2012年10月28日

高江の子らの涙の上にある安堵を味わうのは誰?=三上智恵

 「本当にオスプレイ来ちゃった、やだよォ〜!」10月1日、普天間基地のゲート前。湧き起こる「オスプレイ帰れ」の怒号の中、高江の子供たちが泣き叫んだ。この6人兄弟の家は東村高江に建設中の米軍ヘリパッドから400bしか離れていない。そこに事故が多いオスプレイが来ると聞き、父親の安次嶺現達さんらが座り込みを始めたのは5年前。
 ところが間もなく国に「通行妨害」で訴えられてしまった。突然被告にされた15人には、妻と当時7歳の娘まで含まれていた。国が、国の方針に従わない民に圧力をかける前代未聞の裁判。娘の海月ちゃんは「私も刑務所に入るの?」と怯えた。
 反対運動などすれば、ひどい目に遭うぞという恫喝裁判の一方で、ヘリパッドの建設を進める国側は住民に「ここにオスプレイが来るとは聞いてない」と言い続けたが、米軍の資料で高江には年間1200回飛来することが判明した。
 沖縄は、一体どこまで欺かれ続けるのだろう?地上戦で焼かれた先祖の土地。いつしか自分の土地に入れば米軍に捕まり、今は日本国に罰せられるようになった。声を上げれば裁判にかけられる。この国の法と仕組みは一体誰のためのものか?
 95年の少女暴行事件の怒りを受け、政府は普天間飛行場の返還を約束したはずだ。ところがそれさえオスプレイの配備を睨んだ海上基地建設への方便だった。しかも辺野古の基地建設が進まないことに業を煮やした政府は、住宅密集地の普天間に強引にオスプレイを飛ばした。
 これはもはや機種の問題ではない。今回の配備強行は17年に及ぶ政府の欺瞞の象徴であり、復帰40年を経てなお、沖縄問題は軍事的植民地の棄民政策でしかないことを決定づけるものだ。
 配備前夜、県民は初めて普天間基地を22時間封鎖に追い込んだ。台風17号の暴風の中、四つのゲートの前に身を投げ出した人々や、そこに襲いかかる警官の姿は全国ニュースからはほぼ黙殺されたが、初めて基地に出入り不可能になった米軍は動揺を隠せなかった。コザ暴動以来の抵抗を目の当たりにした私も、積年の涙を止めることができなかった。
 そんな抵抗も空しく、オスプレイはやってきた。3日後にはついに高江上空に浮かび、5年余りの座りこみの日々を切り裂くように、縦横無尽に低空飛行をした。絶望する大人の横で、11歳になった海月ちゃんは言った。「お父さんとお母さんが頑張れなくなったら、私が引き継いでいく。私は高江をあきらめない」。オスプレイの存在に安堵する国民がいる。その安心は高江の子らの涙の上に揺らいでいる。 (琉球朝日放送 報道部)

(JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」10月25日号)



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posted by JCJ at 10:56 | TrackBack(0) | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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