2015年06月30日

橋下市長に握られた違憲安保法制の行方――テレビ局育成政治の危険性=吉竹幸則

 「政治家は僕の人生から終了です」。大阪都構想の住民投票に敗れ、政界引退を表明したはずの橋下徹・大阪市長が1か月もたたないうちに政治の表舞台に躍り出た。安倍首相と夕食を共にした翌日から、民主との決別・野党共闘の否定とも取れる矢継ぎ早の意見表明。いろいろポーズを取りつつも最終的には与党単独採決を避ける方向で、安全保障法制の憲法違反問題で窮地に立つ安倍首相へ助け舟を出そうとしていることが見て取れる。

 橋下氏が政治家転身への軌跡をたどるとき、憲法9条を実質なきものにし、この国を米国とともに世界で闘う国にしたいとのメディアを含めた勢力が見え隠れする。その橋下氏が国の転換点とも言えるこの時期に再び登場。まともな憲法論議もないまま、戦後長く続いた国是がいとも簡単に変えるキャスティングボードを握るとしたら…。改めてテレビ局によって育成された政治家が操る今の政治の危うさを問う。
 「民主党という政党は日本の国にとってよくない」「民主党とは一線を画すべき」「現実的合理性を重視する。空理空論の夢物語だけでは行政運営はできない」「民主党とは決定的に違う」。橋下氏が6月14日夜、安倍首相と夕食を共にし、時間をおかず始めたツイッターでは、こんな言葉が躍る。
 これに維新の党の若手議員がツイッターでかみついた。「市長職に対し次の人に任せるといいながら、国政に関しては、憲法改正をやるべきと『大型』かつ『新規』の改革を語るのは矛盾では」…。
 すると橋下氏はいらだったのか、「しょうもないことを言う前に、維新の党として思想と論理が明確に伝わる(安全保障法案の)対案をしっかりまとめなさい」「国会議員の不適切な判断で国民の命が奪われることは最悪だ。ただし、安全保障体制はしっかり強化しなければならない」と書き込んだ。この文面にこそ、橋下氏の本音があるとみていいだろう。
 もちろん安倍首相との会談の中身を知る由もない。しかし維新は、「違憲」として安保法制を阻止しようとする野党共闘にクサビを打ち込み、少なくとも与党単独採決を避け、実質法案成立に何らかの手助けをする”密約”をしたと受け取られても致し方ない。

 大阪都構想の住民投票に敗れた橋下氏がさわやか記者会見を演じて見せ、政界からの完全引退を表明したのは、その1か月前の5月17日のことだった。
 「市民の皆さん、本当に重要な意思表示をしていただきましてありがとうございます。大変重く受け止めている」「都構想は市民に受け入れられなかったということで、やっぱり間違っていたということになるんでしょう。かなり悩まれたと思うし、非常に重い重い判断をされたと思うが、日本の民主主義を相当レベルアップしたかと思う」「大阪市民が、おそらく全国で一番、政治や行政に精通されている市民ではないか。ぼく自身に対する批判もあるだろうし、都構想について説明しきれなかったぼく自身の力不足」「もう政治家は僕の人生では終了です」
 この政界引退表明に、記者会見の質問としては異例・異質と言えるほどしつこく食い下がり、未練がましく翻意を迫ったのが、地元読売テレビの記者だった。読売テレビは、橋下氏を番組で多用。選挙で勝てるまでに政治家としての知名度を高めて来たテレビ局だ。さもありなん、である。

 「70万人が都構想に賛成だ。その数を見て進退に微妙な変化はないのか」「過去にも自身の進退発言を覆した。本当に100%辞めるのか」「将来、もう一度政治家になる可能性はないか」と、記者はしつこく食い下がる。でもこの時、橋下氏は翻意するそぶりを微塵も見せなかった。
 「いや、ない。政治だから負けは負け。たたきつぶすと言って、こっちがたたきつぶされた」「また2万%と言わせたいんですか。あの時(大阪知事選出馬時)は番組の収録を抱えていて、『どうしても出ない』というふうに言わないと放送が出来なかったので、ああいう言い方をした。住民の皆さんの気持ちをくむ。負けるのだったら住民投票をしかけるべきでない。その判断が間違っている。住民の皆さんの考えをくみ取れていなかった。それは政治家として能力が一番欠けているところです」
 しかし、橋下氏がここまで断言しても地元大阪で引退をまともに信じる人はほとんどいなかった。むしろ、橋下氏がどんなタイミングで、何を名目に政界復帰をするのか。多くの人の関心はそこにあった。安倍氏が違憲問題で危機に立ったことで、彼自身、誤算であったかもしれないが、これだけ早い時期での政界再登場にも意外性はない。

 改めて橋下氏の政界登場の軌跡を振り返ってみる。
 すると、「改革」と「改憲」をセットとするテレビ局の政治家売り出し戦略がくっきり見えてくる。
 大阪の若手一弁護士に過ぎなかった橋下氏。茶髪にサングラス…、ルックスもいい。童顔、軟派なイメージで関西の番組に徐々に出るようになったが、全国区に押し上げたのが、2003年日本テレビ系「行列のできる法律相談所」にレギュラー出演するようになってからである。
 橋下氏がテレビに出始めた頃、自民党総裁選で郵政民営化と靖国参拝をセットで公約した異端児・小泉純一郎氏が当選。利権漁りに走る身内の自民議員を「抵抗勢力」と敵に回す歯切れのいい演説で内閣支持率を高め、長年の腐敗で長期低落傾向にあった自民の人気を一気に回復させていた。このとき保守は、腐敗に対して批判・改革する勢力を自らの政権内部に置き、反対勢力の専売特許にさせない政権維持手法を学んだ。
 同じ年、橋下氏は系列の読売テレビ・関西ローカル番組「たかじんのそこまで言って委員会」にも出演するようになる。この番組は、安倍氏の主張にも近い筋金入りの保守評論家が多数出演。護憲・リベラルを主張するメディアや評論家らをやり玉に挙げるとともに、歴史認識問題で中国、韓国などを言いたい放題に批判するトークが売り物である。
 この時、橋下氏は身内の法曹界に対しても、歯に衣を着せぬ批判を浴びせ物議をかもすなど、そのユニークな発言で関西での知名度を一気に上げた。さらに歴史観で共有するところが多い周りの評論家の応援も得て、水を得た魚のように持ち前の鋭い話術で官僚政治の腐敗を厳しく批判。返す刀で官公労も批判しながら、行政改革の必要性を説いた。

 日本の平和・護憲運動は、伝統的にその動員・資金力を官公労など旧総評系労組に頼って来た。無駄な公共事業で1000兆円も国は借金を作るなど、誰の目にも従来の政官業癒着の自民利権政治の腐敗・限界は明らかだ。その点では、腐敗の歯止めになるどころか、利権の一部を分け合っていた面も否定できない官公労にも少なからず責任はある。
 改憲したい保守右派も利権政治では痛いスネも持つ。読売テレビ、少なくとも「なんでも言って委員会」の番組スタッフには、橋下氏に小泉二世の可能性を感じたに違いない。
 橋下氏はそれまで政界に縁はなく、利権へのしがらみも少ない。橋下氏の言動は保守右派にとっても1部耳の痛い話が混ざっていても、歴史観や安保政策では自分たちと考えと共有するものがある。橋下氏がテレビに出て、改憲・安保政策の必要性を説くとともに利権・労組批判・行革推進を訴えてもらえば、平和運動勢力の力を削ぐことも出来、まさに一石二鳥。改憲のパートナー・別働隊として恰好の人物と映ったはずだ。

 橋下氏はますます「なんでも言って委員会」での出番が多くなると、当時、税金の無駄遣いで倒産寸前だった大阪府や大阪市政を批判。大阪知事選に出馬し、大阪都構想を掲げるとともに、2012年、石原慎太郎氏の「太陽の党」と合流し「日本維新の会」を設立、国政進出を果たした。
 私も大幅赤字の大阪府・市の財政をまがりなりにも立て直した橋下氏の功績のすべてを否定するものではない。しかし、思想、政策に同調することを基準に彼が選んだ公募区長や校長が何をし、人材としていかにお粗末だったか。あまりにも強引な労組つぶしなど民主主義と対極にある政治手法を考え合わせると、功罪相半ばする。
 橋下氏は確かに都構想住民投票で敗北を喫した。しかし、憲法9条実質改憲でもある集団的自衛権容認の安保法制国会審議のヤマ場で、橋下氏が再び国政の表舞台にしゃしゃり出たことは、その思惑が何であれ、少なくとも彼を政治家として育てた読売テレビ・「なんでも言って委員会」の出演者・スタッフには、大満足のはずだ。もともと彼らは、最初から都構想より改憲での橋下氏の役割を期待していたはずだからだ。

 読売テレビなど日本テレビ系列が、保守の思惑に沿って世論操作が出来る人物を売り出す手法を使い出したのは、実は橋下氏が初めてではない。思い出すのは、1978年から1985年までの長寿番組「竹村健一の世相講談」で売り出した評論家の竹村氏だ。
 中曽根康弘元首相との深い親交でも知られる竹村氏は、基本的には自民の政策を強く支持した。しかし、自民の腐敗を時には叱って見せ、場合によっては当時の社会党や共産党の主張をほめる度量も見せた。でも、最後は保守の政策が日本の国益に沿うかのような結論で収束させ、巧みな話術で世論を誘導した。
 橋下氏をテレビのコメンテーターとして多用、知名度を上げたうえで政治家に送り出す手法は、その進化形だ。橋下氏は、テレビ局によって作られ、自らもテレビやインターネットをいかに利用し、世論形成をするか。その手法を知り尽くし、利用法に最も長けている政治家の一人と言っていいだろう。それが先の記者会見にも、ツイッターによる今回の野党共闘否定宣言にも端的に表れている。

 その橋下氏を世論はどう評価したか。賛成69万4844票、反対70万5585票の大阪都構想住民投票での微妙な票差に、大阪市民の戸惑いが見える。  朝日新聞の投票日当日出口調査によると、都構想に賛成した人が挙げた理由で最も多かったのは「行政の無駄減らしの面」で41%。「大阪の経済成長の面」で31%。
 一方、反対した人の理由で最も多いのは「住民サービスの面」で36%。でも反対票で注目すべきは、「橋下市長の政策だから」が26%。橋下氏を「支持しない」と答えた人の94%が反対票を入れた。
 賛成票の年代別では、20代61%と30代65%と若い人ほど賛成比率が高く、40代59%、50代54%、60代52%と漸減する。一方、70歳以上は反対が61%。支持政党別では、維新支持層の賛成97%は当然としても、都構想反対に回った政党のうち自民支持層は反対58%、賛成42%と均衡。公明は反対79%、賛成21%、共産反対88%、賛成12%。無党派では反対が52%と賛成の48%をわずかながら上回った。
 メディアの中には、「高齢者は地下鉄や市バスの無料パスを縮小した橋下氏に恨みがあったからでは」と面白おかしく伝えるところもあった。しかし、それは高齢者に対してあまりにも失礼、浅薄な見方だ。
 戦争体験のある高齢者ほど、安倍首相の進める実質改憲・集団的自衛権に懸念が強い。その表れとみるべきだろう。
 こんな結果を総合して分析するなら、賛成票は、都構想の詳しい中身はともかく、大阪府・市政の「改革」の火を消したくないと思う人たちが投じたとみて間違いないだろう。

 一方、橋下氏を「危険」と考えている人は、都構想そのものの是非より「橋下ノー」の意識から反対に回ったことが見えて来る。住民投票は、「改革」「改憲」セットの橋下世論操縦政治そのものの是非を問うものでもあったのだ。その結果、高齢者と無党派の戸惑いがブレーキとなり、辛うじて都構想そのものと橋下氏の中央政界本格進出を葬り去ったと言える。
 橋下氏がツイッターやテレビでの政治手法は、政敵の腐敗を含めた弱みを徹底的に突き、それをもって相手の全人格を否定。抵抗を萎えさせ、自らの思い通りの方向に政治を動かすことにある。しかし、橋下氏自身、住民投票敗北の引退会見でこうも語っている。
 「民主主義である以上。僕みたいな政治家が長くやる世の中は危険。みんなから好かれる、敵のいない政治家が本来、政治をやらなければいけない。敵を作る政治家は本当にワンポイントリリーフで、いらなくなれば交代。権力は使い捨てが一番。それが健全な民主主義だ。ぼくみたいな敵をつくる政治家がずっと長くやるなんて世の中にとって害悪。でも8年間、僕みたいなスタイルでやっているのだから、大阪も相当問題を抱えていたのかもしれない」
 そして「独裁者」としてマスコミ批判も続けた橋下氏らしからぬ、こんな言葉も吐いた。
 「民主主義はすごい。大層なけんかをしかけ、負けたのに命をとられない。ぼくはまた普通に生きて別の人生を歩める。絶対に民主主義のルール、体制は是が非でも守らなきゃいけない。そのためにはやっぱり報道だ。報道の自由は民主主義を支える根幹だから、メディアに頑張ってもらいたい」
 橋下氏が自ら「独裁者」「敗北者」を自覚しながら、この時期再登場した意図は何か。自分を政治家に押し上げたくれたテレビ局の意図・恩に報いるためか。それとも「独裁者」としてのDNAが騒いだためなのか…。

 各種世論調査を見ても、利権政治の解消、改革に対する国民の要求は強い。しかし、憲法9条の改憲、解釈改憲の集団的自衛権容認には慎重であり、反対が根強い。にも拘わらず、国会の議席で見る限り、圧倒的に集団的自衛権容認の方が多くなって、逆転現象が起きている。
 歪みを作り出した原因の一つは、確かに小選挙区制である。でも、もう一つは利権政治の「改革」を願う国民を「改憲」勢力に取り込む手法で、健全であるべき世論形成過程を捻じ曲げ、日本の民主主義・政治構造を機能不全にしていったテレビ局育成政治にある。

 「ジュラシック・ワールド」がこの夏封切られ、人間がDNA操作で作り出した怪獣が制御不能になるまで巨大化し、映画館の中を暴れ回る。国会では、世論形成の歪みを利用してテレビ局が作り出した橋下氏という世論操作怪獣がさらに巨大化、実質改憲の成否しようと縦横無人に暴れまわる。その結果、今後のこの国の針路と民の命を左右するとしたら……。
 橋下氏という独裁者・世論操作怪獣を政治の世界に送り出したメディアに、結果に対する真摯な責任感・自覚があるや否や…。問われるべきはそのことである。

(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者、秘密保護法違憲訴訟原告)



≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)
フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。特定秘密保護法違憲訴訟原告。


posted by JCJ at 09:38 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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