2014年04月09日

私たちはいま政治の貧困を目撃している=与野党7党が国民投票法改正案を衆院に共同提出の愚

 何のため、誰のため、どんな国をめざすためなのか。
 そうしたもっとも大事なこと、基本的なことがないがしろにされたまま、日本の国会では「改憲の手続き」の「整備」が進もうとしている。
 報道によると8日、自民、公明、民主など与野党7党が、国民投票法改正案を衆院に共同提出した。日本経済新聞は、<改憲自体に反対の共産、社民両党以外が賛同しているが、目指す方向性は食い違っている>ことを伝え、<自民党は「天皇は元首」「国防軍の創設」などの憲法改正草案をまとめている>が、<公明党の山口那津男代表は環境権を「基本的人権として位置付けるべきだ」と強調>していること、<民主党の桜井充政調会長は「9条の問題だけでなく、地方自治や財政法などで議論がある」と述べていることを報じた。
(JCJふらっしゅ「Y記者のニュースの検証」=小鷲順造)


 東京新聞は、今国会の会期中に成立する見通しと伝えたうえで、<成立後は、あいまいだった国民投票に投票できる年齢が確定し、国会が改憲を発議すれば、国民投票の実施が可能になる>ことを指摘、しかし、<法成立時に「三つの宿題」とされた成人年齢の18歳以上への引き下げなどは放置されたまま>であることも指摘している。
 共同提出したのは自公民三党のほか日本維新の会、みんなの党、結いの党、生活の党で、衆院に議席のない新党改革は参院で賛成する方針という。国民投票法廃止を主張する共産、社民両党は法改正に反対の立場である。
 衆院憲法審査会で10日の審議入りで調整されているという。日本経済新聞の記事もは、<今国会中に成立する見通し>と伝え、<改憲の手続き整備は進むが、目指す方向性の隔たりは大きい>と付け加えている。  東京新聞の記事は、現行法は付則で、選挙権年齢や民法の成人年齢を「18歳以上」に引き下げるまでは、暫定的に「20歳以上」としていること、改正案は施行から4年後に国民投票の投票年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に自動的に引き下げる内容であることを伝えている。

 また記事は、2007年5月に成立(第一次安倍内閣)した現行法の付則は成人年齢などに加え、改憲の賛否に関する公務員の意見表明など政治的行為の容認、改憲以外の問題を問う一般的国民投票の是非を検討事項とし、10年の施行までに法制上の措置を講じるように求めていたことを紹介、しかし今回の改正案は、1)公務員の政治的行為について個人的な意見表明などは容認したものの、労働組合など組織的な運動は結論を先送りにしたこと、2)一般的国民投票の是非も継続して議論することにとどまったことを伝えている。
 この「何のため、誰のため、どんな国をめざすためなのか」まったく不明の「国民投票法改正案」、それぞれの党に思惑や事情や言い分はあるのだろうが、自公、民、維新、みんな、結い、生活、新党改革と「こぞって」この「改憲の手続き」の「整備」に進もうとしていることは、まったく驚きである。日本の政治の「政治」のほど、その古臭い体質をひきずったガラパゴスぶりがふんぷんと臭ってくる。それぞれに大事なことを先送りするために、枠組みだけに合意しだり議論を拡散させたりすることも「政治」といえようが、今回の「改正案」がいかに穴だらけであるか、また、「政界再編の足場作り」「各党の様子見」など思惑があるといっても、国会に圧倒的多数を回復し、なおかつ「改憲」を自らの役目のように信じ込んでいる安倍の政権である。

 だからこそ「様子見」「時間稼ぎ」という理屈も出てくるのだろうが、自らのあるべき政治姿勢に自信がもてなかったり、多数を占める自民党の動きにとりあえず可能な範囲で同調し、そのうちはっきりさせるときはくるなど先送りして政党としてのスタンスを磨くことをおろそかにすれば、大事なときに大事な存在感を発揮できないという事態に陥ることになる。
 おかしな「改憲案」を掲げ、近現代の世界の歩みを知らないか無視しようとする自民党ならいざ知らず、それに奇妙に同調する各政党や政治家も、自らの足元を構築している「立憲主義」をどこまでわかっているのか、体現しているのか疑うほかなくなる。そもそも国民のどこから、「改憲手続き」の「整備」を急げなどと求める声があがっているというのか。安倍の暴走に一部同調しておいて、その暴走を食い止めるためなどといっても、ことは「立憲主義」の根幹にかかわることである。「立憲主義」を言葉では知っていても、その精神を空気として呼吸していない者たちに、現代日本の政治家や政党を名乗る資格などあるのか、といいたくなる。

 そうした勢力は、大事なときに「いまが大事なときである」ことにさえ気づかなくなる。いつも「大事なとき」はいまではないと先送りを続ければ、気づかないうちにまわりはびっしりと悪条件で埋め尽くされていく。そのうちに「大事なこと」や「大事なとき」を感じ取るアンテナが麻痺・磨耗してしまい、もはや政党や政治家としての存在意義など失っていた、ということになりかねないのである。
 「立憲主義」を知らないか無視していることが明らかであり、明白なルール違反を犯そうとしている安倍政権や自民党の面々には、もう一度学校へ通って、学び直してから出直して来いといわねばならない局面である。
 朝日新聞の調査(全国郵送)によれば、集団的自衛権について「行使できない立場を維持する」が昨年の調査の56%から63%に増え、「行使できるようにする」の29%を大きく上回った。安倍内閣支持層や自民支持層でも「行使できない立場を維持する」が5割強で多数を占めた。首相に同意する人は回答者全体で12%しかいないことがわかった。
 また、憲法9条を「変えない方がよい」については、昨年の52%から64%に増えた。「変える方がよい」は29%だった。武器輸出の拡大に反対は前回の71%から77%に増えた。非核三原則を「維持すべきだ」は前回の77%から82%に増えた。自衛隊の国防軍化に反対するとの回答も、62%から68%へと増えている。
 これだけでみても、安倍政権のおかしな路線を、民意はことごとく拒否していることがわかる。安倍政権が強行成立させ矛盾が噴出している特定秘密保護法についても、地方議会が続々と廃止を求める意見書を可決している。朝日新聞によると、昨年12月の法成立後で108議会に及ぶ。今年2〜3月だけでも60以上の議会が可決しているのだ。

 東京新聞は9日付の社説<国民投票法改正 改憲前のめりが心配だ>で、「憲法改正の是非やその内容の議論を置き去りにして、手続き法の整備だけをなぜ急ぐのか。前のめりの姿勢が心配だ」と指摘している。各政党のなかに、改憲の本丸ではなく「手続き法」だからと軽視するむきがあるのだとしたら、それこそその憲法遵守の姿勢と寄って立つ立憲主義の不在を疑わざるをえなくなる。
 社説は、1)憲法改正の手続きを定めた国民投票法は、第一次安倍内閣当時の7年前、与党だった自民、公明両党が強引に成立させた、2)この際、決着を先送りした「三つの宿題」(1)選挙権、成人年齢の引き下げ(2)公務員の政治的行為の制限緩和(3)国民投票の対象拡大を取り上げ、以下のように指摘する。

A)今回の改正案では重要な論点が欠落している。一定の投票率に達しない場合、無効とする「最低投票率」導入の是非だ。現行法では、国民投票に付された憲法改正案は、有効投票総数の過半数の賛成で承認されるが、近年の自治体首長選のように投票率が極めて低くても、国民に承認されたと言い切れるのか。投票成立の最低線を決めておくことも、検討に値するのではないか。
B)また、選挙権年齢や民法の成人年齢を、国民投票年齢に合わせて「18歳以上」に引き下げることについては依然、結論が出ていない。整合性をどうとるのか。
 これだけみても、今回の改正案を今国会の会期中に成させる必要がどこまであるのか、不明である。
 また同社説は、<憲法は、どうあるべきかを常に検証され、論争にさらされるべき存在であることは確かだ>としながらも、<多くの課題や議論を置き去りにしたまま、改憲の手続き法だけが、着々と整えられることには危惧を抱かざるを得ない>ことを述べ、加えて<一方、現憲法には平和主義や立憲主義など、守られるべき多くの価値が含まれ、改正を急ぐべき緊急性はないというのが、わたしたちの立場である>と、あらためて宣言し、<国民投票法の制定も見直しも、憲法改正論議が具体化してからでも遅くなかったのではないか>と書いている。

 さらに、社説は以下を指摘して結んでいる。 1)折しも、政府の憲法解釈を変更することで「集団的自衛権の行使」を認めようとしている安倍政権下である。
2)そのようなことを許せば、憲法は空文化し、権力が憲法を順守する「立憲主義」は形骸化する。憲法に対する畏れが感じられない。
3)野党の協力を得て手続き法を整えておけば、憲法改正も数の力で押し通せると考えているのだろうか。大きな間違いである。
 政治家は国民の税金で飯を食む者である。この問題について、「何のため、誰のため、どんな国をめざすために」、このようなことをしているのか、もう一度、胸に手を当てて考えるべきである。

 ところで読売新聞は9日付の社説として「国民投票法改正 7党合意の提案は確かな一歩」を立てて、<与野党が協議を重ね、共同提案に至るまで丁寧に合意を形成したことを前向きに評価したい>と喜んでいる。
 同社説は、投票年齢について以下のように書いている。
1)改正案は、国民投票の投票年齢について、当面は「20歳以上」とし、改正法施行の4年後、自動的に「18歳以上」になるとした。
2)公職選挙法の選挙権年齢に関しても、2年以内に国民投票に合わせて「18歳以上」へ引き下げることを目指す。与野党は、そのためのプロジェクトチームを設置することで合意した。
3)期限内に実現してもらいたい。
4)もう一つの懸案である民法の成人年齢を18歳に引き下げる問題もこのチーム(設置合意したプロジェクトチーム)で検討するというが、期限は明示していない。国会で議論が進まず、社会への影響も大きい以上、やむを得まい。
 またこの社説は、公務員の国民投票運動について、以下のように書いている。
1)与党案には当初、組織的な勧誘や署名、示威運動を禁止する規定が盛り込まれていた。
2)自治労や日教組の支持を受ける民主党が強く反対したために、これが削除され、法案の付則で検討課題とされたのは残念だ。
3)公務員は、政治的中立性や公務の公平性確保の観点から、国家公務員法と地方公務員法などで政治活動が規制されている。憲法改正に関する重要な国民投票だからといって、公務員の政治活動を無制限に認めれば様々な問題が生じよう。
4)与野党は国民投票の実施前までに一定の歯止めをかける方策を考える必要がある。

 そして、<憲法改正の「対象となり得る問題」について、予備的な国民投票制度を設けるかどうかも、宿題の一つとされていた>とし、<与野党は、衆参の憲法審査会で定期的に議論するとして、先送りした>ことを取り上げて、<国民投票を憲法改正以外にも拡大すると、国政に混乱をもたらさないか。慎重に検討すべきだ>とした。
 この点と、<課題はなお残るとはいえ、憲法改正の手続きは、今回の改正案が成立すれば道筋がつく>とし、<停滞している憲法改正の中身の議論をどう動かすか、考えねばならない次のテーマである>とした点。読売新聞は国民投票法改正案について論じた社説の結びで、自らの存在と果たすべき役割について重大な告白をしているように思う。
 同紙は新聞であるが、この社説は<何のため、誰のため、どんな国をめざすため>に書かれたものなのか。何のため、誰のためかは、どう好意的に読んでも、永田町というムラの村民のためのご託宣でしかない。どんな国をめざすためかについては、「改憲」をスムーズに進めることだけが突出しており、まともな国づくりの思想は見受けられない。「改憲」こそが目的であり、その手段も「改憲」に直結したもののみを求めようとしている点からは、まるで「改憲」を実現すれば「よい国」になるといわんばかりだと私は感じる。
 その国は、誰のための国で、何によって国際社会での共生をはかるのだろうか、何によって国際社会において名誉ある地位を占めたいと考えるのであろうか。少しもみえてこない。

 自民党の「改憲」案に象徴的に出ているように、安倍・自民党は、権力が憲法を順守する「立憲主義」を知らないか、無視しているようにみえる。彼らの「改憲」の主眼は、日本国憲法第9条にあるようだが、それだけではない。その姿は、そのまま<天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。>とした日本国憲法第九十九条の存在を知らないか無視しているようでもある。
 たとえば集団的自衛権容認のための解釈改憲の目論見にはっきり出ているように、安倍政権の政治運営には、自民党の「改憲」のための実態づくりを急ごうとする姿勢が濃厚に出ている。まるで「改憲」を標榜する者は、日本国憲法遵守の義務を負わないといわんばかりである。
 政党や政治家がこれにレッドカードをつきつけずして、国民投票法改正案は「手続き」の問題だからと軽視して、同調できる範囲で同調する姿勢では、「改憲」を標榜する者であっても日本国憲法遵守の義務を負うという大原則をゆがめかねないのである。大事な問題には目をつぶって、目先の短絡的な形式民主主義にみずから陥ろうとしてやまないのであれば、それはもはや、堂々と国民の税金で飯を食む公的な存在としての資格を自ら放擲する行為といわざるをえない。
 「立憲主義」とは理屈ではなく国と経済社会を形成している大原則である。現代社会を生きる私たち個々にとっては人生の基盤そのものであり、生き方そのものを形成し決定する大原則ともいえる。国民が政治家に権力を一時的にゆだねるにあたって結ぶ契約の根幹を占めるものである。そしてメディアはまさに、それを前提に権力の暴走を監視し、その契約の履行をウオッチし、告発し歯止めをかける重大な責務を担っている。
 そのメディアが、日本国憲法第99条の軽視を政治家に説いたり、「立憲主義」など無視すればよいと政治家や読者をあおることは、そのまま自らの存在基盤である言論・表現の自由(「立憲主義」と切っても切り離せない)につばをはきかける行為となる。メディアがジャーナリズムを見失い、単にメディア事業もやっている企業体と化したとき、政治や文化や福祉や命はどうなるだろうか。平和主義や民主主義や人権尊重社会はどうなるだろうか。
 私たちはいま、政治の貧困を目撃しているが、そこにはマスメディアの堕落も伴っていることを忘れるわけにはいかないのである。
(こわし・じゅんぞう/日本ジャーナリスト会議会員)


国民投票法改正案、10日審議入りで調整 衆院憲法審査会(日本経済新聞9日)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0803Q_Y4A400C1PP8000/
改憲手続き国民投票法改正案 7与野党懸案残し提出(東京新聞8日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014040802000228.html
国民投票法改正 改憲前のめりが心配だ(東京新聞9日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2014040902000161.html
国民投票法改正 7党合意の提案は確かな一歩(読売新聞9日)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20140408-OYT1T50212.html
国民投票法改正案提出 今国会で成立へ(NHK8日)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140408/t10013579821000.html




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