2016年05月16日

民進党ネット炎上の意味するもの――熊本地震に名を借りた危険な言論統制=吉竹幸則

 熊本地震から早や1か月。1日も早く被災者が元の生活を戻れることを願う。しかし、被害が一段落した今、改めて震災の政治利用について、検証しておかなければならない。
 安倍政権は震災を格好の理由に「緊急事態条項」を盛り込む憲法改正の必要性を訴え、米軍オスプレイによる支援物資の運搬など、着々と日安倍米軍事一体化政策を進めた。そこには巧妙な世論操作の仕掛けがなかったのか。  私が注目したのは、熊本地震直後の4月15日、民進党ネット発言が非難を浴び、次々とサイトが炎上する「事件」が起きたことだ。震災のさ中、純粋に被害者の救済を願う人なら、まず政府や政権政党に要望する。なのに、野党の民進党に議論を吹っ掛け、最後には大量の批判投稿でサイト炎上まで仕掛けるのは、どういう人たちなのか。組織的関与、戦前回帰のきな臭さを感じるのだ。

 発端は「東日本大震災時の自民党のような対応を望みます」との民進党公式ツイッターへの投稿だった。民進党が「それじゃあダメでしょうね」と答えたところ、「地震で政争してる場合じゃないだろう」「熊本地震で大きな被害が出ているのに、真剣に向き合っていない」などと批判が殺到。議論に加わった所属議員のサイトも含め炎上、最後には事実上の謝罪に追い込まれた。
 私ももちろん、熊本地震被災者には何にもましてお見舞いし、早期の復興を願う立場だ。しかし、「それじゃあダメでしょうね」との民進党の答えがあながち間違いだったとは思わない。
 何故なら、民主政権を引き継いだ自民政権で、果たして東日本の震災復興はうまくいっているのか。未だに福島第1原子力発電所の放射能拡散が収束していない。既存原発は廃棄されず、「熊本地震と同じ中央構造線上にあるのでは」と危険性が指摘される熊本県境に近い鹿児島県の川内原発は再稼働、愛媛県の伊方原発も夏の再稼働に向け、準備が進んでいる。

 東北地方では従来からの自民党得意のバラマキ、箱もの優先政策…。談合など利権のウワサも絶えず、やたらに高い防波堤を張り巡らすなど、人々の生活を改善するのに、本当に役立っているかさえ定かではない。
 野党の仕事は、震災復興で「与党・自民党の対応」を厳しく監視、「それじゃあダメ」と対案を出すことにある。「何がダメなのか」と問われたなら、民進党はきちんと事実を並べ反論したらいい。しかし、「どの党も頑張っているのに自民の手柄のように宣伝したからだ」と答えるなど、稚拙に反応したことも確かにネット炎上を招いた一因ではある。
 サイト炎上に慌て、党内部からも「一般の人々の声は真摯に受け止めるべき」「言い争いをしている場合ではありません」との声も出る始末。民進党は、「その通り」とついに白旗を上げた。
 この時、「本当に(民進党は)ツイッター不慣れなんですね」などと、投稿者から嘲笑されているが、私はむしろここにネット炎上を仕掛けた人たちの狙い、騒動の本質があったように見える。地震のさ中、民進党を挑発。うまく引っかかって馬脚を現わしてくれれば儲けもの。地震対策で安倍政権批判を封じられる…。議論を仕掛けたグループにこんな狙いはなかったと言えるだろうか。

 振り返ってみれば、発足から今日まで安倍政権は、ネット利用の世論操作とは切っても切れない深い関係がある。もともと拉致問題で北朝鮮に対し、必要以上に敵意を煽り、安倍氏を政権の座に押し上げたのもネットだった。それが証拠にこのグループは拉致問題が未だに解決せずとも、決して安倍政権を批判しない。
 従軍慰安婦問題では、朝日新聞が「吉田清治証言」のウソを見抜けず、日本軍による「強制連行」の根拠にしていたことを巧みに突いた。「従軍慰安婦」そのものが存在しなかったかのように、旧日本軍を美化。戦前回帰の風潮を演出し、ネットであふれんばかりの朝日批判を展開した。
 福島第1原発の故吉田昌郎所長のいわゆる「吉田調書」朝日報道問題では、よくよく調書を読めば、「所長命令に違反し、所員が原発から逃げた」とは読めない部分もあることに目を付けた。反朝日の既成メディアとネット勢力が一体化。朝日の「誤報」を印象付けることによって、調書で語られている本当に恐ろしい事態から国民の目をそらすことにまんまと成功した。
 「恐ろしい事態」とは、福島原発は実際はメルトダウン。格納容器ごと爆発の危険にさらされていたのに、手をこまねくしかなく、東日本全体が壊滅寸前だったことだ。

 返す刀でネット勢力は、当時の菅直人首相の行動に凄まじいバッシングを浴びせた。福島第1原発事故が制御不能で危機的状況に陥っていた2011年3月15日未明、菅直人首相(当時)が東京電力本店に乗り込んだ際の「原発を放棄し(逃げ)たら、原子炉や使用済み燃料が崩壊。放射能の飛散は、チェルノブイリの2倍3倍にもなる」「このままでは日本国滅亡だ。60(歳)になる(東電)幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などとの発言したことを捉え、「官邸を空にして、東電職員を口汚く罵る。危機管理の頂点にある首相として、あるまじき行動」と、ネットを使い批判の坩堝(るつぼ)にした。
 ネット世界のことだ。安倍政権が裏にいたという確証ないし、私もそう決めつけるつもりもない。しかし、安倍批判をしそうな勢力をバッシングの先制攻撃で潰す一連のネット集団には、共通した手口が見て取れる。
 彼らにもそれなりの「理」はある。何より、彼らは反対勢力の少しのほころびも徹底的に突く名人だ。誰もが批判出来ない社会的弱者を前面に押し立て、自分たちはその「味方」、相手は「弱者の敵」との構図を作り上げ、ネットへの大量発信で国民にもそう思わせ、安倍氏を「正義の使者」に仕立て上げる手法だ。

 拉致問題で確かに北朝鮮のやり方は卑劣である。私も被害者家族の心情を思うと余りあるものがある。ネット集団は、人々のこうした心情に入り込んだ。SNSへの大量の書き込みでこれまでの政治家の北朝鮮対応を「生ぬるいから解決しない」と決めつけることで、安倍氏を「一貫して被害者家族を支援した強い政治家」と印象付け、安倍氏の自民総裁選浮上に少なからず貢献した。
 慰安婦問題では、確かに1990年代後半には吉田証言に依拠した記事に誤報の疑いが出ていた。しかし、昔からの派閥官僚体質で無責任に放置して来た朝日幹部の責任は逃れない。それでも、それで朝日の戦後報道のすべてが否定されるものではないのに、彼らは戦争指導者でなく、若い命を散らした戦死者を前面に押し立て、「命がけでこの国を守った英霊を『強制連行』の誤報で意図的に冒とくした」と、朝日全面批判を繰り広げた。その結果、集団的自衛権容認の安保法制制定で、反対に回るリベラルジャーナリズムの出鼻をくじくことに成功している。
 朝日原発報道も、せっかく吉田調書を独自入手しながら、東日本崩壊の危機を書かず、あいまいな「所長命令批判」を大きく取り上げたのは、調査報道としては、「記者・デスクの訓練不足」のそしりは免れない。だが、朝日報道が出ると、それまで極秘扱いだった調書の内容が何故か漏れ始め、朝日の記事の一番弱い部分に親安倍既成メディアが一斉に焦点を当て、「誤報」と騒ぎ立てた。
 それに呼応するかのように、ネットでは「事故収束のため、命がけで働いた東電職員を冒とくするもの」と朝日バッシング―。この役割分担は、誰かが統一シナリオを書かない限り、不可能のようにも思える。

 菅氏が東電に乗り込んだことに対し、「かけがえのない国民の命を危機にさらした」などとの批判は、当を得ていたのだろうか。
 確かに非常時に国の最高責任者が官邸を空けることには、議論の余地はある。しかし、首都のある東日本、つまり日本最大危機を目前に、東電からも情報も入らないなら、居ても立ってもいられない菅氏の心情は察して余りあるものがある。官邸にいても多分、菅氏は何も出来なかった。私は批判に値するものではないと考える。
 そもそも原発事故の責任は、たまたま当時、政権の座にいた民主党ではなく、利権がらみで事故対策を怠って原発推進策を推し進めて来た自民にあるのは誰にでも分かる話だ。しかし、ネットでの集中砲火で事故責任の多くが菅・民主政権の対応にすり替えられ、安倍政権の原発再稼働に道を開く結果をもたらした。

 今回の民進党のネット発言の事例も同様であった。
 被災者を押し立てた彼らの挑発に、自らの対応策と自民政策の足りなさをきちんと論理展開出来れば、こんなネット炎上は招かなかったに違いない。しかし、稚拙な対応で地震対策で政権監視の出鼻をくじかれ、逆に安倍政権の暴走を許してしまう結果となった。
 このネット集団の用いる手口は、ネット時代が生み出したものなのだろうか。いや、すでに先例がある。軍部と裏でつながっていたとされる戦前の愛国婦人会のそれを思い出しておきたい。

 国防意識の向上と戦死者遺族の支援を目的に結成され、大日本国防婦人会とともに軍部に異論を唱えた人々やその家族に対して家まで押しかけ、「国賊! お国のために命を捧げた英霊に恥ずかしくないのか」などと罵詈雑言を浴びせた。何のことはない。「英霊」を押し立てた愛国婦人会がネット集団に、ただ置き換わっているだけの話ではないか。

 ネット集団による民進党攻撃の狙いは何だったのか――。
 それは熊本地震後の4月15日の菅義偉官房長官、17日の安倍首相発言を聞けば明らかだ。
 菅官房長官は記者会見で「今回のような大規模災害が発生したような緊急時に、国民の安全を守るために国家や国民がどのような役割を果たすべきか、憲法にどう位置づけるかは極めて重く大切な課題」と述べ、憲法に「緊急事態条項」を盛り込む必要性を強調した。

 自民改憲草案にある「緊急事態条項」――。
 緊急時の政府の権限を定めているが、首相権限が格段に強まり、国民の人権、言論の自由まで制限される。明治憲法での「緊急勅令」がその原型だ。  1923年の関東大震災では、「緊急勅令」を根拠に「戒厳」が布告され、混乱に隠れて軍・警察による無政府主義者などへ弾圧が起き、急速に軍国主義化につながった苦い経験がある。

 安倍首相は地震非常災害対策本部会議で米軍の輸送支援について、「オスプレイやC130輸送機で自衛隊員や援助物質を輸送する」と表明した。直前まで、「直ちに米軍の支援が必要という状況ではない」としていただけに、突然の方針変更は不可解だ。
 安倍氏は「ニーズを的確に把握、先手先手で被災者の生活支援に迅速に対応」と、災害支援に積極性を強調する。しかし、裏の顔では関東大震災に習い、熊本地震のどさくさにつけ入るかたちで、戦前回帰の緊急事態条項をアピールして憲法改正の突破口にしようとし、国民の抵抗の強いオスプレイについても地震に乗じるかたちで国内を大っぴらに飛ばして存在感を植えつけ、米軍・自衛隊一体化を一気に進める思惑を持っていたとするなら――。さらにその一環として、民進党を災害対策で黙らせ、自民党の優位性を誇示することが、ネット攻撃の本当の狙いだったとしたなら――。

 私が把握した限りにおいて、民進党へのネット攻撃について面白おかしく報じるものはあっても、正面からそうしたネット集団の攻撃の思惑や危険性を指摘するような記事にはお目にかかることはなかった。大手既成メディアの鈍感ぶりにも、私は失望している。
 今回のネット炎上に安倍政権がかかわっていたとする証拠はない。それでも、その周辺の事例も含め、ネットを用いた政治宣伝の巧妙さ、ち密さは想像を超える。今回の民進党のような稚拙ぶりでは、とても対抗出来ないだろう。マスメディアがこのままこの流れを放置し傍観を決め込むようなことがあれば、戦前統制社会への回帰は、安倍氏の狙い通り、予想以上に早く訪れるかもしれない。

(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者、秘密保護法違憲訴訟原告)


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posted by JCJ at 16:53 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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