慮している菅首相率いる民主党は、<コストがかかる選択肢>は支持しなかった、と述懐している。要するに、 補正予算の国会承認を得るために、子どもたちを犠牲にしようとしたのだ。

 その背景には、子ども手当てや高速道路無料化など民主党が政権交代時に掲げた公約の取り下げにこだわる自民党など、 財政再建の手法を、管理統制の国家主義や弱肉強食と縮小均衡の新自由主義にしか見出せない後ろ向きで硬直的な野党の執拗な攻撃や交渉 (実質は自党の優位性を証明して支持率を上げようとする自己満足的)姿勢の影響もあろう。もちろん民主党内に存在する同様の意見もあろう。 そして当然、菅内閣内部や民主党執行部内に巣食う、自民党と同様の勢力(部分的に多少の違いがあるだけの第二自民)の自己満足勢力の存在もある。

 それを基盤に菅首相は立っていて、それを前提に自らの愚行によって発生させた国会の「ねじれ」対策としているわけだから、 小佐古氏が指摘するような相対的に<コストがかかる選択肢>は支持されることなく、 <校庭における放射能の許容水準を超える学校が17校にとどまるよう、政府は許容水準を比較的高いレベルに設定した>のであり、 福島県民と全国市民の猛抗議がなければ、明らかに<反社会的>な<年間累計20ミリシーベルト以下>の基準のみあって、 実態は無視されるという、あらゆる意味で霞ヶ関の共通利益と共通基盤のみが優先されるという事態に陥っていたといえるだろう。

 このように、原発共通利害集団の利益と保身しか考えない低次元の役所の論理とあまりかわらない民主党、 そしてまさにそうした論理と一体化した自民党の論理。<基準>を設け、それを下回るものは、<存在しない>。 だから<基準を超える>数値しか発表しないし(それさえ後出ししてきた)、恐ろしいことに<基準を超える>数値しか見出そうとしないし、 数値管理さえしない。ゆえに、種々の次元やテーマで<基準を超える>数値が発見されにくくなり、 あるいはなるべくそういうものは見出したくないという理屈が検証システムに反映されたりする。

 基準値以下の事象をばっさり切り捨てて確認しようとしなければ、内部被曝にかかわる食物や環境汚染の実態は把握できない。 あらゆる点において、事態の<過小評価>こそが至上命題である人々や組織が君臨している状況こそ、 そもそも原発の重大事故を引き起こした原因そのものである。それを除去せずに放置したままでは、 <基準値>は後々裁判沙汰などになったときの責任回避のツールに他ならず、 それがゆえに<基準値>は往々にして<反社会的>に機能し続けることになる。

 日本政府(内閣、安全委、保安院)は、「ただちに〜」のアナウンスに象徴されるように、 原発事故の与える危険について「外部被曝」には言及するが「内部被曝」には触れたがらなかった。もともと限定的な役割にとどまるICRP (国際放射線防護委員会)勧告を恣意的に解釈・運用しようとする傾向もある。その点は、例えば、文部科学省・ 放射線審議会基本部会の2011年1月付「国際放射線防護委員会(ICRP) 2007年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れについて− 第二次中間報告 −」などを見ても、一目瞭然といえよう。

国際放射線防護委員会(ICRP)2007 年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れについて− 第二次中間報告 −
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/03/07/1302851_1.pdf


 放射線が人体に加える危害は、確率が引き起こすわけではない。各個、各人で引き起こされるのである。それが一定数値・ 被曝時間を超えれば確実に一定割合で引き起こされるという実証研究データは重要ではあるが、現実においては、 原発事故は種々の症状や病状を引き起こしてきた。被害を受けた住民側が訴訟をおこしても、 原発事故との因果関係を証明できずに十分に賠償されなかったり、それを根拠に十分な対策が打たれなかったりする。

 だが「被告」は常に国や監督・規制機関や電力会社である。基準値以下の低線量について、 明確な因果関係が立証されていないことを理由に、「影響はない」と言い切り、切り捨てることは言語道断である。役所の責任逃れ、事態の軽視、 重大な事実の隠蔽・後出しの体質が、大事故を招き寄せてきた。そのまま放置すれば、この大事故は、さらなる大惨事を招き、 さらには別の原子力発電所等における大事故へとつながりかねない。

 日本のエネルギー行政が、もうこれ以上、原発依存という脆さをかかえたまま推移することは、断じて許されない。
 政府は原発の「安全宣言」を発して、玄海原発を手始めに停止中の原発の再稼動に動こうとしたが、菅首相が「従来の枠組み」 で判断すればそうだが、福島第一の事故をうけて、新たな枠組みが必要になっているとの認識を示して、EU流の「ストレステスト」(安全評価) 導入を打ち出し、政権内部のごたごたを引き起こした。

 その終息を目的に、政府は11日、「定期点検中の原発再稼働に関する統一見解」を発表した。

 政府内部のちぐはぐな動きは、この「統一見解」の【現状認識】と【問題点】と記された部分に要約されているといえるだろう。

A 稼働中の原発は現行法令下で適法に運転が行われており、 定期検査中の原発につ いても現行法令にのっとり安全性の確認が行われている。福島第1原発事故を受け、 緊急安全対策などの実施について経済産業省原子力安全・保安院による確認がなされており、従来以上に慎重に安全性の確認が行われている。

B 定期検査後の原発の再起動に関しては、保安院による安全性の確認について、理解を示す声がある一方、疑問を呈する声も多く、国民、 住民の十分な理解が得られているとは言い難い状況にある。

 要するに、保安院はがんばっているが、まだ国民・住民の十分な理解が得られているというわけではないので、 原子力安全委員会の要求をうけるかたちで、政府は安全評価を行うこととする。ただし、安全委員会は現行法では関与が求められていないので、 評価項目・評価実施計画を(政府が?)作成し、これを安全委員会が確認し、これに沿って、事業者が評価を行う、という内容だ。

 その事業者が自ら行った評価について、保安院が確認し、さらに、安全委員会がその妥当性を確認する、 という仕組みというか手順のようだ。

 評価項目・評価実施計画の中身は不明。そして結局、事業者が自分で評価を行うというだけのことだ。それを保安院、 次に安全委が確認するという。

 「ストレステスト」(安全評価)をやるのはいいだろう。しかし、何もやらないで「はい、再稼動」は通らないというだけの話で、 事業者は基本的にコンピュータで種々の負荷をかけるシミュレーション・テストをやって、「はい、こんなんでましたけど」 と報告して終わりというわけか。それとも現実に、自ら再稼動をやめる決断をする事業者が出てくるのか。 政府のこのまるで思いつきとしか考えにくい、ずさんな「再評価システム」が駆動するかどうか。

 事故調査・検証委はまだこれから。保安院や安全委の責任も無責任も棚上げのまま、こうした手法でまるで「通過儀礼」 のごとくに設けられる自主テスト。まるで、試験前に自身でやる模擬テストのような感じだ。だから、 この模擬テストを実質的に左右するのは世論だけだ。世論が動かなければ、この自作自演、 いや詐欺のような模擬テストは全員自らを通してしまうだろう。これまでの推移で行けばそうだ。

 レームダック寸前の菅首相が、最後の居直りもこめて、放ったのがこの「ストレステスト」実施という矢だ。

 国民が納得しない、国民が反対といっている――だから、しかたないじゃないか――ストレステストやろうよ。こういうやり方で、 関係機関すべての顔を立てて、責任など問うこともなく、誘導して事業者自身にテストをやらせる。

 この手の、政治と役所と事業者の問題に、国民を巻き込んで「反対」といわせ、それを背景に、延命をはかろうとする菅流のやり方に、 私は違和感を禁じえない。結局、自分たちでは何も言わず、何も主導せず、国民判断をあおぐのではなく、 国民を政治に利用しようとする態度にしか見えないからだ。

 追い込まれたからこういうやり方しかできないのか、それとももともとこういうやり方しかできない人物なのか。 もうゲップが出そうだが、日本の原発依存政治をいまこそ変えねばならない。菅氏はそのリーダーとはおよそいえないが、 「仙石や前原だったらここまでもやれまい」という感想も世間では徐々に広がっている。ツイッターで出回った「宰相不幸社会」、社会派コント集団=ザ・ ニュースペーパーの「今、国民も野党も民主党すら、みんなが『辞めろ、辞めろ』と言っている。日本は一つにまとまったんです。いまだかつて、 これほどまでに日本をまとめた総理大臣いましたか」。

 脱力政治のなかで吹いた、最後っ屁のようでもある、なまぬるい風。
 
 これを聞いた経団連の米倉弘昌会長は、11日の定例会見で、「政府内で非常に混乱し、見解を出さざるを得なくなった。こんな、 ばかな話は考えられない」(東京新聞)と、原発をめぐる菅政権の迷走ぶりを強い口調で批判。机を二度、三度とたたきながら、「(混乱は) 自分たちがつくり出した状況であって、ちゃんと国民、住民が安心できるように説明責任を果たすのが政府だ」(同)とたたみかけた、という。 これも政権の生ぬるさ、方向性のなさに乗じた「原発継続」のプロパガンダにすぎないだろう。

 また、菅首相が成立に意欲を見せる再生エネルギー特別措置法案(この法案はかならずしも脱原発志向法案とはいえない両面性を有している)については、 「われわれは東日本大震災以前から再生エネルギーの全量買い取りには反対している」と強調し、経済同友会の長谷川閑史代表幹事が、 先に同法案への支持を表明したことについては、「他の経済団体の考え」として取り合わなかった、という(→東京新聞)。

 そこには、コンシューマリズムも企業市民の理念もない。これが巨大経済団体トップの姿勢だ。菅首相についても、この人は、 やはり民主主義を勘違いしている――そういう印象が否めないが、別のところには、 たとえば大阪府の府知事のごとく民主主義もマネジメントもごっちゃにして自身の非力を力で隠蔽しようとするような特異な「権力者」 も日本社会には存在する。

 小事が大事を呼び込み、さらに大事が大惨事を呼び込んでもなお、破滅に至るまで保身に走ることをやめようとしない。 そうした旧態依然としたリーダータイプを許容する日本社会。おそらく権力者をもあわれむ慈悲心のようなものを、 国民の側のほうが有しているのではないか。「支配」と「被支配」の逆転構造が、 奥深いところで息づいているのが日本社会の実像なのではないかなどと、ときとしてそんな希望的観測に逃げ込みたくなるのも、 おそらく私だけではないだろう。

 なにしろ、6月の日本世論調査会の世論調査結果(回答者数1853人)によると、国内に54基ある原発について「直ちにすべて廃炉」 約9%、「定期検査に入ったものから廃炉」約19%、「電力需給に応じて廃炉を進める」約54%だった。この三つを合わせると約82% の人が、国内の原発の廃炉を求めている。「現状維持」は約14%。

 また3・11前に政府が掲げていた「2030年までに原発14基を新増設」という方針については、「原発を新増設すべきでない」 67%、「新増設する数を減らすべき」22%、「当初の方針通り進めるべき」6%。この圧倒的な世論の流れはその後の調査でも変わっていない。 にもかかわらず、日本の政治は流れを変えられないでいる。

 ドイツでは福島第1原発の事故をうけて政治が大きく舵を切った。8日には、連邦参議院(上院)が、 2022年までに国内17基の原発を停止する改正原子力法案に同意。下院は既に先月30日に可決している。ドイツはこの日、正式に「脱原発」 を法的に成立させた。同国では、福島第1原発の事故後、運転を停止している旧式の8基はこのまま閉鎖する。残る9基についても、15、17、 19年に各1基、21、22年に各3基を順次停止していくこととなる(→毎日新聞)。

 当事国の日本では、福島県内の保護者らでつくる「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」など六つの市民団体が6月30日、福島市に住む6〜16歳10人の尿を調べたところ、全員の尿から放射性セシウムが検出されたと発表。 依頼を受けて尿を検査したフランスのNGO「アクロ」のデービッド・ボアイエ理事長は、会見で「子どもたち全員の内部被曝が確認された。 汚染の値は低かったが、さらに詳しい調査が必要だ」と話すなど、必死の努力を積み重ねている。

 一方で原子力安全委員会は、これをうけるかのように、3月26〜30日に福島県いわき市、川俣町、 飯舘村の0〜15歳の1080人にサーベイメーターで実施した調査結果を5日までに公表、約45% の子どもが甲状腺被ばくを受けていたことを明らかにしたが、いずれも微量で「政府として精密検査の必要はないと判断した」 と説明するに留まり、市民の安全よりも、事態の沈静化だけを目指す始末。

 また川口市、野田市、足立区、吉川市などが、空気中の放射線量の被ばく限度について独自の暫定基準を設け始めたのも、 国の統一基準が明らかにされないためだ。吉川市について埼玉新聞は9日、「福島県以外において、国の統一基準が明らかにされない中、 保護者の不安に対応するための暫定的な基準という位置付け。基準を超えた場合は、活動時間を制限するなどの措置をとる」 などのように報じている。

 事実を直視しないから、「ああ、3・11さえなかったら」(斑目・原子力安全委員会委員長)などと保身にひた走るだけで精一杯となる。 「安全神話」は崩壊しているのに、依然、再稼動で再び「原子力神話」の路線に戻りたくて仕方のない輩たち。その妄想が、 菅政権のゴタゴタとともに、日本社会の再生の足をひっぱっていることになぜ気づかないのか。

 そして、政府は12日、2010年度の科学技術白書を閣議決定した。ここでも失策の一部を認めながら、保身の姿勢は崩さない。 時事通信によるとその内容は、福島第1原発事故について「発生当初段階では、 自治体への通報の遅れを含めて適時かつ的確な情報の提供が進まなかった」と指摘して、科学技術に対する「国民の理解と信頼と支持という点で、 大きな課題を突き付けられることとなった」と書いているという。

 また、同白書作成の文部科学省は、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」を運用するが、 SPEEDIは、積算放射線量の試算やモニタリングの調査区域設定などに利用されたが、「活用の体制や(情報)公表のあり方に課題を残した」 と記すに留まっている。また、「科学技術は復興・再生、新たな成長へ貢献することが求められている」と記しつつ、 原発の安全対策が不十分だったことについては、政府が事故調査・検証委員会を設置したと紹介するにとどまった、という。

 日本の政治や役所、あるいは独占・寡占企業に顕著な、内向きでお山の大将が連鎖したような体質。後々、大問題とならないように、 アリバイ程度に事実を認めるが、それ以上は決して自分からは認めない。責任の一端を認めはしても、どん詰まりにまで追い込まれなければ、 決して体質の転換を図ろうとしない。

 それでは問題解決を先送りするだけで、前進の方途を見出すことはできない。

 4月に内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘氏の、その後の指摘を繰り返しておこう。

1)菅内閣は海の汚染や魚への影響について迅速な分析ができていない
2)汚染除去コストを最小限に抑えるために、特定の放射能の危険性を過小評価している
3)どういう理屈で何を決めているのかはっきりしない政府の意思決定メカニズム

 今回の「ストレステスト」(安全評価)導入をめぐるドタバタのなかで、菅政権は、そして与党・民主党は変われるのか。また、 この危機的状況を機に、日本の政治や経済界、そして既存メディアはどこまで変われるのか。日本の市民社会全体に、 深刻な課題が突きつけられている。市民とジャーナリストの連帯の力で、 この袋小路を脱していく智恵とエネルギーを呼びさましていく必要がある。

(こわし・じゅんぞう/日本ジャーナリスト会議会員)

2頭の牛肉からもセシウム=流通は10都道府県に−東京都 (時事通信12日)
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011071200044
農家の牛肉 9都道府県で流通(NHK12日)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110712/t10014141501000.html
【原発】肉牛からセシウム検出 10都道府県に流通(TV朝日12日)
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210712000.html
全頭の牛から放射性セシウム 南相馬市の同一農場出荷(共同通信9日)
http://www.47news.jp/CN/201107/CN2011070901000427.html
南相馬の肉用牛、他の10頭からもセシウム検出 都発表(朝日新聞9日)
http://www.asahi.com/national/update/0709/TKY201107090231.html
日本の放射能問題は深刻=元内閣官房参与・小佐古氏(WSJ2日)
http://jp.wsj.com/Japan/node_258611
福島の子ども45%甲状腺被ばく 精密検査不要と安全委(共同通信5日)
http://www.47news.jp/CN/201107/CN2011070501000258.html
福島の子どもの尿からセシウム 仏のNGO「調査を」(朝日新聞6月30日)
http://www.asahi.com/national/update/0630/TKY201106300554.html
福島第1原発60キロ圏内の福島市で高濃度の放射能検出 市民団体(AFP6日)
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2810934/7463541?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics
政府統一見解の全文=原発再稼働(時事通信11日)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011071100300
枝野長官、統一見解の手続きに問題ない=閣僚は「整理必要」「経済に不安」
(時事通信12日)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011071200378
統一見解、にじむ「脱原発」=首相、経産に主導権握らせず(時事通信11日)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011071100841
経団連会長「ばかな話」 政府の混乱、机たたき非難(東京新聞12日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2011071202000029.html
82%が原発廃炉を希望、世論調査(AFP6月19日)
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2807327/7388009
<ドイツ>脱原発法が成立 国内17基、順次停止へ(毎日新聞8日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110708-00000103-mai-int
福島第1原発60キロ圏内の福島市で高濃度の放射能検出 市民団体(AFP6日)
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2810934/7463541?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics
吉川市が独自基準 放射線量限度値(埼玉新聞5日)
http://www.saitama-np.co.jp/news07/09/05.html
原発事故、情報公開に課題=安全対策に踏み込まず−科技白書(時事通信12日)
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011071200131

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