2014年04月13日

「96条の会」を「立憲デモクラシーの会」に改名・改組し、運動領域を拡大

「96条の会」は、安倍政権の「暴走」はこれまでの憲政の伝統を壊滅させるだけでなく、原発、災害不安、重税、社会保障切り下げ、雇用制度改悪、教育の国家管理化などに対して立ち上がっている多様な市民運動が願う、新しい立憲的な民主主義の発展をも阻むことになる、と危惧し、このたび会自体を「立憲デモクラシーの会」として改名・改組し、新たな体制を整え、運動領域を広げていくことを決めた。
 4月18日に記者会見し、会の体制や今後の活動方針等について説明する。記者会見の日程と設立趣旨は以下のとおり。

◇立憲デモクラシーの会発足記者会見◇

日 時:4月18日 午後3時〜4時
場 所:衆議院第2議員会館・第5会議室(地下1階)
会合名:立憲デモクラシーの会
問い合わせ先:中野晃一上智大学教授
 メールアドレス: knakano_mobile@icloud.com)


立憲デモクラシーの会 設立趣旨

2014年4月
共同代表 奥平康弘・山口二郎
呼びかけ人一同

 決められる政治を希求する世論の中で、安倍政権は国会の「ねじれ」状態を解消したのち、憲法と民主政治の基本原理を改変することに着手した。特定秘密保護法の制定はその序曲であった。我々は、戦後民主主義の中で育ち、自由を享受してきた者として、安倍政権の企てを明確に否定し、これを阻止するために声を上げ、運動をしなければならないと確信する。それこそが、後の世代に対する我々の責務である。

 実際、安倍政権は今までにない手法で政治の基本原理を覆そうとしている。確かに、代議制民主主義とは議会多数派が国民全体を拘束するルールを決める仕組みである。しかし、多数を全体の意思とみなすのはあくまで擬制である。一時の民意に支持された為政者が暴走し、人間の尊厳や自由をないがしろにすることのないよう、様々な歯止めを組み込んでいるのが立憲デモクラシーである。それは、民主主義の進展の中で、民衆の支持の名の下で独裁や圧政が行われたという失敗の経験を経て人間が獲得した政治の基本原理である。しかし、安倍政権は、2つの国政選挙で勝利して、万能感に浸り、多数意思に対するチェックや抑制を担ってきた専門的機関――日本銀行、内閣法制局、公共放送や一般報道機関、研究・教育の場―――を党派色で染めることを政治主導と正当化している。その結果現れるのはすべて「私」が決める専制である。この点こそ、我々が安倍政権を特に危険だとみなす理由である。

 安倍首相の誤った全能感は、対外関係の危機も招いている。2013年末に靖国神社に参拝し、中国、韓国のみならず、アメリカやヨーロッパ諸国からも批判、懸念を招いた。日本は満州事変以後の国際連盟脱退のように、国際社会からの孤立の道を歩もうとしている。

 万能の為政者を気取る安倍首相の最後の標的は、憲法の解体である。安倍首相は、96条の改正手続きの緩和については、国民の強い反対を受けていったん引っ込めたが、9条を実質的に無意味化する集団的自衛権の是認に向けて、内閣による憲法解釈を変更しようとしている。政権の好き勝手を許せば、96条改正が再び提起され、憲法は政治を縛る規範ではなくなることもあり得る。

 今必要なことは、個別の政策に関する賛否以前に、憲法に基づく政治を取り戻すことである。たまさか国会で多数を占める勢力が、手を付けてはならないルール、侵入してはならない領域を明確にすること、その意味での立憲政治の回復である。そして、議会を単なる多数決の場にするのではなく、そこでの実質的な議論と行政監督の機能を回復することである。

 安倍政権の招いた状況は危機的ではあるが、日本国民の平和と民主主義に対する愛着について決して悲観する必要はない。脱原発を訴えて首相官邸周辺や各地の街頭に出た人々、特定秘密保護法に反対して街頭に出た人々など、日本にはまだ市民として能動的に動く人々がいる。この動きをさらに広げて、憲政の常道を回復するために、あらゆる行動をとることを宣言する。

以 上


posted by JCJ at 08:43 | TrackBack(0) | お知らせ&行動要請 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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