2017年10月28日

文科省前事務次官・前川喜平氏インタビュー続報 公僕は「官邸権力」の下僕にあらず=橋詰雅博

 前文部科学省事務次官の前川喜平氏(62)は9月初旬、本紙インタビューに答えた。安倍晋三首相を告発した彼の動機とメディア分析を9月号に掲載。以下は前川氏インタビューの続報だ。


――権力にベッタリの読売新聞と産経新聞、忖度が目立つNHKは変われるか。
読売にも心ある記者はいるはずだし、産経だってこのままでいいのかと思う記者はいるだろう。ただ、産経までいくと、内部からひっくり返すのはムリで、外部から包囲して影響力を弱めるしかない。読売はまだ内部から改革できる可能性が残っている。(読売新聞グループ本社会長・主筆の)渡邉恒雄氏の生物学的な生命はそろそろ終わり。重しがなくなれば変わるのではないか。

現役職員、苦しい思い
NHKは上田良一氏が、会長に就任してから変わった。少し風通しがよくなった。『クローズアップ現代+』は独占入手の加計学園新文書(〈官邸は絶対やると言っている〉などと記された文書で、萩生田光一官房副長官が文科省担当者に指示したとされる)を6月19日に放送した。その際、出演した社会部記者と政治部記者が全く違うコメントをしていて、かなり面白い状況だった。それ自体がNHK内部の葛藤をあらわしている。前は独自に報じることすら出来なかったわけですから。「政治部記者も出て、官邸寄りのコメントをするなら放送していい」と上層部がOKしたのだと思う。社会部がそこまで押し返している。

各メディアの中で良心のある記者が権力監視というジャーナリズムの使命感を持ち、それぞれの組織で改革を求める動きに期待したい。

――前川氏の告発によって官界の空気は変わったか。
文科省は大変な混乱状況に陥ったと思う。「あいつが漏らした」とか「あの人がチクッた」など職員は疑心暗鬼に。私は国民に対して正しいことをしたが、文科省の現役職員に苦しい思いをさせて、申し訳ないと思っている。ただし、苦しみもせず、唯々諾々とゆがんだ行政をそのままにしていたら、それこそ大問題です。将来的にそのことで悩む人も出てくる。

息苦しさから解放
霞ヶ関の国家公務員の間に息苦しさから少し解放されたという空気が出てきた。政治家にひどいことを言われたら、国民にお知らせすればいいんだという感じです。古い役人道≠ゥらいえば、ご主人さまを裏切ることになる。バカ殿でも命をかけて守るという儒教的倫理が今でも官界に少し残っている。だけどそうじゃない。本当の殿は国民ですから。
 
公務員であっても、その前に一人の個人。個人として思想や信条、良心がなければおかしい。自分自身の考えがあるはず。だが、その考え通りに仕事ができる保障は全くない。私も意に反する仕事をずいぶんさせられた。第一次安倍政権下での2006年、(愛国心を打ち出した)教育基本法の改正なんかしたくなかった。しかし、自分の意思や良心を捨ててはダメ。個人の尊厳を忘れてはならない。
 
公僕は国民に仕える身だが、自分自身も国民の一人であり、主権者であることを認識すべきです。そうでないと国民の立場で仕事ができない。公僕は一部の奉仕者つまり官邸権力≠フ下僕ではありません。一国民としてどうかという視点を失わないこと。「個人の尊厳」と「国民主権」の自覚を持つことは、公務員全体に必要です。

そうなれば、公務員が政界を監視でき、権力を握る政治家も勝手な振る舞いができにくくなる。もしもやりたい放題やったら官僚の反乱が起ることが(私の告発で)分かったと思う。

国民を欺いてきた

――国会で「記録は破棄」と答弁し、安倍首相夫妻をかばい理財局長から出世した佐川宣寿国税庁長官をどう思うか。
役人は国会での答弁を多かれ少なかれ訓練する。私も心にもない答弁を行ってきている。国民を欺いてきた。それはともかくとして、彼はやはり知っていることをしゃべった方がいい。彼にとって国税庁長官は上がりのポスト=B辞めた後「実は8億円の値引きはさるところから言われ、地下に埋もれたゴミがあることにして、予定通り1億3000万円で国有地を売った」と話したらどうですか。気持ちがラクになる。現在、本人は相当に苦しんでいるのではないか。

――加計学園の獣医学部設置は認められるのか。
文科省の方針はこうです。獣医学部新設を審査する文科省の大学設置・学校法人審議会は、学校教育体系に基づく既存の設置基準に照らして認可するかどうか決める。国家戦略特区諮問会議(議長・安倍晋三首相)で決定した戦略特区での加計学園の獣医学部新設については既存の設置基準から外れているので審査事項ではない。私は国民が注視している間に、諮問会議による再検証を行う必要があると思うが、認可されるでしょう。来年4月に開学する可能性は高い。

「柳に雪折れ無し」

――なぜ「面従腹背」を座右の銘にしたのですか。
権力者に意見を言って、受け入れてくれなければ仕方がないというのが役人の宿命です。そういう経験を積んで、だんだんと面従腹背になり、生き方としてしなやかさが備わった。「柳に雪折れ無し」ということわざがある。雪が積もっても柳はポキンと折れずに曲がり、やがて元に戻る。そんなやり方をして組織の中で生きのびてきた。確かに一般的に言葉のイメージは悪いが、面従腹背のおかげで、とくに役人の最後の頃は、教育機会確保法(不登校の子どもたちを対象としたフリースクールへの支援や自治体による夜間中学の設置など)の成立など国民のためになる仕事に多く巡り合えた。

学習ボランティア

――今、どんな活動をしていますか。
退職後の2月から福島市の「自主夜間中学」(義務教育未修学者や外国人などに教える学習支援組織で、市民団体などが運営)と厚木市の自主夜間中学で勉強を教えるボランティアをしています。厚木では学校に行けず読み書きがほとんどできない80歳近い男性に小学校低学年レベルの国語を教えている。この人、よく生きてこられたなと思います。また、高校中退者の学習支援を行うことも考えている。
 
文科省はこうした人たちがいることを分かっていながら全体から見れば、はしっこの問題だと、見て見ぬふりしてきた。私自身、罪の意識を感じている。置き去りになった人に対して基本的人権の基盤とも言える「学習権」があることを伝えていきたい。

聞き手 橋詰雅博 (JCJ事務局長兼機関紙編集長)

JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」2017年10月25日号
posted by JCJ at 15:53 | Editorial&Column | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする