2012年03月16日

「言論・表現の自由」とは、権力に対して異論を唱える自由のことである――高江ヘリパッド判決と秘密保全法制

 14日、那覇地裁で、東村高江の米軍ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設で、座り込みなどの反対行動を展開した住民2人に対し、 国が、通行妨害の禁止を求めた「高江ヘリパッド訴訟」の判決があった。判決は二人のうち一人については「妨害行為を認めるだけの証拠がない」 として国の訴えを退け、もう一人については違法な妨害行為があったことを認め、通行妨害禁止の判決を言い渡した。

(JCJふらっしゅ「Y記者のニュースの検証」=小鷲順造)

 訴訟は、防衛省沖縄防衛局が、米軍北部訓練場の約半分の返還に伴うヘリパッド移設工事を巡って工事の妨害禁止を求めたもので、 防衛局が反対派14人について妨害行為の禁止の仮処分を申請し、 09年12月に那覇地裁はこのうち男性2人に妨害禁止を命じる決定を出していた。防衛局はこの男性2人について本訴訟を起こした。

 沖縄タイムスは15日付の社説で、<住民が国を訴えたのではない。国が住民を訴えたのである。判決の中身をうんぬんする前に、 そのことの異常さを指摘しておきたい>と前置きして、

1)国が住民を訴えたことについて判決は「不適切とは言えない」と指摘している
2)だが、それはあくまでも司法の立場に立った見方である。
3)沖縄の基地問題をどのように解決していくかという政治の立場に立てば、国が住民を訴えること自体、 話し合いの回路を自ら閉ざした強引な手法だと言うしかない
 と、この裁判自体がもつ「異常性」について整理している。

 社説はこの指摘のうえに立って、 <このような訴訟によって高江のヘリパッド建設問題が解決することはあり得ない>とあらためて厳しく政府の姿勢を問い直すよう求めているが、 裁判自体がもつ「異常性」についての掘り下げはここで終わるわけではない。ことは憲法21条で保障された「言論・表現の自由」 の問題に深くかかわっていることに言及していく。

 訴訟を起こされた住民側は、「座り込みなどは、工事に反対するための憲法上保護された表現活動。国の訴えは住民への脅迫で不当だ」 (毎日新聞)と主張していた。

 沖縄タイムス社説は、<憲法21条で保障された「言論・表現の自由」とは、権力に対して異論を唱える自由、のことである。 それが権力の乱用を防止し、民主主義社会を活性化する>と続け、この裁判そのもののもつ異常さを抉り出していく。

 <今回のような判決は、反対行動を萎縮させ、結果として「表現の自由」の行使を狭めるおそれがある>と指摘したうえで、 国が住民を訴えた今回の訴訟について弁護団は「スラップ訴訟(市民参加に対する戦略的訴訟)」だと批判していることを紹介していく。

 社説は、<スラップ訴訟は、訴えを起こすことで反対行動を萎縮させるような、 萎縮効果を目的にした訴訟のことである>と簡単な解説を施し、もし<国が反対運動の萎縮効果を狙って訴訟を起こしたとすれば、 自らの政策の失敗を強権で糊塗するもの、だと指摘せざるを得ない>と、今回の国が起こした訴訟と、 その訴訟自体がもつ異常な性格を問題にせずに出された判決について、抜本的な問い直しを求める。

 そして最後に、
1)ここまで問題がこじれたのは、国が住民の不安に正面から向き合おうとせず、情報開示や説明責任を十分に果たしてこなかったこと、
2)訴訟は対立と混乱に拍車を掛けるだけで、何の解決にもならないこと 
 を、あらためて提言して締めくくっている。

 この件での国による実に異常かつ姑息で、嫌悪感を禁じえない市民への挑戦、恫喝の行為、そして判決内容の空疎さ。それらを、 沖縄防衛局長による「選挙講話」 問題や辺野古アセスの事業発注で防衛局職員が企業選定に深く関わっていた問題などを考え合わせてあらためて見直してみると、 この政府による住民2人に対する「訴訟」の根深さや異常性は、さらに実感を伴って私たちに迫ってくる。

 反対運動に関連して社説が踏み込んだ<憲法21条で保障された「言論・表現の自由」>の問題は、非常に重要である。

 判決は一人については「妨害行為を認めるだけの証拠がない」として国の訴えを退け、 もう一人については違法な妨害行為があったとして、通行妨害禁止を言い渡したものである。これは反対してたたかう側の「かまえ」 の問題とも深くかかわるのだろうが、沖縄防衛局の側は「スラップ訴訟」を仕掛け、そして何年もかけて一人について「通行妨害禁止」を 「勝ち取った」に過ぎないわけだから、もし防衛局の側に徒労感というような感情があるとすれば、 それに襲われているのは防衛局の側かもしれない。実質、防衛局の側の「敗訴」という受け止めもできるのかもしれない。

 だとすれば、沖縄のすさまじいたたかいの一つの成果としてとらえることも可能なのだろう。だが、社説は、憲法21条で保障された 「言論・表現の自由」、権力に対して異論を唱える自由にまで踏み込み、弁護団のいう「スラップ訴訟」を問題にして、この問題の根深さ、 執拗さ、異常さを告発してやまない。私はここに沖縄が長く抱えている基地問題の深刻さとともに県民の力強さを見、 いつも勇気を与えられるのだ。

 訴訟を起こした防衛省沖縄防衛局は、国の機関である。「国」である。
 その「国」は、今度は、国の安全や外交、公共の安全に関わる情報についての「秘密」 保全とそれを漏らす者に対する罰則強化の法案を成立させようと動いている。これも民主主義国家、平和主義国家、 人権尊重社会としては異常な動きである。

 西日本新聞は15日付社説に「秘密保全法制 法案提出の断念を求める」を掲載、<情報公開の拡大に背を向けたまま、 秘密保全の法制化を目指す現政権の姿勢は選挙で民主党に投票した国民への背信である>として、 同法案の今国会提出を検討している政府を厳しく批判し、速やかな法制化断念を求めている。

 社説は、「秘密保全法案」が国の行政秘密の漏えいに対する罰則を強化するものであることを取り上げ、その機能・ 役割について<国の安全や外交、公共の安全に関わる情報のうち、特に秘匿を要する情報を「特別秘密」に指定し、 漏らした公務員らに懲役10年以下、または5年以下の厳しい罰則を科す>というものであることを、あらためて指摘、以下のように論じている。

1)国の存立や国民の安全に関わる情報の管理は、もとより厳格でなければならない。国に一定期間「秘密」 にすべき情報があることも否定はしない。
 としたうえで、
2)法案では秘密の範囲があいまいで、公開した方が国民の利益になる情報まで、政府の一方的な都合で「特別秘密」 に指定することが可能になる。
3)制定によって、情報管理の名の下に政府による「情報隠し」が、いま以上に容易になるのではないかとの懸念を抱かざるを得ない。
4)処罰対象は「秘密」を扱う公務員にとどまらず、第三者が「不正な手段」で秘密情報を入手した場合も、罪に問われることになる。
5)秘密に指定された情報でも、それを報道することが国民の利益になると判断すれば、秘密を扱う公務員らに接触して情報の開示を求めるのは、 報道機関にとって日常的な取材行為である。
 ゆえに、
6)公務員は罰則を恐れて萎縮し、報道機関の取材を避けるようになるだろう。法の運用次第では、通常の取材活動が秘密漏えいを 「そそのかした」として罪に問われる可能性があり、結果として取材・報道の自由が制約され、国民の「知る権利」が侵害されることになる。
 と指摘する。

 そして<いま必要なのは、国民の「知る権利」を脅かす秘密保全法制の強化ではない。正しい情報をできるだけ早く、広く、 国民に公開する体制の充実である>と提言する。

7)東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故の放射能漏れや拡散状況などをめぐり、 国民が必要とする正確な情報を迅速に流さなかった政府の対応が、そのことを誰の目にも感じさせた。
8)行政秘密の保全には国家公務員法の守秘義務違反(罰則は懲役1年以下)で、防衛秘密の漏えいには自衛隊法(同懲役5年以下) で対応してきたが、国の存立を脅かすような不都合はなかった。

 上記二点を、秘密保全法制の強化ではなく、正しい情報をできるだけ早く、広く、 国民に公開する体制の充実こそ大切であるとの提言の根拠として挙げ、

9)民主党政権は、情報公開法改正案を昨年4月から国会にたなざらしにしたままである。(「国民の知る権利」を明記し、 行政情報の公開範囲を大幅に拡大する情報公開法の制定は、民主党の政権公約でもあったはずだ)。
10)それを放置して、民主主義の根幹である「知る権利」を脅かす法制定を急ぐのは理解できない。
 として、いま求められているのは秘密保全より情報公開であることを再度強調し、<情報公開の拡大に背を向けたまま、 秘密保全の法制化を目指す現政権の姿勢は選挙で民主党に投票した国民への背信である>として、政府に対して速やかな法制化断念を求めている。

 最初に見た高江のヘリパッド訴訟では、反対運動とそれを制圧しようとする側の「スラップ訴訟」の構図が浮き彫りになった。 「スラップ訴訟」と情報公開や市民の知る権利とは、真っ向から対立する。政府が今国会で法案提出を目指す「秘密保全法制」も、 あいまいな秘密の範囲、情報管理の名の下に情報統制を敷き、処罰対象を秘密を知る公務員、政治家、 そしてそれに関わるメディア及び第三者と広げ、恫喝する内容だ。

 いま米軍基地の問題をめぐって、米日間の交渉が続いているが、あくまで「米軍再編」に名を借りた米軍と自衛隊の合体、 さらなる連携の深化を目指すなかでの、米軍普天間基地問題の「解決」に向けた交渉プロセスでしかない。 米国と日本の真のパートナーシップによる平和主義、民主主義、人権尊重社会の構築に向けた歴史的な動きとは到底いえそうにない。 そこに米軍の移転費用の問題や部隊の他の国内基地への一部移転などの話をめぐって、 つまり移転規模と移転場所と移転費用などをめぐる交渉の一部が、メディアを通じて漏れ聞こえてくるが、すでにそこには情報を操作し、 世論を操作しようとするフィルターがかかっているものと思われる。

 そうした時期に、米軍を慮って(あるいは米軍からの圧力を過大に装ったり、笠に着たりして) 強硬手段に出て市民を押さえつけようとしてきた政府や防衛省の体質が、あらわになっている。さらに「秘密保全法制」 制定で守ろうとするものが米軍の軍事秘密であったり、日本国内でそう思わせたり、ほのめかしたりすることで、 強圧的な管理統制社会を築こうとするようなことがあれば、それほど異様なことはなくなる。

 <憲法21条で保障された「言論・表現の自由」とは、権力に対して異論を唱える自由、のことである。それが権力の乱用を防止し、 民主主義社会を活性化する>と書いた沖縄タイムス社説、そして「いま求められているのは秘密保全より情報公開である」 と書いた西日本新聞社説。

 いままさに、国民の管理統制を狙う勢力と、民主主義・平和主義・人権尊重を実現しようとする勢力の激突が起きている。あらゆる場面、 あらゆるテーマにおいて、こうした視点から、直面する問題の掘り下げと提言が大切になっている。市民とジャーナリストの力強い連帯を、 さらに広く深く築き上げていくべきときを迎えている。

(こわし・じゅんぞう/日本ジャーナリスト会議会員)

[高江ヘリパッド訴訟]「表現の自由」の軽視だ(沖縄タイムス15日)
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-03-15_31067/
秘密保全法制 法案提出の断念を求める(西日本新聞15日)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/291924
米軍ヘリ施設訴訟:反対住民1人に妨害禁止命令 那覇地裁(毎日新聞14日)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120315k0000m040075000c.html

posted by JCJ at 10:14 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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