2013年03月14日

【インタビュー】宇都宮健児さん=「生活保護切り下げ」は弱い者いじめ 求められる市民の政治参加と粘り強い運動

 25年度予算案で生活保護費の大幅削減がおりこまれた。昨年の生活保護バッシングを煽ったマスメディアは、憲法25条で保障された生存権をないがしろにする政策に無批判だ。  昨年の東京都知事選に脱原発、反貧困、憲法擁護などを訴えて出馬した宇都宮健児弁護士に、貧困の拡大と生活保護問題、市民運動と政治に関わる課題等について伺った。

宇都宮健児(うつのみや・けんじ)=1946年生まれ。1971年弁護士登録。1983年独立(現東京市民法律事務所)。長年、多重債務問題に取り組む。日弁連会長、年越し派遣村名誉村長などを務める。現在、反貧困ネットワーク代表。
●――生活保護水準が切り下げられそうです。

 生活保護受給者が増えているのは、貧困や格差が広がったからです。受給者を減らそうと思うなら、貧困と格差の拡大をストップさせる政策をとるべきですが、それには手を打たないで、生活保護受給者をバッシングし、生活保護制度を改悪しようとしているのは、本末転倒です。
 日本の相対的貧困率は過去最悪の16%となっています。国民の6人に1人が貧困状態に陥っており、子どもの貧困率も悪化し続けているのです。貧困率は、先進国の中ではアメリカに次いで高くなっています。

 全労働者の3人に1人以上が非正規労働者で、年収200万円未満の労働者が1000万人を超えています。
 また、6都道府県では最低賃金がいまだに生活保護水準以下です。約270万人存在する失業者の2割しか失業保険を受けていません。ヨーロッパではほとんどの失業者が失業保険を受けているので、職を失ってもいきなり生活保護にいかなくてすむのです。
 さらに、日本では年金だけでは生活できない高齢者が増えています。
 また、1980年代は貯蓄ゼロ世帯が5%前後、90年代は10%前後でしたが、最近では貯蓄ゼロ世帯が26%になっています。4世帯に1世帯は貯蓄ゼロなので、家族の病気などで緊急の出費が必要なとき、借金に頼らなければならないのです。
 生活保護受給者が200万人を突破して過去最高となったといっても、わが国では全人口の1・6%しか生活保護を利用していません。ドイツでは全人口の9・7%(793万人)、イギリスでは全人口の9・27%(574万人)の人が生活保護を利用しているのです。
 生活保護水準以下の世帯の中で、生活保護を利用している割合(捕捉率)は2割程度で、ヨーロッパ諸国の5〜9割と比較するとはるかに低い捕捉率となっています。
 日本では生活保護を利用できるのに我慢して利用してない人が多く、生活保護の利用率・捕捉率があまりにも低いので、孤立死、餓死が多発しているのです。生活保護を受給していれば死なずに済んだ人がたくさんいるのです。
 不正受給が問題となっていますが、厚労省の調査でも不正受給額は全体の0・4%以下なのです。むしろ、生活保護を利用できるのに利用していない人が多いことが大きな問題なのです。
 今回の生活保護基準の引き下げは、生活保護世帯と下から10%の低所得世帯を比較した結果、生活保護世帯の消費支出のほうが高くなっていることを、引き下げの理由の一つにしています。しかしながら、低所得世帯には、本来なら生活保護を受給すべき世帯が多く含まれているのです。このような低所得世帯と生活保護世帯とを比較すると、どんどん生活保護水準を切り下げていくことにつながります。むしろ、生活保護水準以下の低所得世帯に対しては、生活保護申請を行わせ、捕捉率を引き上げる努力を行うべきなのです。
 生活保護基準は、労働者の最低賃金や地方税(住民税)の非課税基準、就学援助の給付基準、介護保険の利用料・保険料の減額基準、障害者自立支援の利用料の減額基準などに連動しているため、生活保護基準の引き下げは国民生活全体の引き下げにつながります。この結果、生活保護基準の引き下げは、消費を抑制してデフレを促進することにつながります。デフレの克服のためには、消費を増やさなければならないのに真逆のことをしようとしているのです。
 現在行われようとしている生活保護基準の引き下げは、子どもがいる世帯ほど引き下げ幅が大きく、子どもの養育や教育に影響を与え、「貧困の連鎖」を生むことになりかねません。生活保護費を大幅に削減する政府の政策は、生活保護受給者がなかなか声を上げにくいことにつけ込む、弱い者いじめの政策と言えます。

  ●――そうした政治に対抗する運動の課題は?

 これまでのわが国の運動は政治的・イデオロギー的立場の違いによって分裂することが多かったのではないかと思います。そして、そのことが運動の力を弱めてきたのではないかと思います。たとえば労働運動のナショナルセンターは複数あり、平和運動も複数に分かれています。しかしながら、経団連は分裂していません。富と権力を持つ側がまとまっていて、運動する側が分裂してきたのです。分裂を続けてきたこれまでの運動のあり方を乗り越える新たな運動が求められています。
 昨年末の総選挙をみても、民主党政権には失望したが、自民党政治にも戻りたくない人たちを、保守の側では「日本維新の会」や「みんなの党」などの保守政党が受け皿となって取り込んでいるのです。保守の側からはそうした受け皿がすぐ出てくるのに、リベラルの側からはいまのところそのような受け皿が出ていません。
 リベラルの側の弱さは運動の弱さです。ねばり強く多様な運動を広げ、統一する中でしかリベラルの側は勝てません。
 護憲運動は改憲反対の運動だけでなく、憲法を実質化させる運動と合わせて取り組んでゆくことが重要だと思います。
 憲法25条が定める生存権保障を具体化した生活保護制度を利用して権利行使している人は、利用資格のある人の2割しかいないのです。しかし護憲活動を行っている人は、日頃ホームレスを支援して生活保護申請の同行を行う活動などはあまりしていません。
 わが国の教育にも問題があります。憲法25条の生存権保障を知識として教えても、生活保護の申請の仕方を教えていません。どこに相談に行って、どういう書類を出せばいいのか全く教えていないのです。わが国では憲法について理念教育・知識教育は行われていますが、憲法が定めている基本的人権を現実に行使する方法をあまり教えていないのです。
 憲法21条の集会・結社・表現の自由を知識として教えるだけでなく、現実にデモや集会に参加することを教えるべきなのです。
 私が日弁連の会長になった時に、戦後60年以上にわたり続けられてきた司法修習生に対する給費が全面カットされる法律が施行されることになっていました。戦後ずっと続いてきた大変重要な制度なのに、いきなり給費が全面カットとなり、生活ができない修習生に対しては国が修習資金を貸し付けるという貸与制へ移行されることになっていたのです。私はすぐに日弁連内に対策本部を設置する一方で、市民団体にも呼びかけて「司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会」をつくってもらいました。このような運動で一番重要なのは当事者が声を上げることです。そこで、若手弁護士、司法修習生、法科大学院生、法科大学院修了生、法学部生などからなる「ビギナーズ・ネット」というネットワーク組織をつくり、運動に参加してもらいました。
 私は法科大学院生らに対し、「君らは憲法を習っているけれど、憲法を知識として学ぶだけではだめだ。憲法21条の集会・結社・表現の自由を学ぶということは、集会やデモ、ビラまき、国会要請をやる、それが憲法を学ぶということだ」「民主主義社会の一員になろうと思えば、街頭で一人でもマイクを持てるようにならなければだめだ」と話しました。その後ビギナーズ・ネットには、2000人を超える若手弁護士や司法修習生、法科大学院生、法科大学院修了生、法学部生などが参加して、日弁連や市民連絡会と連携しながら、給費制の存続を求める集会やデモ、ビラまき、署名活動、国会議員要請などが行われました。署名を取る、国会議員に要請をする、議員会館の前でマイクを持って宣伝をする、このような活動をする中で、ビギナーズ・ネットの中から多くの活動家が育っています。
 また、このような運動を続けた結果、給費制の1年延期を勝ち取り、現在は、政府の「法曹養成制度検討会議」で、給費制の存続問題が再検討されているのです。
 わが国の学校では、憲法28条の勤労者の団結権や団体交渉権についても知識として教えるだけで、労働組合のつくり方を教えていません。労働法の授業では労働組合のつくり方を教え、労働組合のオルガナイザーを育てるべきなのです。最低限、労働組合の話を聞きに行かせるべきです。憲法に書いてある理念や知識を教えても、権利を実質化する方法を教えていない、これがわが国の憲法教育の問題点です。
 アメリカですら労働法を教えるときは、労働組合のつくり方や労働組合のオルガナイザーを育てる教育をしているのです。私は2008年に、日弁連の労働と貧困問題に関する調査で、アメリカのロサンゼルスに行った時、カリフォルニア大学のレイバーセンターを訪れて話を聞いたことがあります。レイバーセンターでは、労働法の学者が労働組合のつくり方を教えていました。レイバーセンターの卒業生は、AFL‐CIO(アメリカ労働総同盟)などの活動家になっているということです。

  ●――運動の高揚の結果を出すのは選挙ですね。

 参院選で立候補するには、選挙区で300万円、比例区では名簿登載者一人について600万円の供託金が必要となっています。市民団体が政党をつくり、比例区に10人の候補者をたてようと思えば、6000万円かかるのです。お金がなければ立候補できないのです。
 これは憲法14条の法の下の平等に違反します。また憲法44条は、選挙権も被選挙権も財産・収入などによって差別してはならないと定めていますので、憲法44条にも違反します。
 アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアでは供託金はゼロです。フランスでは約2万円の供託金すら批判の対象となり、1995年に廃止されたということです。供託金が必要なヨーロッパ諸国でも、供託金の額は大体10万円以下です。
 しかしながら、わが国では、戦後公職選挙法が改正されるたびに、供託金の金額が引き上げられてきているのです。
 供託金が高額では、財界や労働組合などから資金をもらえる人たちならば政党をつくり候補者を大量にたてられますが、経済的に余裕のない市民団体はなかなか政党をつくり候補者をたてられません。
 「お任せ民主主義ではだめだ」とよく言われていますが、実際に政党をつくり政治に参加しようと思えば、高額な供託金という障害があるのです。  このような問題が是正されないまま現在に至っているということは、わが国では民主主義が理念的にとらえられていて、実践的な運動としてとらえられてこなかったのではないかと思います。ヨーロッパ諸国では、長年の民主主義運動の中で、被選挙権を制限する高額な供託金制度が改善されてきているのです。
 わが国では選挙権の1票の格差問題がようやく問題にされてきているものの、被選挙権行使の障害となる高額な供託金については、あまり問題になっていません。
 資金的に余裕のある保守の側はいくらでも新党をつくって目くらましができます。保守の側の政治的主導権に対抗するには、リベラルの側では、市民団体が政党をつくり、社民党や共産党などの既存のリベラル政党と連携していくことが、いずれ政治的な課題となってくるのではないかと思います。しかしながら、その時、高額な供託金制度が大きな障害となって立ちはだかってくるのではないかと思われます。

聞き手=保坂義久


*JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」3月25日号より先行掲載

posted by JCJ at 11:58 | TrackBack(0) | 政治・国際情勢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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