2017年01月07日

「駆けつけ警護」という虚言を、メディアはなぜ唯々諾々と使うのか=中村梧郎

 行政の側は、不都合なことを時おりズル賢く言い換える。あるいは横文字で表す。例えば国民背番号制度をマイナンバーと言ったのがそれ。ところが「駆けつけ警護」は英訳もできない日本語だと判った(11・23東京)。翻訳すればSECOMなどがCMで流すすぐに駆けつけて℃轤閧ワす、といった警備行動になってしまう。これだと国連PKOの戦力にならないから直訳はまずい。そこで政府はkaketsuke keigo”とローマ字を並べた。でもこれでは世界に意味が伝わらない。それほどに実体を示さない和文なのだ。戦場や生命の危険を隠蔽する語法である。
 防衛省が公開した「駆けつけ警護映像」も噴飯モノだった。隊員が並んで盾を持ち、非武装デモを追って護送車に乗せる、といったのどかなお芝居であった。
 だが自衛隊が送られる南スーダンは激戦地である。首都ジュバでの7月の戦闘では数百人が死亡、政府軍が国連やNGO要員のホテルを襲い、殺害と陵辱を行なった。救助要請にも国連の中国軍とエチオピア、ネパール軍は動かなかった。政府軍との殺し合いを嫌ったのだ。この殺戮を安倍首相は「戦闘ではない、衝突だ」と言ってのけた。

 私がベトナムや中東で取材した時もそうだったが、紛争地に行けば安全地帯が突如最前線になったりする。迫撃砲弾に追われて地面を転がりまわったこともあった。
 ベトナム戦争で米軍の皆殺し部隊は「動くものはすべて撃て」であった。日本の自衛隊は「相手が撃ったら反撃する。正当防衛」という構えだ。つまり味方に犠牲者が出るのを待つことになる。
 稲田防衛大臣が南スーダンに数時間いただけで「現地は落ち着いてる」としたのは戦場への無知に由来する。そんな判断で送りこまれる自衛隊員はたまったものではない。政府は隊員の死を予期しているかのようだ。「憲法で交戦権が否定されているからだ」として、九条破壊を進める。戦死見舞金は今月、急遽九千万円に引き上げられた。

 それにしてもこんなまがまがしい「駆けつけ警護」の虚言を全メディアが使うのはなぜだろう。PKOは交戦権を認めている。だから正しくは「戦闘参加」と言うべきなのだ。これなら英訳できるし、憲法違反も判る。「安保法制」は戦争法案だった。「年金改革法案」は年金カット法、「IR法案」はカジノ法案とメディアは表現した。だが「駆けつけ警護」だけは今も政府宣伝のままだ。
 自衛官の母親、平和子さんは憲法違反の派遣差し止めを札幌地裁に訴え出た。20万隊員の親たちの思いを背負って。隊員が住民を撃てば殺人罪となる。そんな立場のまま、自衛隊には12月12日から戦闘と警護の新任務が課せられた。
(JCJ代表委員)

*JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2016年12月25日号


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posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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