私たちは化学を学んだものとして、福島原発事故に関心を持ち、2012年3月11日に原子力災害ハザードマップの作成を求める声明を発表しました。以来毎年3月11日を期して、原発事故の危険性を周知し、減災のためのハザードマップ作成を求め、また原発再稼動に反対し再稼働された原発の停止を求める趣旨の声明を発し続けてきました(注2)。
しかし、原発稼働ゼロの状態が全国的に定着して久しいにもかかわらず、政府と電力業界は、エネルギー基本計画、地球温暖化対策計画などの名のもと「安全性の確認された原子力発電の活用」を旗印に(注3)、多くの国民の声を無視して原発再稼動を押し進めています。
1月18日現在、運転中の原発は、関西電力の高浜3号・4号、四国電力の伊方3号、九州電力の川内1号・2号の5基に上っています(注4)。
原子力規制委員会が,自ら「安全」を保証するものではないと認める「新規制基準」(注5)に基づき審査し,審査に合格したものは「安全性が確認された」として電力会社が再稼働に走る図式は政府のいう「安全性の確認された原子力発電」とは言えません。私たちが昨年の声明(注2)で指摘したように、また国際原子力機関が「福島第一原子力発電所事故―事務局長報告書」(注6)で指摘したように、日本は地震・火山爆発等の自然災害が多く、また国土も狭いため放射性物質汚染に弱く、原発を運用するには世界一危険な地理的条件下にあります。
このことを考え合わせるとき、原子力規制委員会の「新規制基準に合格」という技術評価のみを根拠に再稼動を進めることには同意できません。また、原子力規制委員会が一昨年定めた「原子力災害対策指針」(注7)には福島原発事故時の放射性物質到達範囲の実態が反映されていないだけでなく、混乱があった避難の手立てなども十分ではありません。
私たちは福島原発事故をもたらした大震災から6年目を迎え、未だに廃炉や汚染除去の技術的・資金的見通しすら立たない福島原発事故を教訓とし、国民の生命と財産を守るために、ここに改めて1.原子力災害ハザードマップの作成を要求し、2.原発再稼動に反対し現在再稼働されているすべての原発の停止を求めます。
1. ハザードマップを作成して避難指示範囲を適正に設定するべきです。
福島原発事故により国土のきわめて広い範囲が放射性物質に汚染され、住民が生活できるようにするために除染作業が実施されてきました。取り除かれた表土や草木等の汚染廃棄物を入れた黒いフレコンバッグ(注8)が関東地方・東北地方の各地で保存されています(注9)。福島県だけでも2015年9月末時点で約915万5000袋(袋の容量は1立方メートル)が11万4700箇所の仮置場や除染現場に置かれています(注10)。それを見れば福島原発事故による汚染範囲の広さが容易にわかります。健康被害調査のため福島県では甲状腺検査を実施しています(注11)。ここ数年のうちに被害の実態がこの調査で疫学的に解明され、その実態が明らかになるでしょう。
このような過酷な被害を伴う原発事故に備え、放射性物質による汚染の予測を、様々な気象条件を考慮しておこない、地域住民にその結果を判りやすい形のハザードマップ(予想汚染マップ)として公表することが必要です。それに基づいて避難指示範囲と避難方法を科学的に見直すよう求めます。現在運転を停止している原発にも大量の核燃料(使用済を含む)が保管されていることを考えれば、ハザードマップや適正な避難準備計画を、現存するすべての原発について策定することが必要です。また、非常事態に陥った原発に対しては放射性物質の拡散予想を当該地域住民にリアルタイムで周知する体制を整えることを求めます。
2. 再稼働に反対し再稼動原発すべての停止を求めます。
地球温暖化問題にからめて、原発再稼働の議論がなされています。環境省の「地球温暖化対策計画」(注3)には、「2020年度の温室効果ガス削減目標については、2005年度比3.8%減以上の水準にすることとする。」としたうえ、「3.8%の削減は、世界最高水準の省エネルギー、再生可能エネルギー導入を含めた電力の排出原単位の改善、フロン対策、JCM、森林等吸収源の活用などを総合的に進めていくことにより達成を目指していくものであり、原子力発電の稼働に伴う削減効果は含まれていない。」と記載されています(注12)。私たちはこの方針に同意します。
一方、同じ文書で、「原子力は、運転時には温室効果ガスの排出がない低炭素のベースロード電源である。原子力発電所の安全性については、原子力規制委員会の専門的な判断に委ね原子力規制委員会により規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める。」と述べています。私たちは昨年の声明に記載した同じ理由で、この方針に反対します。再生可能エネルギー(地熱・水力・風力・太陽光等)の活用を積極的に推進するなど、環境適合型社会を指向する技術の開発へ投資するよう政策を転換すれば、世界に冠たる省エネルギー技術とあわせて、原発に依存しないエネルギー源のベストミックスが見つかり、それに伴う技術開発が将来の日本経済を支える柱の一つになるのは明らかです。昨年経済産業省が策定した「エネルギー革新戦略」(注13) は,徹底した省エネルギー,再生可能エネルギーの拡大、新たなエネルギーシステムの構築を目指しており、この方向に沿うものです。
経済産業省の有識者会議で取りまとめられた「東電改革提言」(注1)によれば福島原発事故処理にかかる費用として、これまで11兆円と考えていたものが22兆円に膨らむ見通しとなっています。これは2014年4月の「エネルギー基本計画」(注14)において示された「原子力が低コストで安定的という考え」は根本的に見直されるべきだということを強く示唆しています。
私たちは、原発再稼動に反対します。ことに第1項に述べたような減災への努力をすることなく、再稼働されてしまった原発を直ちに停止するよう求めます。
2017年3月11日
昭和43年東京大学理学部化学科卒業生有志
有志氏名(順不同):吉田 隆、山村剛士、山田耕一、坂内悦子、高井 誠、
添田瑞夫、櫻木雅子、栗原春樹、尾島 巌、奥山公平、大石茂郎、今成啓子
有志氏名(順不同):吉田 隆、山村剛士、山田耕一、坂内悦子、高井 誠、
添田瑞夫、櫻木雅子、栗原春樹、尾島 巌、奥山公平、大石茂郎、今成啓子
*注*
(注1) http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy_environment/touden_1f/pdf/161220_teigen.pdf 「東電改革提言」(平成28年12月20日東京電力改革・1F問題委員会)
(注2) http://www.asahi-net.or.jp/~xy3t-ysd/jiji.html
(注3) http://www.env.go.jp/press/files/jp/102816.pdf) 「地球温暖化対策計画」(平成28年5月13日閣議決定)
(注4) http://www.genanshin.jp/facility/map/ (原子力安全推進協会)
(注5) https://www.nsr.go.jp/activity/regulation/tekigousei/shin_kisei_kijyun.html 原子力規制委員会)
(注6) http://www-pub.iaea.org/books/IAEABooks/10962/The-Fukushima-Daiichi-Accident (IAEA報告文書)
(注7) https://www.nsr.go.jp/data/000024441.pdf 「原子力災害対策指針」(原子力規制委員会)
(注8) 「フレコンバッグ」はプラスチック製の多目的収納袋(5年対候性の場合、 5年後の強度88%)
(注9) http://josen.env.go.jp/soil/ (環境省 除染情報サイト)
(注10) http://mainichi.jp/articles/20151210/k00/00e/040/160000c (毎日新聞)
(注11) http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/143676.pdf (福島県)
(注12) http://www.mmechanisms.org/document/20151225_JCM_chuukanshin_jpn.pdf
「JCM」(JointCrediting Mechanism:二国間クレジット制度)は途上国への低炭素技術等の移転による効果をわが国での温暖化ガス排出量と相殺する排出量取引制度の一つ
(注13) http://www.meti.go.jp/press/2016/04/20160419002/20160419002.html 「エネルギー革新戦略」(平成28年4月19日 経済産業省ニュースリリース)
(注14) http://www.meti.go.jp/press/2014/04/20140411001/20140411001-1.pdf 「エネルギー基本計画」(経済産業省)