2013年04月01日

【声明】原子力災害ハザードマップの作成を再度提案します=昭和43年東京大学理学部化学科卒業生有志

 1.はじめに

 未曾有の災害をもたらした3.11東日本大震災から2年が経ちましたが、依然として被災地の、復興の道は遠く、大いに心が痛みます。特に福島第一原子力発電所(以下「福島原発」と記す)の立地する福島県浜通は依然として厳しい状況に置かれ続けています。私たちは化学を専門に学んだ者として、福島原発の事故以来、その被害と除染について関心を持ち続けてきました。そして一年前、大震災一周年を期して、何よりも住民の安全と生命を重視する立場から、(1)原子力災害に関する正確な情報をハザードマップの形で提供すること、(2)予想される災害に向けてどのような対策を用意するのかを、原子力発電所を再稼動する前に明らかにすることの2点を政府に対し強く求める声明を発表(当時の野田内閣総理大臣および細野環境大臣宛書留送付)しました。

 しかしながら政府は私たちの提案にまったく対応しないまま、関西電力大飯原発の再稼動を容認してしまいました。その後発足した原子力規制庁は、昨年10月24日放射性物質の「拡散シミュレーションの試算結果」(その後ミスが判明し訂正)を公表しました。3.11東日本大震災二周年を迎える今、私たちはもう一度福島原発事故を振り返り、何らかの意見表明をすることが、私たち科学者・技術者の責任ではないかと考え、最近の状況の推移をふまえて、原子力災害ハザードマップの作成を再度提案します。滋賀県もまた大飯原発の大事故を想定したSPEEDIによるシミュレーション実施を昨年3月上旬に文科省に対して要請しています。これも私たち同様、住民の安全を重視し、事実を知る権利を重視する立場からの要請に他なりません。

2.拡散シミュレーションとその公表

 まず、ずさんという批判を浴びている昨年の拡散シミュレーションの試算を丁寧にやり直してください。そしてその結果を、国民にわかりやすく提示してください。昨年発表されたような形式では、私たち大学で化学を専門として学んだ者にとっても、容易に理解できるものではありません。3.11東日本大震災に伴う福島原発事故のような原子力非常事態を想定したとき、事故直後の一週間で100mSv(ミリシーベルト)の被曝をしてしまう可能性のある(IAEA Safety Standardsでも緊急防護行動が必要であるとされている)範囲を稼働中の大飯原発はもとよりすべての原子力発電所について予測し、同心円で示してください。

昨年の試算では、たとえば柏崎刈羽原発では40kmを超える範囲になります。この範囲は、半減期8日で強い放射線を出すヨウ素131による被曝が主となるため、直ちに避難指示が出されるべき地域と考えます。福島原発事故で経験しているように、放射線被曝は最初の一週間では終わりません。引き続き主としてセシウム134(半減期2.1年)及び137(半減期30年)による被曝が続きます。弱い線量でも年間50mSvも被曝すると健康に悪影響が出ることは誰もが認めるところです。この範囲の住民は早期に圏外へ避難するよう指示されなければなりません。そこで最初の一週間に100mSv被曝が予測される範囲と最初の1年間に50mSv被曝が予測される範囲を、地図上に同心円で示していただきたいと思います。

3.避難先と避難指示を明確に

 次に、原子力非常事態に際し、ハザードマップに基づき避難先を確保し、緊急時に的確に避難先を指示できるよう準備してください。避難時の不測の事態や避難民の苦痛を最小限に抑えるために、あらかじめ避難先を周知し、避難訓練しておくことも重要です。避難は広域となり、都道府県をまたがることが明らかですので、避難及びその救援のための行政対応を省庁の枠を超え、都道府県の枠を超えて、国レベルでするよう制度の整備をする必要があります。大量の避難者が発生することになりますが、避難指示だけが出て、人々が避難先を求めて路頭に迷い、挙句の果てに高濃度汚染地域に入ってしまうというような、福島原発事故の二の舞は絶対に避けるべきです。

4.最悪の事態を想定し、それに対処する準備を

 昨年の声明に書いたことの繰り返しになりますが、科学的・技術的に絶対安全な原子力発電所など存在しないという認識を国民が共有することが必要です。新しい安全基準の作成が進められていますが、これがまた新しい「安全神話」を生み出すのではないかと大いに危惧するところです。

 福島原発事故は世界史上最大の放射能汚染をもたらしましたが、それでもなお不幸中の幸いであって、もっと規模の大きい災害となった可能性すらあるのです。さらに「エネルギー基本計画」(平成22年6月閣議決定)の「前文」に書かれているようにテロなどのリスク、また航空機・隕石等の落下のリスク等も想定する必要があります。

大飯原発以外の原発は現在すべて停止していますが、それだけで安全ではありません。使用済み核燃料が限界近くまで各原発に保存されているわが国の現状では、何らかの事故によって、これら使用済み燃料の飛散がおこるリスクも少なくありません。今回の福島原発事故で私たちは最悪の事態を想定し、それに対処する準備をしておくことがいかに重要かということを知らされました。

5.国民的議論を

 福島原発事故のもう一つの教訓は、原子力発電所を再稼動すべきか否かといった重要な判断を原子力関連の省庁と一部専門家や政治家だけに任せてはいけないということです。再稼動の可否は、将来のわが国のエネルギー政策にかかわる高度の政治判断です。この政治判断をするのは、政治家や官僚ではありませんし、大学や電力会社の専門家でもありません。我々国民がリスクを十分検討した上で判断しなければなりません。だからこそ、その判断をする前に、政府が原子力災害のリスクに関する正確な情報をハザードマップの形で提供し、また予想される災害に向けてどのような対策を用意するのかを明らかにすることを強く求めるものです。その上で、専門家を含む広範な市民の間で議論を深めることが、わが国の将来にとってきわめて重要と思います。

2013年3月11日

昭和43年東京大学理学部化学科卒業生有志
 吉田 隆、山村剛士、山田耕一、坂内悦子、
添田瑞夫、栗原春樹、尾島 巌、奥山公平、
大村陽子、大石茂郎、今成啓子(順不同)


※この声明は、昨年、大学で化学をともに学んだ仲間達の有志によるハザードマップの作成を求める声明文の第2弾(第1弾もJCJふらっしゅに掲載)。東北大震災以来2年たった現在も原発事故に関すること新しい安全基準に関することなどについて科学的な根拠に基づいた情報が国民に分かりやすい形で開示されていない状況が続くなか、同じ仲間が議論を積み重ね、2周年の節目にあたってもう一度、あらためて声明を出すことを決めたというもの。宛先は、今回は政府の責任者だけではなく安倍晋三内閣総理大臣、田中俊一原子力規制委員会委員長のほか、各都道府県知事と原発立地の各市町村長宛に郵送された。

posted by JCJ at 13:02 | TrackBack(0) | パブリック・コメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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