2017年06月03日

重要さ増す平穏生活権 ネット上の嫌がらせ防ぐ=渡邉知行

 メールなどでの脅迫は「平穏生活権」を侵す。元朝日新聞記者・植村隆さんの名誉棄損訴訟で注目されるこの権利はどのようなものか。成蹊大学法科大学院教授の渡邉知行さんに解説しても らった。

 朝日新聞記者だった植村さんは1991年に従軍慰安婦に関する記事を署名入りで書いた。2013年末には、新聞社を早期退職して大学教授に就任することが内定していた。
 これに対し週刊文春は2014年2月と8月、2回にわたって、植村さんが書いた新聞記事を捏造などと誹謗中傷する記事を掲載した。2月の文春の記事に誘発され、記事を引用し、採用を 取り消すように要求する抗議や脅迫のメールなどが大学に送られた。その結果、採用の契約が解除され、嫌がらせの被害は家族にまで及んだ。
 8月に出た文春の2回目の記事は、このような被害が発生している状況のもとで、追い打ちをかけるようなものになった。植村さんは、文春の報道に誘発されたメールなどによって、私生活 の平穏を害された。私生活に関する平穏生活権は、プライバシー権として憲法で保障されている。
 平穏生活権で注目されるのは99年6月の神戸地裁判決。電話帳に記載された眼科医の氏名、電話番号がパソコン通信に無断で公開されて、メールなどによる嫌がらせが誘発された事案だ。< BR>  ネットの掲示板は、診察を希望しない人も含めて多数の者が容易に見ることができ、電話帳に掲載されるより比較にならないほどに、いたずら電話や嫌がらせの被害が発生する恐れがあると して、眼科医のプライバシー侵害による損害賠償請求を認めた。
 この事件から現在に至るまで、パソコンやスマホの普及とともに、第三者による非難攻撃の嫌がらせを誘発する危険が、当時と比較にならないほどに高まっている。それゆえに、平穏生活権 の意義は増している。
 誰でもパソコンやスマホから、容易に情報を発信できる。表現の自由や通信の秘密は、憲法で保障されるので、プロバイダーに発信者の情報の開示を請求しても、プロバイダー法の厳格な要 件のもとで、容易に開示してもらうことはできない。情報を開示させるために訴訟で争わざるをえないこともある。
 ネットの利用者の匿名性は、誰もが自由に情報をやり取りするために重要であるばかりか、災害時の情報伝達、不祥事の内部告発などには欠くことのできないものである。
 匿名性があってこそ、非民主的な独裁国家での人権侵害の実態を暴露できることもある。しかし、匿名性を悪用して、他人の名誉やプライバシーを侵害し、非難攻撃や嫌がらせを誘発する被 害をもたらしている。
 今年4月26日、京都地裁は、NTT発行の電話帳を基にして、氏名、住所、電話番号を無料電話帳サイトに掲載した業者に対し、「待った」をかける判決を下した。
 電話番号を掲載された人が個人情報の削除と損害賠償を求めて提訴したもので、判決は、情報が他人に知られて私生活の平穏を害されうるものであると判断して、被害者の請求を認めた。
 一方、個人のメールや書き込みは、発信者が容易に特定できない場合には、明らかに違法であっても、私生活の平穏を侵害したとして、発信者に責任を問うことが困難であるのが実情である 。今後の課題だ。
(成蹊大学法科大学院教授)

*JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2016年5月25日号


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posted by JCJ at 02:00 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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