2015年08月09日

【今週の風考計】8.9

長崎の爆心地公園に灯る「誓いの火」は、32年前、ギリシア・オリンピアの丘で採火された聖火だ。長崎を「最後の被爆地」とし、世界から核兵器を廃絶するまで、灯し続けられる。だが安倍首相は、国是の「非核3原則」を、広島・長崎<原爆忌>での式典あいさつで、それぞれ削ったり加えたり、みっともないと言ったらありゃしない。ホンネを隠すのにキュウキュウとしているからだ。「戦争法案」をめぐる国会答弁でもノラリクラリ。時に「絶対にない、断言する」と開き直り、条文上にはどこにも書いていないのに、「核輸送は120%ない。総理大臣としてあり得ないといっているのだから、間違いない」とまで、居直る始末だ。戦後70年の「安倍談話」をめぐっても同じ。原案にはアジア太平洋戦争に対するアジア諸国への「おわび」が入っていない。「植民地支配と侵略」についても、必ずしも明確な表現や位置づけがされていない。言い逃れの文字や表現で、ごまかそうとする。これでは世界やアジアの人々の心を打ち、中国・韓国との真に強い連帯など、作れるはずがない。言葉が軽く、空疎な響きと共に、いかがわしさすら臭ってくる。人類の英知に耐える、凛とした政治家としての哲学、品格、気概など、どこにもない。(2015/8/9)
posted by JCJ at 09:20 | TrackBack(0) | Editorial&Column | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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