2013年03月11日

【映画の鏡】イラン革命直後の米大使館襲撃事件裏話、脱走し匿われた大使館員をいかに救うか、アカデミー作品賞受賞の緊迫劇−『アルゴ』=木寺清美

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 今回の「映画の鏡」は、作年10月に公開された『アルゴ』を取り上げる。本作 は、去る2月25日発表の、米アカデ ミー賞の作品賞に輝いた作品で、事情があって紹介漏れになっていたのだが、娯 楽性と歴史性を兼ね備えた、優れた 作品なので、受賞を機に紹介する。現在、全国の100を超える劇場で、アンコー ル上映中で、DVDの発売と貸し出し も、3月13日にスタートする。

大使館は過激派占拠、脱走職員は私邸に

 1979年1月、イランでは、ホメイニ師による、イスラム原理主義革命が成功 し、米英に支持され、欧米寄りの政策を とってきたパーレビ王朝は崩壊した。パーレビ前国王は、表向き癌の治療という ことでアメリカに亡命し、アメリカ もそれを受け入れた。「前国王を捕らえて裁判を」というイラン国民の要求が実 現されなかったため、イラン国内で はアメリカへの不満が充満し、その意を体したイスラム過激派が、その年の11 月、テヘランのアメリカ大使館を襲い 、大使館員ら52人を人質にして、立てこもるという、世界を震撼させた事件が起 きた。事件の解決には、長い外交交 渉の末に、米軍が実力行使して、大使館を取り戻す一方で、多くの犠牲者が出る という,悲劇的結末になるが、その 一方で、6人の大使館員らが密かに脱出し、カナダ大使の私邸に匿われるという 事態が起きた。事態がバレれば、6人 は立ちどころに、イラン側に捕まって、処刑されることが必定な上、イラン政 府、国民、過激派を刺激し、人質占拠 事件への影響も大きくなる。その上、米との同盟国であるとはいえ、第三者であ るカナダ大使は、早期に6人を厄介払 いしてしまいたいというのが本音で、6人をどうするかが、急を告げていた。



CIAも大統領も封印、奇想天外の救出

 この映画は、この米大使館人質襲撃事件の裏で起きた、6人の脱出大使館員 の、救出作戦を描いたものだが、その 主体となったCIAや、大所高所で判断承認をした、当時の米大統領カーター氏 は、この裏事件の一切を、世界に知 らさず封印し、1997年に、後のクリントン大統領が封印を解くまで、事件は伏せ られた。その間18年という長い年月 が経っているためか、解禁になっても、歴史的な大事件として、認識されること はなく、21世紀に入って、元関係者 らの著書で、徐々に知られるところとなり、このほど、「事実は小説よりも奇な り」というフレーズが、完全に当て はまるほどの、面白い脱出者の救出作戦であったことを知った、俳優のジョー ジ・クルーニーらが、映画にすること を決意したものである。製作はクルーニーらが買って出て、新鋭脚本家のクリ ス・テリオが脚本化、そしてこれまた 俳優で、このところ、イーストウッド、レッドフォード、クルーニーらに続い て、監督業にも進出しているベン・ア フレックが、監督と主演を引き受けた。そして出来上がった作品は、最もセン セーショナルに、世間の前に、この裏 事件の実際を知らす結果となり、2012年度第85回米アカデミー賞の作品賞に輝 き、編集賞と脚色賞も、あわせ受賞す ることになった。

偽映画の製作班装い、厳戒の空 港を突破

 映画はすこぶる面白い、サスペンスフルな娯楽映画の形をとって進行する。そ れは、「小説よりも奇なり」だった 事実に即したもので、事実を曲げたり、はずしたりした娯楽性ではない。構成の 面白さ、ドキュメンタリー・タッチに 徹した演出の素晴しさ、そこから来るサスペンスフルな娯楽性であり、ガンファ イトやカーチェイスのような嘘に、 一切頼らず、面白さの王道を、追及しきっている点が、とても見事である。
 いかにして6人を救出するか。それを考えるプロとして呼ばれたのが、国務省 の要請を受けたCIAの職員で、「人 質奪還のプロ」として評価されていた、トニー・メンデス(ベン・アフレック) という男である。メンデスが考えた のは、イランでの撮影がふさわしい、ハリウッドのSFアドベンチャー映画の. ロケハン要員として、6人がイラン入 りをしていたことにし、イラン情勢が緊迫する中、アメリカに帰国することにな り、テヘラン空港から、イミグレー ションも正規に通過して、堂々と出国させるというものだった。そのために、ハ リウッドに、大物プロデューサーを 長とする、製作チームまでが作られ、そのプロデューサーがボツにした脚本の中 から、民衆が、邪悪な王を倒すとい うストーリーの、SFアドベンチャー『アルゴ』(なんと本作のタイトルは、劇 中に使われる映画のタイトルなのだ 。「アルゴ」とは、ギリシャ神話で金羊皮を得るために遠征した勇士アルゴナウ タイが、乗った船の名又は南天に輝 く星座名。この劇中映画では、他天体から独裁者が攻めてきて征服した星の名と なっていて、アルゴの民衆は果敢に 戦い、この独裁者を排除するという、イラン革命に合わせた物語となっている) を選び、宣伝ポスターや絵コンテな ども、脱出の際のイミグレーションで疑われないようにするための、小道具とし て、詳細に作られた。製作発表の記 者会見までを、ご丁寧に開き、『アルゴ』が本当に作られるのだという嘘を、国 際的な規模でバラ撒く入念さだ。
 こうした準備を経て、トニー・メンデスは、6人を、映画製作のための、ロケ ハン班にでっち上げるため、ワシン トンから、製作補として、テヘランに乗り込んできた。



ドキュメンタリー風とコメディ風が合体

 映画は、イラン革命前後のイランの情勢を、字幕やナレーションで説明する冒 頭から、背景に映されていく革命軍 の激しい動きなどが、まるで過去のニュース・フィルムを使ったかのようなド キュメンタリー・タッチで描かれ、大変 な迫力である。そして、映画人に扮して、実際に空港から脱出する際の訓練が、 6人に課されていく−そのシーンの 、もうコメディといった方がいいような、身につまされた笑いが、この映画の品 格をさらに上げている。イミグレー ションには三つの関門があって、まずパスポートの点検、次に入国日や滞在中の ロケハンの進展具合などを尋ねられ る場所、そして最後は革命防衛隊(革命成功後に結成されたイランの軍隊)によ る人相の点検と身体検査−それらを どう乗り切るかが、シュミレーションされる。その笑いは、終盤の実際の場面 で、手に汗握る迫力となる。

露見しそうになる障害や指揮の混乱も < br>
 また次々と、周りから、波のように押し寄せるスリルの醸成も、見事である。 カナダ大使私邸のイラン人の家政婦 が、客という触れ込みの6人が、全く外出しないのを、疑い始める。通報される のではないかというスリル。また大 使館は.過激派に襲撃されるのを予測して、事前に、重要書類などを廃棄してし まうのだが、犯人たちは、シュレッ ダーにかけられたそれらを繋ぎ合わせ、人数が52人では足りないのを知り始める −などなど、早期に出国しないと、 全てはイラン側にばれるのではないかというスリルが、惻々と迫って来る。とく に、イランの映画関係者から、ロケ ハン班の仕事の内容を聞きたいので、街のバザールまで出てきてほしいと連絡が 入ったときは、緊張の糸が切れんが ほどの状況になるが、イランの民衆に囲まれながら、これも無事に終える。  おまけにアメリカ側の都合で、この出国計画に、一旦中止命令が出るなどの紆 余曲折もある。それは大使館そのも のの奪還作戦が、外交交渉を中断して、米軍による強行襲撃に変更されたとき だ。航空券の予約は取り消され、ハリ ウッドの事務所も閉鎖される。しかし予定通り出国を決め、事態を元に戻したの はトニー・メンデスで、カーター大 統領に直訴することによって、既定方針が実行されるのである。

監督主演のベン・アフレックの手腕秀逸

 終盤、6人の出国の瞬間は、これまた盛り上がる。最後の軍によるイミグレー ションを、何とか通過し、出発ぎり ぎりに搭乗した6人。飛行機が滑走路を走り出して、事実に気付いたイラン軍。 滑走する飛行機を、軍や警察の車が 追うが間に合わない−こんな状況まで、本当にあったのかどうかは分からない が、娯楽映画の定石としては、当然の シチュエーションであり、観客が溜飲を下げるのには、十分な出来であった。  エピローグでは、大活躍をしたトニー・メンデスが、今は退官をして、田舎で 平穏な家庭生活を送っていると伝え られるほか、6人(うち4人は二組の夫婦)それぞれのその後の人生が簡単に語 られ、観客をホッとさせる。  この映画は、監督主演のベン・アフレックが、ただ者ではないことを示した、 サスペンス映画の傑作である。そし て、埋もれていた歴史的大事件を、この映画が暴露することによって、イランと アメリカが、なぜ今も、敵性国とし て対立しあっているのかが、よくわかる仕組みになっている。
(上映時間2時間)
写真提供:(C)2012 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.
全国主要都市の100を超える劇場で、アンコール上 映中。3月13日よりDVD発売、レ ンタル開始。
◆配給社 ワーナー・ブラザーズ映画

《公式サイト》http://www.argo- movie.jp/

posted by JCJ at 17:15 | TrackBack(0) | 映画の鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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